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16-6 鼓動する旋律

「……コーディルス」


 自然と、タクトはその名を口にした。

 微かに光の濃度によってのみ表された姿には、もうかつての姿はなかった。

 歪な体。楽器と言う楽器を無造作につなぎ合わせては長い管のようなもので無理やり空気の流れを作り出し、太さも不揃いなパイプがいくつも体中から伸びる姿はまさに音怪の君主にふさわしい。

 常に不思議な音を奏でているかの如く周囲が歪んで見えているのは、恐らく錯覚ではないのであろう。既に、彼にとっての『舞台』が整っている証でもあった。


「あらゆる音が生まれ消えゆくさまは、楽曲という譜面の上でのみ存在を許される。ここはそんな譜面と譜面の間。古き楽曲が終わり新たな楽曲が始まろうとしている場所」


 朗々と語られる言葉に抑揚がない。淡々と語る音怪の君主は、さらに言葉を続けた。


「喜べ。この場にいる者たちは、新たな世界の創造を目の当たりにできる。お前たちが新たな世界のいしずえとなり、基準音となり…… 世界そのものになる」


「それは、我らに『死んで音に還れ』ということかな」


 そこでようやく、タクトはコエを聞いた。恐らくはゼフォンであろう声の主は、強い激情を含んだ重く貫く音を先程の主に向けて続けた。


「ありきたりな返答で恐縮だが、断らせていただく! 我らの未来は、神によって左右されるべきではない!」


 タクトの背筋に冷たいものが走った。それは、彼が初めて見せた『強い意志の音』だったからだ。


天奏楽機エーテリングミュージリア……』


 ティファは、タクトにだけ聞こえるような小さな声で呟いた。


「えーて…… なんて?」


『彼は楽機ミュージリアに認められ、その力の真の使い方に目覚めた。もう彼の指揮下で響かない楽器は存在しない』

「なんで急にそんなこと……」

『私達古代楽機アーティファクトミュージリアを「神が作った楽器」と言うなら、彼はまさに「神が宿った奏者」なのでしょう』


 タクトは、いつの間にかティファの声に抑揚がなくなっていることに気がついた。淡々と何かを読み上げているだけの無機質な声に、気味の悪い既視感が背筋に覆いかぶさる。


 しかし納得の行く話でもある。

 今この場は、何故かほとんど何も見えない。コーディルスの声とゼフォンの絶叫だけがある。今から何を演奏するにしても、指揮者なくして合奏は不可能だ。


 だが――


(姿が、指揮棒が見えなんじゃあ合奏なんて)


「抗いは無意味。世界のことわりをもってお前たちは音となり、新たな世界、新たな人類、新たな音となるのだ」


 不意に、サレインノーツたちは体が熱くなるのを感じた。


「な、なにが!? 起こったって言うんだ!?」


 何とか状況を把握しようと耳をそばだてると、とてつもない低音があらゆる方向から響いているのをタクトはなんとか聞き取った。だが、発生源が絞れない。


 音も歪で聞くに堪えない。


『ベース!! もう一度基準音(チューニングサウンド)を!!』


 今度は明らかにゼフォンの声が聞こえてきた。と同時に。


「! 見える!?」


 視界に、一本の指揮棒が浮き上がった。

 ふわりと舞う青白い光の指揮棒タクトが意思を持って中空を舞う。それに合わせてカノンが奏でるチューバの基準音が真っ白な世界に響き渡った。

 そこに、大地が現れた。


「……立てる」


 タクトはそっと生まれた地面に足をつけて立ち上がる。なおも指揮棒は翻り、新たな楽器の調整を行わせた。

 金管から木管、低音から高音。トロンボーン(タクト)ユーホ(ノイゼル)が風を生み出し、ホルン(マーサ)が山を作る。サックス(バスファンクス夫婦)が川を、波を作り出し、クラリネット(アンクたち)が空を彩った。トランペット(リコード)が太陽を輝かせると、フルート(ネンディ)が雲を作ってその強さを整えた。


『みんなが、いる』


 不思議と、不安は消えた。先ほどのチューニングとは違う明確な舞台装置が、タクトたちを包み込んでいた。


「さあ、食らわ(聞か)せてやろうではないか! 我ら人類が奏で伝えてきた叡智を! 『神が愛した旋律(サレインズ・スコア)』を!」


 指揮棒が閃く。高々と掲げられた位置から放たれる楽曲は第六楽章。タクトの良く知る『故郷』だ。

 一瞬の静止から、音楽は始まった。


 ゆるやかなクラリネットとサックスの和音が高音域の道筋を作り出し、フルートの囁くような旋律をコーディルスに届けるべく練り上げていく。

 先ほどまでと違い、ダイレクトに音が繰り出されるように感じるのはこの特殊な場において限ることなのだろうか。外とも屋内とも違う不思議な舞台に、それでも的確な指揮をするゼフォンに奏者全員がすべてを預けた。


「遅いな」


 しかし、ゼフォンが第一音を打ち込む前にコーディルスは対応し、濁音の刃を繰り出す。舞台の隙間にとらわれた音々が散り散りに霧散していく。


『……あの旋律はっ!?』


 タクトの耳に聞き覚えのあるフレーズが鼓膜を貫く。


『マイナーコードに調律された、神が愛した旋律(サレインズ・スコア)の第五楽章『神話』じゃないか!?』


 だが、もうその程度ではゼフォンたちを驚かせるに至らなかった。いまだ奏者を鼓舞する指揮棒は、そのありあまる自信をただ自分たちに向けてよどみなく翻していた。


(だろうな。しかしそれらは小手調べ!)


 力強く閃いた指揮棒の先に、複数本の楽器による旋律が乗る。音怪の君主が放つ歪な妙音を打ち散らしつつ、その旋律は今までのどの音よりも美しく君主を包み込まんと鋭く伸びた。


「なんだと!?」


 先手を制したのは、サレインノーツ(こちら)の音だった。

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