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天奏楽士はこの旋律を空の彼方へ届けたい  作者: 国見 紀行
第15楽章 繰り返しの向こう側に
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15-4 歌の行方

『ご期待に添えず、申し訳ありません』


 極論すると、楽機ラペランザートはフェルトマにいた。ネンディが見かけた時の状況からもわかる通り、彼はここでイズルエの身の回りを補佐する役割を担っていた。だが、この地に来るまでの記憶をなくしているらしい。


「彼で間違いない?」


 イズルエは再度ネンディに確認する。彼女は絶望と安堵の入り混じった顔で静かに一度頷いた。


『私は、恐らく神獣の咆哮に汚染され、導かれるようにこの地に来たのだと思います』


 転送楽曲の影響か、はたまた楽機が最初から持つ能力か。原因は不明だが彼は間違いなく表の世界からこちらへとたどり着いたのだとか。


「正直私が来る前の話であまり信用してないんだけど」


 実は十六年前、神獣が無音の櫃から出なかったのは彼の独立ソロ演奏モードが放った演奏が神獣再封印のきっかけになったらしい、とイズルエは語る。


「間接的にとはいえ、あのときの戦争の功労者なんだけど、暴走してるところに全力演奏を重ねがけしたのが記憶喪失の原因っぽいの」


 ネンディは静かな足取りで楽機ラペランザートの手を取る。


「十分、やわ。色々勘違いや思い過ごしもあって、せやけど今は」


 彼女の瞳には、大粒の涙があふれていた。


「ただ、無事で良かったと思てます」


 こぼれそうな涙を彼は指で拭う。それでも手を離さないネンディは、自分がかなり恥ずかしいことをしていることに気が付き、とっさに手を離し、後ろ手に組んだ。


「あ、せっ、せや! ウチな、あれからめっちゃ練習してな。上手うもうなったんやで! ちょっと聞いていきぃな!」


 そう言うと慣れた手付きでフルートを構え、イズルエの音叉棒チューニングベースで管を整えると、曲を一つ演奏し始めた。


 テンポも早く、軽快な息使いかつ複雑な指使いを必要とする最上級独奏楽曲『ハィヒルミードゥの祭囃子まつりばやし』だ。フルートらしからぬ高音や低温も入り混じり、相当な訓練を積んでなお今のネンディほど吹ける奏者はそういない。


 音と音の余韻を作り、ブレスの間隔も短く鋭い。

 しかし後半に行くに従い、その息使いにブレが入り始めた。徐々にだが、呼吸が浅くなってきていたのに気づいたネンディは、知らずラペランザートに背を向けて演奏を続けた。


(あっ)


 ネンディは、目から溢れる雫を零すまいと上を向く。より一層深く息を吸い込み、演奏は終盤へと向かう。

 より澄んだ演奏が場を包み込み、誰もがその音に聞き惚れる中、ただ一人ネンディを強く凝視する眼差しがあった。


『マスターピースによる演奏を受信。奏者マスター権限を再譲渡、プロテクトモードを解除します』


 聞き覚えのある低いアナウンスが耳の奥をかすめたと思ったその時、ネンディの演奏は唐突に終わりを告げた。何故なら、ラペランザートが彼女を背後から強く抱きしめ、嗚咽混じりの彼女自身ももう息を吸えなくなっていたからだ。


『ありがとう』




 いっときの休憩の後、再度会議室に集まったのはイズルエ、ノイゼル、タクト、そしてフェルトマの先導者リーダー、ニシムの四名だけだった。


「他のメンバーは後からタクトが伝えればいい」


 ノイゼルにそう言われて、カノンたちはそれぞれフェルトマの人に案内され、解散していった。


「まずは遅くなってすいません。私はニシム。ここを管理している者です。この度は危ないところに駆けつけていただき感謝しております」

「いや、結果的に神獣アレの開放を許してしまった。力になれずすまない」


 ノイゼルはまったく悪びれることなく言ってのけた。


「ところで、私達はそとの事情をよく知りません。イズルエ様に概要を聞いたところあなた方がいらしたのは想定の外とのこと。ぜひお話を伺いたい」

(そうなんだよな、実際は)


 イズルエからすれば、夫であるタギングが助けに来ると思っていた。だからフェルトマ(こちら)側から呼びかけ、本来レーゼンツにある遺跡『トーランリーチ』へと出るはずの転送座標を改ざんしていた。

 タクトらにすれば、最後の『神が愛した楽譜(サレインズ・スコア)』を譲ってもらうためにレーゼンツに来ただけ。まさか目的ラスボスがいるなんて思っても見なかったことだ。


 もともと、組合や帝国がフェルトマを探していた理由は『楽機の回収』だったのだが、タクトたちには十分な楽機の用意がある。それに、この街の現状を考えれば楽機をおいそれと貸してくれはしないだろう。そもそもたどり着けるかどうかも怪しいが、あえてその話は伏せておいた。


「なるほど、つまりはここに遺された楽譜『第四楽章:ヴァレアス』を探しに来られたわけですね」

「あるのか! ぜひ渡してほしい!」


 ノイゼルは食い気味に相槌を打つが、当のニシムは困惑した顔を返事代わりに返した。


「そうしたいのはやまやまなのですが、いまはフェルトマ(ここ)にはないんです」

「もしかして、敵に奪われたとか!?」

「いえいえ! ここ(レーゼンツ)にはあります。恐らく奪われてもないでしょう。そもそも、組合から『歌』の演奏を禁止されてからは手元にあっても奏でることはないと思っていたので、少し離れたところに保管しておるのです」

「なるほどな。ならオレ様たちで取りに行こう。場所を教えてくれるか?」


 ニシムはさらに申し訳無さそうな顔で返事する。そして、絞り出すような小さな声でそれを告げた。


「実は…… トーランリーチ遺跡の最奥部に」

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