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1567年3月 芥川山城の戦い<後>



永禄十年(1567年)三月 摂津国(せっつのくに)芥川山城(あくたがわやまじょう)




 三月十二日明け方。芥川山城東曲輪の突端にある出丸と呼ばれる曲輪では、外にて包囲する三浦継高(みうらつぐたか)らの軍勢を睨むように監視しながら、守兵たちが歩哨に立っていた。その出丸の一角の柵の辺りにて、足軽頭の一人が歩哨に立っていた足軽に近づいて話しかけていた。


「おう、どうじゃ様子は。」


「うむ、依然動きはない。」


 歩哨に立っている足軽が槍を片手に背後から来た足軽頭に対して言葉を返した。すると後ろから歩いて来た足軽頭はその場にいた足軽の隣に立つと、陣笠(じんがさ)を上げて外の様子を見ながら言葉を発した。


「無理もあるまい。この城は東と西の曲輪が隣り合わせるように立つ堅牢な山城。力攻めに及べば奴らの屍が増えるばかりよ。及び腰になるのも仕方が無かろう。」


「その通りじゃ。ここで耐えておればきっと戦況は動く。それまではしばしの辛抱じゃ。」


「うむ。」


 足軽からその言葉を受けて足軽頭がその場で背伸びをしていると、突然地面が大きく揺れるとともに爆音がその出丸内に響いた。


「な、何じゃ!?」


 その爆音を聞いて足軽頭が驚いたその直後、自身たちが立っていた地面が大きな地鳴りと共に地滑りを起こし、足軽や足軽頭が立っていた箇所もろとも雪崩を起こすように崩落し始めた。


「じ、地面が!?うわぁぁ…!!」


 足軽が地滑りに巻き込まれながら悲鳴を上げて落ちていくと、隣にいた足軽頭も声もなく動揺に巻き込まれていった。やがてその地滑りは出丸そのものを崩すように大きくなり、その場にいた足軽たちは皆一様に地滑りに飲み込まれていった。


「く、崩れるぞ!!うわっ!」


 出丸の曲輪の中にある櫓の中にいたこの足軽も、声を上げた後に櫓が崩れて櫓や近くにあった建屋もろとも地面の中に吸い込まれるように消えていった。やがてその大きな音は芥川山城本丸まで鳴り響いた。


「今の爆音は何じゃ!!」


 その爆音に驚いた城代の三好長逸(みよしながゆき)が声を上げていると、その近くに侍大将が現れて事の仔細を報告した。


「申し上げます!東曲輪突端の出丸が爆音と共にすべて崩落!大きな崖が出来ました!」


「何っ!?」


 その報告を受けた長逸は侍大将と共に本丸にあった天守閣に駆け上がり高欄(こうらん)から出丸の方角を見た。するとそこに広がっていたのは出丸の箇所がすっぽりと無くなるように消えており、そこから下の麓の方には崩れた出丸の柵や櫓、建屋などの残骸や多数の土砂が散乱しているさまであった。


「おぉぉ…あれはいかん!あの崩落したところから敵が攻め上がってくるではないか!」


 長逸がその光景を見て指を指しながら大きく驚いていると、そこにまた家臣の江戸備中守(えどびっちゅうのかみ)が天守閣の階段を駆け上がって主君である長逸に対して更なる報告を告げた。


「殿ぉーっ!!出丸守備に就いていた竹鼻清範(たけはなきよのり)殿が先の爆発に巻き込まれ、行方知れずとの事!!」


「何だと、清範が!?」


 その出丸の守備には同じ長逸家臣の清範が守備に就いていた。しかし先の崩落によって清範もまた他の足軽たち同様に土砂の中に巻き込まれ、それによって行き方知れずとなってしまっていた。この報告を受けて長逸が茫然と立ち尽くしていると、突然城外から火縄銃の銃声が鳴り響き、城外の麓から法螺貝が鳴らされると同時に天守閣の中に別の侍大将が駆け込んできた。


「申し上げます!敵に攻め掛かる動きあり!東、西の両曲輪に攻め掛かる模様!」


 この報告を受けて長逸が気を取り直して外を見ると、大手口(おおてぐち)と東曲輪の方角の搦手口(からめてぐち)から軍勢が押し寄せる風景が見えていた。それを見た長逸はすぐさま天守閣の中の方を振り返ると、その場にいた者達に直ぐに指示を飛ばした。


「ええい怯むな!敵の来襲に応戦せよ!」


「ははっ!」


 その指示を受けると備中守を始めとした者達は会釈をした後に階段を駆け下り、各々の持ち場へと戻っていった。長逸は皆に対して指示を出し終えた後、駆け下りていった者達の後を追う様にその場を去っていった。




 一方、山麓の麓では城を包囲する総大将の継高の采配によって総攻撃が下知された。東と西の曲輪の中間に位置する大手口を攻める坂井政尚(さかいまさひさ)の隊では政尚が用意させた竹束(たけたば)の陰に隠れながら、大手口の細い山道を竹束を前に押し出してゆっくりと進む将兵に対して声を掛けた。


「竹束を前面に出せ!鉄砲足軽はその裏に潜んで矢玉をやり過ごした後、城にめがけて火蓋を切れ!」


「おう!」


 その号令を受けた政尚勢の足軽たちは返事をした後、敵の矢玉が止んだと同時に身を出して鉄砲を構え、素早く標準を合わせると城の方角めがけて引き金を引いた。その銃弾は城にいた足軽たちや板塀を打ち抜くように命中し、それを見た大手口の将兵は竹束を前に押して進んでいった。一方、東曲輪の搦手口を攻めている浅井高政(あざいたかまさ)の軍勢は早くも搦手を打ち破り、城への一番乗りを果たした。


浅井近江守高政あざいおうみのかみたかまさが家臣、磯野員昌(いそのかずまさ)一番乗り!者ども、俺に続けぇっ!!」


 浅井勢の先頭に立って員昌が城への一番乗りを果たすと、それに続けとばかりに浅井勢の足軽たちが搦手口を踏み越え、ぞろぞろと城の中になだれ込んでいった。員昌が先頭に立って道を切り開かんとばかりに立ちはだかる敵兵を次々となぎ倒し、やがて東曲輪の主郭に入り込んだ。


「ぐぬっ!ここまで踏み込んできたか!」


 曲輪の守将がなだれ込んできた浅井勢の勢いに気圧されながら声を上げると、その首相の目の前に浅井勢の足軽たちを引き連れてきた員昌が、槍を片手に携えて守将の目の前に立ちはだかった。


「敵将!覚悟!」


「おのれ下郎が!三好長逸が家臣、三好長徳(みよしながとく)の力を見よ!」


「ほざくな!」


 員昌の名乗りを受けて守将の長徳が反応して刀を構えると、員昌は咄嗟に槍を構えるとすぐに長徳を間合いを詰め、長徳と一合、二合打ち合った後に槍を突き出して長徳の胴体を貫き、員昌はそのまま槍に突き刺した長徳を押し出して壁に叩きつけた。それを受けた長徳は血を吐いて槍を抜かれたと同時にその場に倒れ込んだ。その後員昌は素早く首を取ると高く掲げて名乗りを上げた。


「三好長徳討ち取ったり!東曲輪は我ら浅井勢が攻め取ったぞ!旗指物を掲げよ!!」


 この言葉を聞いた浅井勢の足軽たちは喊声を上げた後、曲輪に掲げられていた三好の旗指物を取り外し、浅井の旗印である「三つ盛亀甲(みつもりきっこう)唐花菱(からはなびし)」が施された旗指物を差して掲げた。その旗指物を本丸の天守閣より見ていた長逸は、高欄の手すりを掴みながら言葉を発した。


「東曲輪が攻め取られた…この芥川山城が一日と持たんのか…」


「殿っ!敵は本丸眼下まで迫っておりまするぞ!」


 高欄に立っていた長逸に対して備中守が報告に来ると、長逸は備中守の方を振り返ると天守閣の中に入り、階段を駆け下りながら備中に対して下知に飛ばした。


「…備中!屋敷に火をかけよ!決して我が首を敵に渡すな!」


「はっ!殿、おさらばにございます!」


 天守閣の一階の外に出て長逸の最期の命令を受け取った備中守は、本丸館の奥の方に向かおうとした主君の長逸に対して別れの挨拶を告げると、本丸の奥の間に下がっていった長逸と別れるように本丸に集っていた味方の元に向かって行った。そして備中守は本丸を守る味方の足軽たちの前に姿を見せると、その場にいた足軽たちに対して呼び掛けた。


「火をかけよ!殿は奥の間で自害なさる!決して敵を通すな!!」


 この号令を受けた足軽たちは喊声を上げたと同時に本丸館の方々に火をかけ、攻め寄せて来る適性を迎え撃ち始めた。その頃、本丸館の奥の間に下がった長逸は鎧を脱いで白装束となると目の前に短刀を用意した。すると遠くの方から微かな声でこのような言葉が聞こえてきた。


「…江戸備中守、討ち取ったり!!」


「…もはやここまでか。」


 自身の最期を悟った長逸は短刀を手に取ると鞘から抜いて刀身を露わにした。同時に奥のままで火の手が回ってくると長逸は短刀の切っ先を腹に当て、目の前を見つめながら微かな声で言葉を発した。


「殿、三好を守れず…申し訳ございませぬ…」


 そう言うと長逸は短刀を腹に突き刺し、見事に切腹して自身の人生に幕を下ろした。ここに三好三人衆の筆頭としてその名を馳せた三好長逸は燃え盛る本丸館の中で割腹して果て、芥川山城はここに落城したのであった。




「長逸は自害して果てた?」


「はっ、長逸は燃え盛る本丸館の奥にて自害し、亡骸共々この世に残さぬとばかりに燃え尽きた物かと。」


 戦後、芥川山城を包囲する軍勢の本陣の陣幕から、燃え盛る本丸の方角を見つめながら侍大将より長逸自刃の報を受けると、継高は遠くの方で燃え盛る本丸館をじっと見つめながら歯ぎしりするように悔しがった。


「そうか…首を取れなかったのは口惜しい限りよ。」


 継高が悔しさを込めて言葉を発すると、それを本陣の陣幕の中で聞いていた内藤宗勝(ないとうむねかつ)が継高に言葉をかけた。


「しかし継高殿、形はどうであれ芥川山城は落城いたした。このまま義秀(よしひで)殿の下に合流すると致そう。」


「…左様ですな。よし、しばし休息を取った後に池田城(いけだじょう)まで進軍する。将兵たちにそう伝えよ。」


「ははっ!!」


 この継高の指示を受けた侍大将は継高に対して返事をすると、直ちに陣中に立ち帰ってその旨を伝えた。こうして芥川山城が陥落したことによって摂津東部の三好方の拠点は陥落し、摂津国内で残るのは池田城のみとなった。継高や宗勝らの軍勢は休息を取った後に大高義秀(だいこうよしひで)の池田城包囲陣に加わるべく進軍を開始したのであった。





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