15-3 繋がる心、繋がるほころび
「じき、このフェルトマは大陸レーゼンツごとその意義を失う。表舞台に戻らされるだろうな」
「つまり、今まで天楽は神獣サレインを封じるために帳の外へ送り出されて、それが表に戻ったから外にいる意味がなくなった、と」
イズルエはかつての師に無言で頷く。
その反応にノイゼルは満面の笑みを隠しきれず、しかし真面目な顔を目指して話す。
「戦争が本格化、いや真の戦争が始まるな。恐らく過去の戦争も、神獣復活が開戦の狼煙だったはずだ。そう考えると十六年前の戦争は、やはりただの始まりに過ぎなかったと言うことだな」
「神獣の体も半分戻ってる。いつ他の遺跡が奴らの手に落ちるかわからない」
「半分って、どういうこと?」
タクトは、ふと怪旋律四重奏が持ちだしてきた巨大楽器を思い出した。
「それぞれの遺跡には、人が到底持てない大きさの楽器が封印されている。そのうちの一つは確か、私がこっちに来る前に帝国が接収していたはず」
「多分、あの弦楽器じゃないだろうか」
「ノイゼルさん、あの大きさからしても低音弦楽器じゃね?」
「弦バスは明らかに神獣のほうだろう。それなら続く楽器がそうであるべきだ」
なるほど、とアンクは頷く。
「ん? ってことは弦楽器のモチーフは…… 神獣?」
「ある意味そうだろうな。そして禁止された理由も、神を爪弾くことへの畏れかもしれん」
「そして、地上に神獣が戻るということは、古代楽機たちの暴走もあり得るでしょうね」
イズルエの言葉に、ティファは体を硬直させる。
「どうする? 以前みたいに遺跡に避難しておけば無用な暴走は抑えられるかもしれないけど」
ティファはイズルエを見る。彼女も視線を返して返事に代える。
『多分、今は大丈夫』
「暴走ってどういうことだよ、母さん」
タクトは、自分のあずかり知らないアイコンタクトに少しイラつきながらも、真っ向から質問を投げかける。
「そもそも、普通の楽機は言葉を発さない。何故か知ってる?」
「そりゃ、奏者のいない楽機が音を奏でたら音怪が生まれるって言われてるからですよね?」
「あなた達は、ティファといっしょに居て本当にそう思う?」
各自、首を振る。だが、たった一人首を振らずに青ざめたものがいた。
タクトだ。
「……タクト?」
イズルエは、むしろ笑顔でタクトを呼んだ。
「知ってる。ティファは音痴だから、誰かが演奏しないで音を奏でると、音怪が生まれる」
「はい? でも、その子が歌って音怪が生まれた所なんて見たことないわよ?」
「せや。ウチもわりかし長い間一緒におるけど、そんなん見た事あらへん。まあ、最初のうちは喋れること隠しとったみたいやけど」
シェリドもネンディも、今まで自分が見てきたことを口にする。
「……まあ、皆がそう思うのは無理ないこと。長い歴史の中できちんと伝えられず歪んだ知識が、今の楽士を狂わせているの」
イズルエは一度咳払いをする。それを見たノイゼルはその後の言葉を制し、説明を買って出た。
「過去の、組合だけでなく様々な国や地域の文献によると、楽機は大きく二つに分けられる。奏者がいて初めて音を奏でることのできる楽機と、一人でも音を奏でることのできる楽機だ。それを独奏状態という」
それを聞いたカノンとネンディは、先日のソラルでの出来事を思い出した。
「そういえば、あの時タク坊は楽機を構えてへんのに音を吹いてた気がする……」
「見分けることは困難だが、独奏ができる楽機には共通の能力がある。……高度な自立思考と、会話能力だ。そして、過去神獣が暴走演奏するとき、決まって楽機の一部が共鳴し、暴走したという。言うまでもない。独奏が可能な楽機たちだ」
「でも! ティファは危険な楽機じゃない! あの時も俺を助けてくれた!」
「そんなことはわかってるわ」
タクトが立ち上がって否定するのを、イズルエはあっさり認めた。
「へ?」
「言ったでしょう? 奏者がいてこその楽機」
イズルエは一度言葉を置いた。
「確証はないけど、古代楽機であったとしても神獣の暴走に共鳴するのは奏者のいない楽機だけ。かといって、ただマスターピースを預けただけの関係では、まだ暴走の危険性は大きい」
『私たちは、大丈夫です』
ティファは、ゆっくりと答える。
根拠のない自信ではないようだ。その瞳の奥の確信を、イズルエは感じ取った。
「まあ、任せるわ」
「あの、イズルエさん? やったかな」
その会話にネンディが割って入る。
「はい、なんでしょう?」
「その、暴走の事なんやけど、楽機自身がその暴走の予兆ってゆうか、神獣の復活を感じたりするもんなんやろうか」
「というと?」
「実は恥ずかしい話なんやけど、うちも昔楽機を持ってたんですわ。けど十六年前、その楽機はウチの前から突然姿を消してしもたんです」
その言葉に、タクトとカノンはピンと来た。彼女が楽機嫌いになった原因なのだろう。
「ありえるかもしれないけど、絶対とは言えない。めったに聞かないパターンだから。その楽機の名前は分かる?」
「ラペランザート、っていいます」
一瞬言葉に詰まったネンディの答えに、フェルトマ側の住人がざわついた。
「……やっぱ居るんですね、フェルトマに」
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