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 それから彼らが着いたのは、深い渓谷のある山奥だった。

 そこにはくねくねとした細い道が続いていた。太陽と緑が眩しい、夏の日の午後だった。

「この道を登って行け。そしたらその人に逢える」

「僕に逢わせてくれると言っていた人ですね」

「そうじゃ」

「その人に逢うことが、僕への贈り物なのですね」

「そうじゃ。お前さんへの贈り物で、そして罪滅ぼしの残りなのじゃ」

「でも、どうしてそれが贈り物なのですか?」

「それを知りたいか?」

「はい」

「それは…、その人に逢うことで、お前さんの未来が開けるからじゃ」

「僕の未来が?」

「そうじゃ」

「僕の未来…」

「実は、わしは今までお前さんにいろんな魔力を授け、それでお前さんの未来を開いてやろう思っておった」

「はい」

「じゃが、途中であることに気付いた」

「あることに?」

「そうじゃ。それは間違うとったということじゃ」

「間違っていた?」

「そうじゃ。大間違いじゃった。もっともお前さんのほうがよっぽど先に気付いておったがな。ドーピング、ドーピングとうるさかったわい。わっはっは」

「はぁ」

「しかし良く聞け。神様はな、本当に努力した者だけを助けるのじゃ」

「本当に努力した者だけを助ける?」

「わしも最初は…、正直言うとじゃな。多少は面白半分にお前さんにいろんな魔力を授け、お前さんがプロ野球で活躍するのを楽しみにしておった」

「はぁ」

「じゃが、そういうのはインチキじゃ。案の定いろんな問題に出くわした」

「たしかに、そうでしたね」

「じゃがお前さんは、その問題に敢然と立ち向かったじゃろう」

「僕が、立ち向かった?」

「そうじゃ。そしてお前さんは努力した」

「僕が努力?」

「とび職までやったじゃろう」

「とび職かぁ…」

「それがわかれば十分じゃ。これからその人に逢ってくるがよい。そうすればお前さんの未来が開けるのじゃ」

「どうして僕の未来が開けるのですか?」

「ごちゃごちゃ申すな。逢えばわかる。ともあれ、とび職人はしばらく延期じゃな」

「とび職人は、延期?」

「そうじゃ」

「それに、逢えばわかる?」

「そうじゃ。ただしお前さんはここでその人に逢うだけで、この時代に留まってはならん」

「どうしてですか?」

「お前さんはこの時代の人間ではない。じゃから明日の昼12時に、この木札を持ってこの場所に戻れ。ここから時の駅まで移動で出来るよう、木札に魔法を掛けてある。そして、昼の列車に乗って21世紀に帰れ」

「そういえば、確か木札は三枚でしたよね。電天様の帰りの木札は?」

「わしはこの時代に残る」

「どうして?」

「わしにはもう帰る場所がない」

「どうして?」

「とっくに指名手配されとるよ。あの小鬼が通報した筈じゃ」

「でも、小鬼は通行を許可したじゃないですか!」

「あの態度を見たじゃろう。ああやって罪を犯すよう仕向けて、通報するのじゃ」

「通報するって…」

「もう、とっくにしとるじゃろう」

「それじゃあ電天様は…、本当はばれるって知っていたのですね!」

「まあよいではないか」

「よくないですよ。列車に乗る前に駅の待合室で、電天様は『もし、ばれたら』だなんて…、さもばれないみたいに言っていたじゃないですか!」

「まあよいではないかと言っておる!」

「でも、ばれたら大変なことになるのでしょう?」

「大したことはないわい」

「大したことはない?」

「わしは魔界を追放されよう。魔人免許もはく奪されよう。じゃがお前さんの未来に比べれば、そんなこと、大したことではないのじゃ」

「僕の未来…」

「あたりまえじゃ。それに、わしは痩せても枯れても福の神じゃ。お前さんを幸せに出来んでどうする。そしてわしは面倒をみると決めた人間は、徹底的に面倒をみたいのじゃ。それが、わしの性分と言ったじゃろう」

「はぁ」

「その『はぁ』は気が抜ける!」

「はぁ、すみません」

「何も謝ることはないわい。わっはっは。とにかくお前さんさえ幸せになってくれれば、こんな老いぼれの運命なんか…」

「でも…」

「悲しそうな顔をするな。それにわしは、1964年に憧れておった。東京オリンピックじゃ。この国が最も輝いておった時代じゃ。じゃからわしは喜んでここに残る。それにたとえ追放されても、魔人免許をはく奪されても、多少の魔力は残る筈じゃ。じゃからわしはここで老いぼれた妖怪か幽霊にでもなって、何とか生きていける」

「いいんですか?」

「とにかくこの道を登って行け。そしたらその人に逢える。そしたらお前さんの未来が開ける」

「…」

「難しい顔をするな。じゃからこれが、お前さんへの最後の贈り物じゃ。同時に罪滅ぼしじゃ。これで支払いは全部終わったぞ」

「罪滅ぼしだなんて」

「まあよいではないか」

「本当にいいんですか?」

「いいも悪いも、わしが勝手にそう決めたのじゃ! それにわしはもうお前さんに何もしてやれん。大方の魔力も、もう消えた筈じゃ」

「…」

「難しい顔をするなと言うたじゃろう。とにかくこれが、わしからお前さんへの最後の贈り物なのじゃ。頼むから受け取ってくれ!」

「…」

「受け取ってくれんのか?」

「…わかりました。あのとき茶室で頂いた美味しかった羊羹みたいに、ありがたく頂戴します」

「そうじゃったな。お前さんと初めて出会ったとき、あの茶室に行ったな。あれが昨日のことのようじゃ。じゃが今のお前さんは、あの時とは見違えておる」

「見違える?」

「そうじゃ。見違えておるのじゃ。まあいい。その人に逢いに行ってこい」

「はい」

「それともうひとつ。これだけは覚えておけ」

「はい」

「お前さんのこれまでの人生に、無駄なことなど何一つ無ないのじゃ」

「僕の人生に、無駄なことは何一つ、無い…」

「そうじゃ!」

「わかりました。覚えておきます。それから電天様が言われるように、その人に逢ってきます!」

「そうするがよい。お前と出合えて、わしは楽しかった」

「僕もです。本当にありがとうございました!」

「達者でな! それじゃ…」

「でも、あの…、もう逢えないのですか?」

「わしはこの時代に残るし、お前さんは二一世紀に帰らねばならん。じゃからもうわしがお前さんの元にどろんと現れることは、金輪際ないと思う」

「そうなんですか…」

「じゃがもうお前さんはもう一人前じゃ。心配するな」

「一人前?」

「そうじゃ。一人前じゃ!」

「僕が一人前…」

「そうじゃ。きっとそうじゃ!」

「そうなのですね。僕はきっともう…、一人前なのですね。わかりました!」

「そしてその人に逢えば、きっとお前さんの未来が開ける」

「はい。きっと逢ってきます」

「よし。それでよい。それじゃ、達者でな」

「電天様もお元気で!」

「わっはっは。それじゃグッドラックじゃ!」

どろん!

「電天様~ ありがとう~!」


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