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16-3 深淵の縁で

「来たか、タクト」


 コダの街に着いたタクトたちは、生き残った組合側の顔ぶれに囲まれることになった。

 組合員たちの表情は厳しくはあったが、決してタクトを責めることはなかった。だからだろうか。代表として直接話しかけてきたのは彼の父であるタギングだった。


「責めるつもりはない。むしろ現状は神獣ヤツの登場が遅れたことでより練度の高い準備ができた。そこは評価したい」

「……ごめんなさい」

「謝るってことは、多少は自分のしたことに責任を感じているんだな」


 タクトは黙って頷く。


「タギング!」


 そこに、イズルエが割って入ってきた。


「あなただって、私のところに来るのに時間かかり過ぎじゃない?」

「イズルエ! いや、分かってたんだが、これはまた……」

「ちょっと、向こうで話しましょう。詰めなきゃいけないコトもあるし」

「待て! まだタクトと話がああぁぁ……」


 そう言って、夫婦はコダの奥へと消えていった。


「やれやれ、父親に説得を任せたのが間違いだったな」

「トーベン団長……」

「タクト、カノン。よく生きて戻った」

「街の皆は?」

「ああ、連中は大して問題ない。お前たちも無事なら、さしたる問題でもない」


 トーベンは顎で空を指す。その先には巨大な繭が今も浮かんでいる。


「俺たちが処理すべきは、アレだけだ。向こうで何があったか、お前たちがどんな決断をしたかってのは、もう今となっては些細なことだ」


 ポンポン、とカノンとタクトは頭を撫でられる。


「大事な子供みらいが無事であることが、なにより嬉しいもんだ」


 トーベンはニカッと笑う。


「まあ、その子供たちのためにも、アレをどうするか、ですがねぇ」

「何か奏でてみたりしたのか?」


 リコードがタクトらの間に入り問題の再定義を促すも、ノイゼルがそれを受ける。


「先生、それで何か状況に進展があれば我々が手をこまねいていると思いますか?」

「組合は何もしないで手をこまねくのが好きだろ?」

「否定はしませんけど、今わの際にそんな体制のままでいると思いますか?」

「少なくとも、十五年前はそんなだったぞ」

「うぐっ」

「それなんですけど……」


 タクトは、大人たちに自分の構想を話し始めた。




『いいか、チャンスは一度きりだ』

「わかってる! 何とかやってみるから!」


 オクタービートの中央舞台(ステージ)に、イズルエは自分の息子が立てた作戦を実行すべく、一人立っていた。はるか上空、神獣の繭を前に彼女は歪んだ空を見つめるその周囲に風はなく、ただオクタービートが浮かぶための音律だけが、静かにイズルエらを包み込んでいた。


 〽ともに うたを かなでよう


 〽きみと ぼくの こえのかぎり


 〽はるか とおく そらをこえて


 〽ひびきつづく ように


「第四楽章…… 『歌』か」


 『コエ』をパートに持つ楽譜の中ですぐ用意できるのは、タクトたちがトーランリーチ遺跡より持ち帰った楽譜だ。

 イズルエのソロパートが終わると、それぞれの楽器パートが演奏に参加し始めた。

 それは演奏と言うより楽器を用いた合唱にも聞こえる、タクトたちにとって新鮮で他の奏者には斬新な演奏に聞こえた。

 ゼフォンも演奏の指揮を執りながらも、その複雑に響き合うコエの音律に思わず耳を傾けていた。

 ただ一名、ケルピアだけは神妙な面持ちだった。


『何か、問題でも? お嬢さん』


 ノイゼルは楽機を奏でながらケルピアに声をかけた。


「なに、演奏はさほど悪いものではない。コエが付いたことで過去の演奏を再現したと言っても過言ではなかろう。じゃが、あの繭に何の影響も及ぼせておらんのが不思議でならぬ」


(……やっぱり、過去の『神が愛した楽譜(サレインズ・スコア)』ではダメなのか?)


「タクト! これは次の曲に行く方が良いのではないか!?」


  ゼフォンの機転にタクトは楽機ごと大きく頷く。


「よし! ならば奏でよ! 出来立てみたての最新楽曲!」


 指揮者権限で第四楽章ウタを締め、新たにゼフォンは指揮棒タクトを掲げる。先ほどと似たようなゆったりとした速度をもってその曲は始まった。

 先の戦争で編み出され、つい先日ケルピアの手によって記し終わった『神が愛した楽譜(サレインズ・スコア)』…… 『悠久』が。


 始まりは、クラリネットの三重奏からだ。三本の木管から奏でられる重厚でゆったりとした音律は風となり空気となり場を作り上げる。一音一音が鳥や動物の鳴き声のように耳を爪弾き、遥かな空へと繋がる風のように音が膨れ上がると、フルートやホルンがそれにならって演奏に参加する。


 時には水のような、時には炎のような雄大さが加わった旋律に、力強いチューバやトランペットが曲にアクセントを与える。それらは、まるで大型の動物が大地を踏みしめるがごとく、世界を揺るがした。


(今だ!)


 満を持して、タクトは自分のパートを奏で始めた。

 大空を舞う鳥のように音の帯は空へ空へと伸び、限界まで伸びきった後、世界中に爆発して広がった。

 その時、まるでそれに合わせるかのように深淵の繭から爆音が轟いた。


『な、何だ今のは!』


 リコード達も驚いたが、一番驚いたのはケルピアだった。


「……これは『応奏』!? 『神が愛した楽譜(サレインズ・スコア)』を聞いて自らも曲に加わっておるというのか!?」

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