15-5 書庫は迷宮の奥に
トーランリーチ遺跡は、地下十階に及ぶ迷宮になっていた。
世界各地に点在する遺跡…… 元劇場らは、対コーディルスのための砦としてデザインされたものの、それ単体でもある程度の防衛行動がとれるように、それぞれに巨大楽器が設置されている。エフェレシア大陸にあったサークライト遺跡に巨大なサクソフォンがあったように、この遺跡にもそれが安置されているらしい。
……のだが、この遺跡が保管する巨大楽器は他の遺跡の物に比べてその性能が頭二つほど飛びぬけて高く、おいそれと使えないようにするためにこのような地下深い場所に設置されたのだとか。
それ以外にも楽器を保管する倉庫や施設なんかも詰め込んだために、知らず地下への階層が増えたとも言われている。
「迷路になってないだけマシか」
「十分迷う構造になってる気がするぞ」
タクトとアンクが地下五階まで書かれた地図を手に先頭を歩く。決して複雑ではないが、地図がないと高確率で突き当りに迷い込む。これは継ぎ足し構造をしているせいだとノイゼルは説明する。最初から目的を持ってこの通路になったわけでは無く、継ぎ足さなければならなくなる直前までは機能的な空間だったと思うと、余計な追加部分がフロアの美しさを損なっていると感じる。床も所々が盛り上がったりヘコんでいたりと移動すらままならない状態なので、移動にひたすらストレスが溜まる。
その上、下部五階分は地図がない。
「下に行くにつれて劇場の体をなくしつつあるな」
トロアスは周りの様子を見ながら慎重にタクトたちの後ろを歩く。
彼の言う通り、先ほどまでは廊下も何とか歩きやすくしようという試行錯誤も見られたが、階を下るごとにその配慮もなくなり、部屋が一つ増えるごとに階段一つ分の段差すら発生し、しまいには通路が別に作られている箇所も見られるようになっていった。
基本的にはすり鉢状になっているのだが、階によっては左右で別の舞台があったり極端に狭い部屋が連なっていたりと、節操のない造りになっていた。
「ねえ、今何階?」
後ろの方でカノンが声を上げる。すっかり歩き疲れて最初の列からかなり距離を取ってしまっていた。それに気が付いたタクトたちは進行を止めてカノンらが先頭集団に追いつくのを待った。
「そういえば、街を出てから結構立つんじゃないか?」
「そう言われると、お腹もすいたかも」
トロアスの意見にシェリドが乗っかる。ノイゼルは平気そうだが軒並み若い連中に疲れが見え隠れしているのにタクトは気が付いた。
「ちょっと休憩するか」
あたりは暗いので今がどれくらいの時間なのかを知る由はないが、体力のない女性人たちから見える疲労を考えると、そろそろ食事をするべきかと感じたタクトは、いったん休憩と食事を摂ることにした。
周囲をくまなく探索し、適当な小部屋を見つけると、そこを仮キャンプ地として腰を下ろした。
不思議なことに、音怪はいないわけでは無いが圧倒的に少ない。
「まるでセメタリーヒルにいるみたい」
カノンは携帯肉をかじりながら呟いた。
「行ったことあるのか?」
「ええ。まだレイヤーがいたときに帝国へいく道すがら」
「俺たちは行ったことないなぁ。大体組合付属の教育機関で受けた学習要項で学んだくらいでさ」
トロワスは少し懐かしそうに振り返る。彼らにとってはそれが普通なのだ。
「コダにはそんなのなかったな~」
タクトも、かつて自分が学んだ幼少期の事を思い出した。とはいえ、割と両親も折らず街全体が彼の親代わりだったので自然と常識や音楽の知識が身に付いたことしか浮かんでこない。むしろ、レイヤーに会えてからの方が知識や経験は遥かに濃かった。
「確かにセメタリーヒルは特別な場所だ。ひとつの楽士団が特定の場所でずっと演奏を続けることは滅多にない。国響楽士団も巡海楽士団も、基本的には世界が舞台だからな」
ノイゼルも暖かなスープを飲みながら同意する。
「カノンがそう感じるのは、この異様な静けさだろう」
静かな場所と言うのは音怪を吸い込みやすく、また狭い空間も音怪の繁殖を助長させる。人のいなくなった家や誰もいない洞窟や劇場は、音怪の温床になりやすいのだ。
それは、セメタリーヒルのような洞窟も例外ではない。自然洞窟も風や地熱の影響でひとたび空気の振動に晒されると音怪を生むことがある。
だからこそ、この劇場に音怪の存在がほとんど見られないことに違和感をお母田のも無理からぬことであろう。
「よし、そろそろ行くか」
一通りの腹ごしらえを終え、タクトたちは探索を再開した。
「十階。追加工事がされてないならここが最下層になるな」
途中には劇場と思えない部屋をいくつか経由し、一行はようやく最下層の十階へとやってきた。しかし、そこは階段からすぐ大きな扉があり、廊下も存在しない。
「ここ、か?」
「気を付けろ。ニシムさんが言ってたことが本当なら……」
――楽譜などを保管しに行った際、一人そこから離れなかったものがいましてね。未だに帰ってこないんです。組合の人らしいんですが……
「まさかぁ。一歩もここから出ないで居続けるなんて出来っこないって」
アンクはそう言いながら扉に手をかけ、勢いよく開ける。
扉を開ける勢いで、ふわりとインクのにおいが鼻をかすめる。
「お、客か? ちょうど一昨日に全作業が終わった所だ」
無数の紙が宙を舞う中、ペンを持った一人の女性が立っていた。
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