1576年3月 足利義助暗殺
文禄四年(1576年)三月 土佐国浦戸
一方その頃、ここ土佐の国は浦戸にある一軒家があった。そこに住まうのは室町幕府初代将軍・足利尊氏の末裔であり京で処刑された足利義維の遺児・足利義助である。
「義助殿、そこを何とかお聞きいただけませぬか?」
そんな義助の元を訪れて説得を行っていたのは、隆道配下の明智十兵衛光秀。光秀は来る高秀高への挙兵を行うために、大義名分として義助を旗頭にしようという隆道の命を受けてこの地を訪れていた。しかし…
「ええい、そなたもくどいのう光秀殿!」
当の説得されている義助はむしろそんな光秀を煙たく扱うようにしていた。義助は納屋から薪木用の木を取り出してそれを斧で割り始めた。
「何度も申しておるがこのわしに天下への野心はない!そうやって祭り上げられるのはまっぴら御免じゃ!」
「されど、秀高は義助殿のお父君を捕縛して足利義輝に引き出した張本人!その仇を討つことこそ貴殿の本懐というものではございませぬか?」
「余計なお世話じゃ!」
義助はそう言うと再び斧を振り下ろして薪木を割り、割った木を拾って地面に置きながら光秀に向けて言葉を続けた。
「あなたがどうしてそこまで足利家に固執するのかがよく分かりませぬが、今や天下は名古屋の秀高殿の下に決しようとしておる。それを乱そうとする行為こそ恐れ多い行為と拙者は心得ておる!」
「何を仰られるか義助殿!?それを聞けば先祖の等持院(足利尊氏)公が泉下で…」
「あなたには何の関係もない!」
光秀が義助から見て先祖の足利尊氏のことを持ち出したことに、義助が一喝して言葉を遮ると、義助は斧を近くの木に立てかけてから背後にいる光秀の方を振り向いた。
「光秀殿、このわしとてここで無為に過ごしているわけではありませぬ。が、貴方が何をしたかぐらいはこの土佐にいても耳に入ってきます。曰く「覚慶を扇動して兄・義輝公の命を取ったは明智十兵衛と申す者。」と。」
「義助殿…それをどうやってお知りになられたか!?」
「今はそれは関係ありませぬ!大事なのは貴方が以前、同じ足利一門を扇動して世の中を乱した過去があるという事です。大方、私の野心を燃やして再び世を乱そうとしたのでしょうが、生憎ですがそこまで愚かではありませぬ。」
義助はそう言うと光秀に向けて背中を向け、地面に落ちた数本の薪を拾いながら光秀に向けてこう言い放った。
「さぁ、どうかお引き取りを。そして二度とわしの前に姿を現さないで下され。」
「…承知いたしました。」
光秀が義助の言葉にそう答えた次の瞬間、光秀は右手で即座に脇差を抜くや、背中を見せている義助に一太刀を浴びせた。
「ぐあっ、み、光秀殿…」
「ならば、貴方にはここで死んでいただく。」
そう言うと光秀はうつ伏せに倒れ込んだ義助の背中に脇差を突き刺し、とどめの一撃を加えた。これを受けた義助は苦悶の声を漏らした後に絶命。それを見届けた光秀はその場に「丸に違い鷹の羽」…つまり高家の家紋が刺繍された簪を捨てると同時に、義助が済んでいた一軒家に火を放ってその場を去っていった。この義助の死によって足利将軍家の直系男子は断絶。しかしこの殺害劇も光秀からしてみれば想定内の範疇だったのである…。
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「そうですか。義助を…。」
「はっ、説得に応じませんでしたのでやむを得ず…。」
翌日、光秀は中山田にある隆道の隠れ家に戻ると、隆道に義助暗殺を伝えた。
「まぁいいでしょう。むしろそうした方が諸侯の反抗心を掻き立てることに繋がりましょう。」
「殿、それはどういう訳で?」
この隆道の発言に対して脇に控えていた丹羽隆秀が尋ねると、隆道は顔を隆秀の方に向けてから発言の真意を説明した。
「義助が応じたのならば我らは旗頭として擁立しましたが、断ったとしても使い道はあります。それは義助を暗殺して下手人を秀高であると仕立て上げ、義助の敵討ちを標榜すればきっと、足利将軍家への畏敬の念が強い四国や九州の諸将は挙ってこちらの檄文に応じて幕府へ反旗を翻すでしょう。」
「なるほど…義助殺しを秀高に擦り付ける訳ですな?」
隆道からその考えを耳にした家臣の堀秀政がそう言うと、隆道は首を縦に振って頷いた。
「その通りです。ましてや浦戸は長宗我部元親殿のご領地。そのご領地でこんな事件が起きたとあっては元親殿の面目は丸つぶれでしょう。きっと実行犯である秀高に対して敵対心を燃やすに相違ありません。」
「そうなれば、長宗我部が幕府へ反旗を翻すことになり、それを聞いた本山や津野も同調するかと。」
隆道の言葉に反応して池田庄九郎元助が相槌を打つような言葉を発した。するとそれに連動して河尻与四郎秀長が隆道に向けてこう言った。
「それと…密かに支援してくださっている豊後の大友殿も。」
「大友は当てにしない方が良いでしょう。」
秀長が口にした大友宗麟の事を聞くや隆道は即答して否定し、そのまま秀長やその場にいる家臣たちに向けてこう言った。
「もし大友が幕府に反旗を翻す事態になれば、これ勿怪の幸いとばかりに大友に反抗的な龍造寺や秋月に相良、それに幕府側に傾きつつある島津が大友へ総攻撃をかけるでしょう。それが自らを劣勢に追い込むことだと分かっている宗麟殿は表立ってこちら側に立つことは無いかと。」
「むう、未だ味方は少ないですな。」
隆秀が隆道の言葉を聞くや腕組みをして言葉を漏らした。するとそれに対して光秀がこう言って隆秀の気持ちを上向きにさせた。
「いや、そうとは限りませぬぞ。聞けば二ヶ月前に毛利元就が世を去り、当主の毛利隆元が名古屋に向かうと聞きます。隆元が名古屋へ向かった隙に秀高に反感を持つ吉川元春殿に接触し、味方になるよう誑し込めばまだまだ挽回できます。」
「…毛利をこちらに付けるのか?」
「はい、ただ…少々面倒な手立てですが。」
光秀が隆秀に向けてそう言うと、それを耳にした元助や秀長が各々言葉を発した。
「しかしそうでもしなければ、東国を平定した幕府に対して真っ向から戦えぬのも事実!」
「如何にも。ここはどのような手立てを使おうとも西国諸侯を結集し、幕府と天下二分して戦を挑む他ない!」
「…二人の言う通りです。」
元助と秀長の言葉の後に隆道が言葉を発した。それを耳にした配下の者たちが一斉に隆道へ視線を向けると隆道は言葉を続けた。
「既に義助を暗殺した事で賽は投げられました。こうなっては我らが本懐を果たすために味方を結集する他ありません。光秀、義助が幕府によって暗殺されたことを土佐をはじめ、日本全国に流布させなさい。」
「日本全国に?」
「はい。日本全国に義助の死を伝えれば、いま幕府に従っている諸侯衆の中に秀高への反抗を生じさせて反乱を誘発する事が出来ましょう。これこそ起死回生となる一手となるのです。」
「…分かりました。直ちに虚無僧共にその旨を伝えさせましょう。」
ここに隆道は打倒秀高に向けた一手を打った。秀高による足利義助の暗殺。これは幕府に従属する諸大名の中にある足利将軍家への畏敬を損なう事にも繋がるであろうと隆道は考え、ゆくゆくは決起する諸大名もあるとしてこの噂を流布させることにしたのである。隆道はこの一手が鬼手であると信じていたが、この噂流布によって幕府、そして隆道双方に事件をもたらすことになるのだが、それは後々の話である…。
次回以降の掲載は、5月11日以降を予定しております。
ご了承ください。




