16-2 音は集う
「レイヤーだ!」
アンクは身を乗り出して叫んだ。
「理由なんか関係ない! レイヤーがまだ生きていて、俺たちを待ってるんだ!」
「まぁまぁ。落ち着いて」
リコードはアンクの肩を持って椅子に座らせる。
「だから! ……??」
再び立ち上がろうと足に力を入れるが、アンクの体はびくともしなかった。
「君たちには、現物を見せたほうが早いかもしれないなぁ」
「任せよ! かの場所へ向かおうではないか!」
ゼフォンは立ち上がって停留中のオクタービートを操作すべく移動しようとすると、その正面にケルピナが立ちはだかった。
「……そう言えば其方は?」
「其方、左手がヒトではないな」
「件の戦争で失ったのだが、遺跡で発見した楽機の残骸を埋め込んだのだ。不思議なことに楽機適性がないにも関わらず、よく馴染んだのだ」
ゼフォンは左手中指を右手でつかむと、それを引き抜いた。真っ白な指揮棒が露わになり、場の空気に緊張が走る。
「指揮棒の楽機の残骸だったのだろう。僅かではあるがその力を感じるのだ。それなりの訓練も積み、多少は演奏に強化をかけることができるようになった」
軽く指揮棒を振り上げると、その場にあった資料が舞い上がったりペンがゼフォンの手元へと飛び上がったりして、リコード達を驚かせた。
だが、レイヤーコードの面々は特に反応を示さなかった。いや、見慣れていたため驚くことがなかった。
「ん? 驚かぬのか? ようやく細かな操作を行うまでに鍛錬を積んだというのに! これをもっと強化すれば、演奏の効果を上げたり足りない音色の練り上げや合奏バランス調整を直接行えるように」
「閣下、それ『波動の操作』ですよね?」
タクトが指摘すると、オーバーリアクションで返してくれた。
「な、なぜそれを!」
「これは面白い。ヒトでありながら楽機の力を取り込むとは…… ちぃと顔を貸せ」
ケルピナは楽機から降り、それと共にゼフォンを無理やり部屋の外へ連れだした。
「お、おい! そもそも其方は何者だ!? なぜタクトらと共に、って人の話を~~!!」
「なに、あれ」
連れ去られていくゼフォンを、リコードは呆れた顔で見送った。
「ええ、ケルピナって人らしいんです。レーゼンツの遺跡の最下層に居たんですけど、ついてきちゃって」
「トーランリーチに? 名前といい場所といい、何か聞いたことあるような……」
空中移動劇場オクタービートはレーゼンツ大陸を飛び立ち、タクトたちが旅だった最初の大陸ベークレフへと向かっていた。
離陸も非常中の今もその駆動音は非常に静かで、タクトたちは未だにこの大きな建造物が空を飛んでいることを信じられないでいた。
「……マジで飛んでるぜ」
「アンク、みっともないからやめろ」
「だってさ兄貴、あんなにレーゼンツが小さくなって」
「よぉ見れるわ。あんなん見てたら吸い込まれて落ちてまうっちゅうに」
「ネンディは高いところ苦手なんだな」
「そもそもなんでタク坊らがなんともないんかが気になるっちゅうねん!」
タクトはリコードと一緒に机の上に地図を広げ、会議の準備にかかっていた。そこには手書きで先ほどまで彼らが立っていたレーゼンツ大陸が書き込まれていた。
「今の世界状況を簡単に説明すると、元々ただの海だったこの地域にレーゼンツが浮上したんだ。そのちょっと前に巨大な楽機の獣…… 神獣だっけ? が世界中で咆哮を放ってあちこちの都市で多数の死者を出したり機能不全に追いやられた。最初はノーランヴィルド、次いでタカンドゥ、エフェレシアときて、今はベークレフ。世界中をぐるりと一回転する要領で大陸を巡ってきたわけだ」
リコードは机に置かれた地図を指さしながら神獣の移動ルートを指し示した。
「エフェレシアのソラルにて建設・修復していたこのオクタービートをいったんベークレフに移動させたのが功を奏したんだけど、その時に生き残っていた国響楽士団たちを乗せたんだ。みんなの顔見知りがいるのはそのせいだね」
タクトはその件に関して、不思議な感覚に陥っていた。
彼にはもっと知った人がいるはずだったが、いまこの劇場に乗っている顔見知りはある共通点がある。
もちろんリコードやゼフォンはオクタービートの舵取りとしているし、同じ帝国繋がりでディフロントたちがいるのも分かる。
だが、数ある巡海楽士団のなかでポーリアがいる組織を拾ったとなると、タクトはある可能性を感じずにはいられない。
「今、その神獣はメルディナーレの近くで手出しができない状態で静止している。たしかダルンカート遺跡かな? あの近くなんだけど」
「え!? コダの街は!? お母さんたちは!?」
ダルンカートという聞き慣れた地名を耳にしたカノンが、リコードに食って掛かる。
「あぁ、むしろコダの街にいた楽士たちのおかげで被害は最小限になったんだ。組合は感謝してるよ」
『見えてきたぞ! 展望観客席に来い!』
響声管から響いてきたゼフォンの声に、一同は言われた場所へと向かった。そこはこの劇場の最上階にあり、劇場全周を見渡せる高台になっていた。
「あっ、あれ!」
カノンは前方に見えた不可思議な物体に向かって指を指した。
「ほほう。伝承の通り、黒とも白とも見えぬものよ」
「ええ先生。あれが今の神獣の姿です」
それはダルンカート遺跡の上空に、様々な音を纏ったがゆえに光すら飲み込む波動の繭となり、禍々しく雲のように揺蕩っていた。
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