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1567年3月 摂津国平定



永禄十年(1567年)三月 摂津国(せっつのくに)池田城(いけだじょう)




 永禄(えいろく)十年三月十三日。昨日の十二日に芥川山城(あくたがわやまじょう)が落城したとの報は池田城を包囲する大高義秀(だいこうよしひで)の陣中に届けられた。その翌日である今日、飯盛山(いいもりやま)包囲に戻る武藤昌幸(むとうまさゆき)らと別れた三浦継高(みうらつぐたか)ら芥川山城攻撃隊は昨日の内に池田城周辺に到着。そのまま池田城の包囲陣に加わったのである。


「改めて継高、昨日の城攻めご苦労だったな。」


 本陣の陣幕の中で義秀が昨日の内に参陣した継高に対して言葉をかけると、継高は床几(しょうぎ)に対して腰を掛けながら悔しがって言葉を義秀に返した。


「はっ、されど長逸(ながゆき)の首を挙げること叶わず、口惜しい限りにございまする。」


「はっはっはっ、そう言うな。重要な拠点である芥川山城を短期間で攻め落とせたんだ。それだけでも誇れる戦果だぜ。」


「はっ、お言葉、痛み入りまする。」


 継高が義秀の言葉を受けて一礼した後に言葉を返すと、義秀はその場に居並ぶ諸将の方に視線を向けると言葉を発した。


「さて、これで残る摂津の三好(みよし)方の拠点はこの池田城だけになった訳だな。」


「早馬の報告によれば、別所安治(べっしょやすはる)殿たちはもう少し時が掛かるそうよ。でも、今のこれだけの戦力があれば、力攻めでたった一日で落城すると思うわ。」


 義秀の言葉の後に正室の(はな)が城の方角を見つめながら言葉を発すると、それを傍で聞いていた義秀が頷いて反応を示した。


「そうだな…よし!全軍に下知を――」


「お待ちくだされ!」


 義秀がその場の諸将に総攻めを下そうとしたその時、号令を止めようとばかりに口を挟んだ武将がいた。この者こそ、包囲している池田城の城主・池田長正(いけだながまさ)の元家臣で義秀の包囲陣に加わっていた荒木村重(あらきむらしげ)であった。村重は義秀の言葉を口を挟んで止めさせると、義秀に対して意見を述べた。


「この村重に腹案がございまする。どうかこの(それがし)に開城交渉をお任せいただけませぬか?」


「何?開城交渉だと?」


 この義秀に対する村重の提案を受けて、その場に居合わせた三浦継高(みうらつぐたか)波多野元秀(はたのもとひで)ら列席する諸将は互いに顔を見合わせた。その中で村重は、義秀の方に視線を向けたままその意見を述べた理由を懇々と語り始めた。


「事ここに及んで自身の戦況がすでに不利であるという事は、城主の長正(ながまさ)殿もご存じのはず。ここは無駄な血を流さずに、説得によって城を開かせたいと思いまする。」


「正気か?お前は長正を裏切った身。城に乗り込んでいったら下手すりゃあお前の命はないぞ?」


 義秀が村重の身の上を案じるように言葉を発すると、村重はその懸念を払拭させるように義秀に対して即答した。


「元より覚悟の上にございまする。もし万が一池田城の塀に我が首が掛けられたときは、躊躇せずに城を攻め落とされよ。」


 こう言った村重の瞳の奥に真っ直ぐな物を感じ取った義秀は、意見してきた村重の表情をじっと見つめた後に重い口を開いて返答を述べた。


「…分かった。そこまで覚悟が決まっているのならば何も言わねぇ。交渉はお前に任せるぜ。」


「ははっ!」


 義秀からの許可ともいうべき言葉を受け取った村重は、義秀に対して会釈をするとそのまま床几(しょうぎ)より立ち上がって陣幕の外へと出て行った。その去っていく村重の後姿を見つめていた華は義秀の方を振り向いて言葉をかけた。


「…上手く交渉が進むのかしら?」


「どうだろうな。だがこれであいつに運があるのかどうか?それを見極めることは出来るぜ。」


「運が無ければ…そこで死ぬという訳ね。」


 義秀の言葉を聞いた後に華が村重が去っていた方角を見つめながら言葉を発すると、それを聞いていた義秀が姿勢を正しながら華に対して言葉を返した。


「その通りだ。ま、後はあいつの口に任せるとしよう。」


 ここに義秀は村重に対して総攻撃前の開城交渉の任を一任させると、村重は単身池田城内に軍使として乗り込み、城主の長正に開城を説くべく向かって行ったのだった。




「うぬは何を抜かす!」


 その池田城内の本丸館にて、広間にて城主の長正と相対す村重に対して邪険な言葉を投げかけるものがいた。長正の嫡子でもある池田勝正(いけだかつまさ)であった。勝正は広間の中で立ち上がって開城交渉に来た村重を指差すと、口から唾が出んばかりの勢いで村重の事を(なじ)った。


「散々我らを裏切っておきながら、のうのうと姿を現したかと思えば城を開け渡せだと!?我らをコケにするのも大概にせい!」


「勝正殿!既に戦況は池田に利あらず!ここは家名の存続の為にも苦渋の決断をなさいませ!」


 自信を詰ってきた勝正に対して、一歩も引かずに今の戦況の不利を説いた村重の姿を見ると、勝正は更に怒って上座に座っていた父の長政に対して言葉をかけた。


「父上!どうかこの某にこの者を切り捨てる許可を!」


「…勝正、控えておれ。」


「父上!」


 自身に自制するように声を掛けてきた長正に対し、なおも食い下がろうと勝正が言葉を発すると、その様子を見た長正が息子でもある勝正を厳しく睨みながら叱りつけた。


「くどい!池田城の城主はこのわしじゃ!城主でも何でもないそなたが池田家の事に口を挟むな!」


「くっ…」


 この長正の言葉を受けると勝正はそれ以上の発言を止め、歯ぎしりしながらドスっとその場に座り込んだ。その様子を見た長正は一回ため息をついた後、来訪していた村重の方視線を向けて後悔するように言葉をかけた。


「…村重よ、事ここに至っては、もっと早くそなたの言葉を容れておくべきであった。」


「殿…」


 長正の後悔ともいうべきこの言葉を受けた村重は、元の主君でもある長正の事を見つめた。長正は村重の視線を受けていることを感じながら、呟くように言葉を発した。


「先の敗戦以降、大殿(三好長慶(みよしながよし))は寝たきりとなり三好家中は混乱しておった。三好に忠義を尽くすことに意固地にならず、時勢を読んで幕府や高秀高(こうのひでたか)に通じておれば、かかる事態にはならなかったものを…」


 この長正の独白を勝正は嫌悪感を示しながら聞いており、片や勝正の弟である池田知正(いけだともまさ)は父・長正を憐れむような視線で見つめていた。やがて長正は俯いていた顔を上げると、来訪していた村重に対して返答をした。


「…分かった。村重よ、この城を開け渡そう。」


「父上!どうかお考え直しを!」


 その長正の言葉を受けて勝正が諫めるように父に言葉を挟むと、長正は言葉をかけて来た勝正の方に視線を向けると観念したように勝正の事を諭すべく言葉をかけた。


「勝正よ、もう戦はしまいじゃ。潔く負けを認めて敵に身を任す事こそ、池田家の名誉を汚さぬ道であるぞ。」


「馬鹿馬鹿しい!一度も槍を合わさずに敵に降るなど出来ませぬ!御免!」


「勝正!」


 そう言うと勝正は負けを認められないかのように後ろを振り返ると、ドスドスと大きな足音を立ててその広間から下がっていった。その様子を見ていた長正は呆れ返るようにため息をつき、その場でポツリと言葉をつぶやいた。


「…愚かな息子よ。だが、あそこまで意地を張れるのも一種の長所であるのかも知れぬな。」


「殿…」


 その言葉を聞いて村重が長正に言葉をかけると、長正はふっとほくそ笑んだ後に村重の方を振り向くと、その場で手を床について姿勢を低くしながら言葉を発した。


「村重よ、外の陣まで案内してくれぬか?この池田長正並びに池田家一門、謹んで軍門に降ろう。」


「賢明な判断、恐れ入りまする。さあ、参りましょう。」


 村重は長正の言葉を聞くと感慨に浸るように言葉を返し、その後元主君でもある長正や知正ら池田家の一門を伴って城外へと連れて行った。ここに池田城は村重によって無血開城となったが、これに反発した勝正は行方をくらまし、いずこなりへと消えていったという。




「…摂津池田城主・池田筑後守長正いけだちくごのかみながまさにございまする。」


 その後、池田長正とその一門の姿は池田城外の義秀本陣の中にあった。床几に座る義秀ら攻め手の将達とは別に地面に座りながら一礼した長正ら池田家一門の姿を見た義秀は、挨拶を述べた長正に対して返礼をした。


「大高義秀だ。良く開城してくれた。礼を言う。」


「ははっ。我ら池田家一門、かくなる上は義秀殿に処遇をお任せいたす。」


「そうか、じゃあ…」


 長正より池田家一門の処遇を託された義秀は、その場で華や交渉を成し遂げた村重などの姿を一通り見た後、地面にて頭を下げる長正に対して処遇を伝えた。


「池田長正、並びに池田家一門は死一等を減じ、そこの荒木村重の庇護下とする。今後は荒木家臣として村重を支えてやれ。」


「ははっ、謹んでお受けいたしまする…。」


 こうしてここに池田長正とその一門は助命となったが、池田城とその領地は村重の物となり、同時に村重の家臣として組み込まれることとなった。だがこれによって摂津池田家は断絶を(まぬが)れる事となり、ここに摂津国の平定は成ったのである。


「これで摂津は掌握致しましたな。」


 やがて池田長正とその一門、並びに主だった将達が自陣へと帰っていった後、本陣の中に残っていた継高が義秀に対して言葉をかけた。義秀は陣幕の外から無血開城となった池田城を見ながら、継高の問いかけに対して言葉を返した。


「あぁ。あとは軍勢を再編して四国(しこく)に渡る軍勢を選抜しないとな。」


「なら、直ぐに早馬をヒデくんに向けて走らせないとね。」


「そうだな、そうするとしよう。」


 華の言葉を受けて義秀は微笑みながら返答を返すと、その場に陣幕を潜って義秀家臣の逸見昌経(へんみまさつね)が駆け込んできた。


「殿、大和(やまと)より報告有之(これあり)!」


「どうした?信頼(のぶより)は上手く平定できたのか?」


「はっ、平定自体は成功しましたが…」


 そう言うと昌経は義秀や華たち本陣の中に残っていた者達に対して、大和を経略する小高信頼(しょうこうのぶより)らの動きとそれに関連して起こったある出来事を伝えた。その出来事を耳にした義秀らは一様に驚き、同時に義秀は池田城の方角を振り返って見つめながら厳しい目線を見せたのだった…





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