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魔界に来るのは三度目だった。彼は絶望のどん底だったが、電天様に逢うとずいぶん元気が出てきたようだ。
やっぱり福の神なのだろう。そんな彼はもの珍しそうに辺りを見渡した。
そこは街だった。
だけど以前彼らが行ったキャッシュコーナーとは全く別の場所だった。
少し歩くと目の前に巨大な寺院のような建物が見えた。立派な門があり、それをくぐると、両側に巨大な像があった。
そしてその片方の像の足元に子鬼が立っていた。
電天様はおもむろに懐から三枚の木札のようなものを出し、その子鬼に手渡した。
その木札を手に取るや、子鬼は電天様を頭の天辺からつま先まで、そのぎょろりとした目で、じろじろと見た。
途端に電天様は引きつった顔になり、脂汗か冷や汗か何だかわからないが、とにかく、たらたらと流し始めた。
次に子鬼は受け取った三枚の木札を一枚ずつ、これまた隅から隅まで入念にチェックし、最後にいかにも「渋々」という感じで、それぞれの木札にハンコのようなものを押し、電天様にその木札を返すと、自分のしゃくれた顎を使い、電天様と彼に「通っても良い」という意味の仕草をした。
それから彼らは建物の方へと向かった。
「ここは、どこですか?」
「駅じゃ」
「これ、駅なんですか! 僕はまた大仏様でも見に来たのかと思った」
「大仏なぞ見に来てどうする。ここは『時の鉄道』の中央駅じゃ」
「時の鉄道?」
「そうじゃ。さあ、入るぞ」
そう言うと電天様はその大きな建物の中に入り、彼も後に続いた。
建物の中は薄暗かった。
それから彼らは、そこにある沢山の古めかしい長椅子の一つに並んで腰を降ろした。
「なるほど、ここが待合室ですか。でもほかのお客さんは?」
「出発まで時間がある。そのうちに来るじゃろう。しかし子鬼の奴め、わしを疑りおって!」
「そんな感じでしたね。で、時の鉄道って?」
「そのうちに分かる。しかし小鬼が疑うのも当然じゃな。この木札は偽造したものじゃから」
「偽造?!」
「大きな声を出すな。子鬼は地獄耳なのじゃ」
「ナンデギゾウナンカ!」
「そんなにひそひそ喋らんでも良い。奴はお前さん程の地獄耳ではないわい」
「じゃ、何で?」
「詳しい話は抜きじゃが、わしは時を越える資格を持たんのじゃ」
「だってあんなに沢山、資格を持っていたじゃない」
「時を越える資格だけはじゃな、取るのがたいそう難しいのじゃ」
「そうなんですか」
「十年も専門の学校に通わんといかんし、魔国家試験というものを受けんといかん」
「魔国家…、そうですか。大変なんですね」
「それでわしは資格無しで時を越えるために、極秘のルートでこの木札を偽造してもろうたという訳じゃ。三枚もな」
「またまた極秘ですか」
「そう言うな。仕方がなかったのじゃ」
「あの木札は、時を越える通行手形みたいなものですか?」
「切符じゃ。これから乗る列車の切符じゃ」
「じゃあ、これから列車でタイムスリップをするのですね」
「そうじゃ。過去へ行くのじゃ」
「しかし、また極秘のルートだなんて、まさかまた悪魔のデーモンから…」
「冗談じゃない。あいつとは縁を切った。とんでもない奴じゃった」
「それはよかった。いや、よくないですよ。だって偽造だなんて!」
「確かに良くなくはないな。じゃが、仕方が無かったのじゃ」
「仕方が無い?」
「お前さんを過去へ連れて行くには、これより他に手が無かった。そして、過去へ連れて行かんと、お前さんをその人に逢わせることは出来ん」
「その人?」
「そうじゃ。その人じゃ。そしてそれは、わしの罪滅ぼしなのじゃ」
「罪滅ぼし?」
「デーモンの件じゃ。わしは奴にお前さんの魂を売り渡そうとしたのじゃ」
「でも、あれは電天様が騙されて…」
「まあそういうことはどうでも良い。いずれにしても、わしはお前さんの魂を売り渡そうとしたことに代わりはない。じゃからわしに罪滅ぼしをさせて欲しいのじゃ。頭金はもう払うたからのう」
「頭金?」
「パンタグラフ改造の件じゃ」
「VVVF?そんなことを言われていましたね。でももうそんなことは…」
「いやいや、じゃからこれから払うのは、罪滅ぼしの残りじゃ。これから出発する旅がそうで、お前さんをその人に逢わせる為の旅じゃ。それはわしからお前さんへの贈り物で、そして同時に、罪滅ぼしの残りなのじゃ」
「そんな大げさにややこしく考えなくても…」
「いや、そうせんとわしの気がすまん。それに福の神というのは、人間を幸せにするのが務めじゃ。そしてわしは面倒を見ると決めた人間は、徹底的に面倒を見たいのじゃ」
「……^_^」
「そんなに難しい顔をするな。それとじゃな。お前さんとの付き合いもずい分長くなったが、お前さんの姿を見ていると、だんだんお前さんが好きになったのじゃ。いやいや誤解するな。変な意味じゃないぞ。とにかくお前さんの面倒を見させてくれ。そうせんとわしの気が済まん」
「……^_^」
「難しい顔をするなと言っておる」
「それじゃ、その人に逢う為に過去へ行くこの旅が、ええと、僕への贈り物で、そして同時に僕への…、罪滅ぼしの残りなのですね」
「そうじゃ」
「そしてそうしないと、電天様は気が済まないのですね」
「そうじゃ!」
「まあそこまでおっしゃるなら…」
「な。いいじゃろう?」
「わかりました。それじゃ、ありがたくお受けします!」
「あ~、しかしじゃ。実はな。もしこれがばれたら、わしは魔人免許をはく奪される。多分、魔界も追放じゃ」
「追放される? それじゃだめですよ!」
「はっはっは。もう遅いわい。入場門を通ってしもうたからじゃ。いまさら戻る訳にはいかんのじゃ。かえって怪しまれるだけじゃわい」
「いいんですか、魔人免許はく奪だなんて…」
「気にするな。わしが勝手に決めたことじゃ。それに、もしばれたらの話じゃ」
「ばれないんですか?」
「まあ、やってみんとわからんが。じゃが、もしばれても、お前さんの身には何も起こらん。心配するな。お前さんは魔人ではないからじゃ」
「でも僕、水魔人でしたよ」
「それは昔の話じゃ」
「停電魔人だったし」
「もう時効じゃわい」
(お待たせいたしました。只今より一九六四年行き、特急オリンピア号の改札を始めます)
「行くぞ。もう後戻りは出来ん。さあこの木札を持ってあそこの自動改札機に入れるのじゃ。魔界も進んでおる。昔はあそこにも小鬼が立っておってのう。奴らはいちいち木札にドリルで穴を開けておったのじゃ」




