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1567年3月 芥川山城の戦い<前>



永禄十年(1567年)三月 摂津国(せっつのくに)芥川山城(あくたがわやまじょう)




 永禄(えいろく)十年三月十一日。数日前から三浦継高(みうらつぐたか)を大将とする軍勢に包囲されていた芥川山城ではあったが、守将の三好長逸(みよしながゆき)らの采配によって持ち(こた)えていた。その攻め手の継高の本陣に、昨日十日に芥川山城近郊にある高槻城(たかつきじょう)茨木城(いばらきじょう)を攻め落とした坂井政尚(さかいまさひさ)、そして荒木村重(あらきむらしげ)呼応(こおう)して挙兵した中川清秀(なかがわきよひで)の軍勢が包囲に加勢していた。


「お二方、ご苦労であった。」


 芥川山城を包囲する継高勢の本陣の中で、大将である継高は床几(しょうぎ)に腰を掛けながら、対面にて床几に座る政尚や清秀と視線を合わせた後に言葉をかけた。その継高の目の前にある机の上には、二つの首桶が政尚らの前に置かれていた。


「はっ。継高殿、これが守将の入江春継(いりえはるつぐ)、並びに茨木重朝(いばらきしげとも)の首にございまする。」


「…清秀殿、これは本人に相違ありませぬか?」


 首桶の中に収められている春継と重朝の首の事を知った継高は、両名の顔を見知っている清秀に対してその首の真贋(しんがん)を尋ねた。すると清秀はこの継高の問いかけに対して一礼をして返事をした後に言葉を発した。


「ははっ。我らが討ち取った茨木重朝(いばらきしげとも)の首同様、事前に首実検を済ませておりまする。二つとも本人に相違ありませぬ。」


「そうか…誰か、この首を大手口の方に飾れ。城方に見えるようにしてやると良い。」


「ははっ!」


 清秀よりこの事を聞いた継高は近くにいた側近に命じて、首桶を陣幕の外へと運ばせていった。その後、この首桶に収められていた両名の首は芥川山城の大手口より遠く離れた山麓の前に掲げられ、これを見た城兵たちは士気を落としたという。両名の首桶が運ばれていった後、政尚が継高に話しかけた。


「それで継高殿、この芥川山城を如何なさるので?」


「ご案じめさるな。打つ手に目途はついておりまする。そろそろつく頃合いかと思いまするが…。」


「申し上げます。飯盛山(いいもりやま)より(くだん)の者達が到着なさいました。」


 継高が言葉を発している最中、侍大将の一人が陣幕の中に駆け込んできて継高に報告した。すると継高はいきなり床几から立ち上がって視線を報告に来た侍大将の方に向けた。


「来たか!すぐにここに通せ!」


 こう言われた侍大将は継高に対して一礼すると、すぐさま陣幕の外に出てそこで待機していた者達を陣幕の中へと招き入れた。侍大将の促しに寄って陣幕を潜って中に入ってきたのは数名の人夫と一人の武将であり、継高の姿を目に収めると武将の方が継高に対して挨拶をした。


「これは継高殿。真田幸綱(さなだゆきつな)が一子、武藤喜兵衛昌幸(むとうきへえまさゆき)と申しまする。」


 この者は末森城主・真田幸綱の三子で甲斐の名門・武藤(むとう)家の養子に入っていた武藤昌幸である。またの名を武藤喜兵衛の名で知られたこの者は武田信玄(たけだしんげん)の小姓として仕えており、父の幸綱が信玄死後に高秀高(こうのひでたか)に仕えると自身もそれに同道した。その昌幸の挨拶を受けた継高は昌幸に対して言葉を返した。


「良くぞ参った。そこの者達が?」


「如何にも。我が家中で父が召し抱えていた元金掘衆(かなほりしゅう)にございまする。」


「金掘衆?」


 昌幸が継高に紹介した者達の素性を聞いて、清秀がその場で言葉を発して反応すると、昌幸は声を掛けてきた清秀の方を振り向き、首を縦に振って頷いた後に言葉を続けた。


「元は武田(たけだ)領内で金山などの鉱山にて働いていた者達にございまする。信玄(しんげん)公亡き後、我が父が甲斐(かい)信濃(しなの)より我らの事を慕って来たこの者たちを保護したという訳にございまする。」


「なるほど…」




 彼らがわざわざ生業である鉱夫の仕事を捨てて尾張(おわり)に来たのにはある事情がある。この頃、父・武田信玄が推し進めていた金山開発を武田家を継いだ武田義信(たけだよしのぶ)は縮小路線を取り、金山などの鉱山開発を取りやめていた。これによって生業を制限された金堀衆たちは職を失い、日々の暮らしは苦しくなっていた。


 それを知った幸綱は困っていた金堀衆に接触して彼らを雇い入れると、秀高の領内で独自に鉱脈を探して鉱山を開拓するなどの作業を行わせていた。そして幸綱が彼らを雇ったのにはもう一つ理由があった。彼らはある城攻めの秘策ともいうべき作戦を知っていたのである。




「御大将、我らを呼び寄せたという事は、土竜攻め(もぐらぜめ)を御所望にございまするか?」


「うむ。その通りじゃ。」


 金堀たちを率いる長が継高に対してそう言うと、継高はその言葉を聞いてこくりと頷いて答えた。するとそれを傍らで聞いていた政尚が継高に対して言葉をかけて問うた。


「継高殿、その土竜攻めとは…?」


「おう、拙者は大殿より仔細を聞いていた故存じておるが、丁度良い。昌幸、参陣してきた政尚や清秀殿にも策の仔細を伝えてやれ。」


「はっ。」


 継高よりその言葉を受けた昌幸は金堀衆の長と共に机に近づくと、机の上に広がっていた芥川山城の縄張りを指示棒(さしぼう)で指し示しながら、金堀衆が持つ秘策を本陣の中にいた諸将に披露した。


「土竜攻めとはこのような山城などの城を攻め落とす際、城の地面を掘り進めて曲輪や櫓の下の辺りまで進み、そこに爆薬などを仕掛けて櫓や土塁、または曲輪そのものを崩すものにございまする。」


「なんと、そのような攻め方があるとは…。」


 この土竜攻めは主に武田信玄が多用した戦法であり、主に山城や平城などの城の備えを打ち破る奇想天外な策であった。その策を受けて驚いていた清秀に対して継高が補足を付け足すように言葉を発した。


「清秀殿は余り馴染みがないと思われるが、彼らが仕えていた武田家では甲斐・信濃の経略で大いに貢献した攻め方だとの事。この事を拙者は事前に大殿より見聞きしていた故、此度実行しようと思ったのだ。」


「なるほど…」


 継高の説明を受けて清秀が納得するように頷くと、金堀衆の長が絵図を見つめながら継高に問いかけた。


「して御大将、どこを攻められまするか?」


「うむ、それなのだが…」


 金堀衆の長からの問いかけを受けた継高は絵図に近づくと、縄張りのある箇所を指差して自身の意見を述べた。


「今、内藤宗勝(ないとうむねかつ)殿が布陣する出丸直下の麓に土手を構築しておる。東・西に大きな曲輪を構えるこの城を攻め落とすには、東曲輪の突端にあるこの出丸を突き崩す!」


 そう言ったと同時に継高が机の上で出丸の箇所をドンと叩いた。するとその意見を傍らで聞いていた昌幸が継高の答えに対して私見を述べた。


「確かに…出丸の柵や土手、果ては櫓を突き崩せば容易にそこから城を落とせまするな。」


「その通り。長よ、これを聞いてどのくらいの期間がいる?」


 すると継高よりこの策を受けての作事期間を問われた金堀衆の長は、顎に手を掛けて考えながら言葉を返した。


「そうですな…この絵図と城の規模を見るに、最低二日は必要ですな。」


「二日か…」


 金堀衆の長より作事期間を言われた継高は机の上の絵図を見つめながらしばし考えこむと、顔を上げて金堀衆の長の方に視線を向けて問いかけた。


「ではこちらから足軽の人足を遣わす。それならばどれくらいかかるか?」


「…それならば一日で足りるかと。」


「なんと、一日で掘り進められると申すのか!?」


 継高の問いかけを受けて金堀衆の長がすぐに返答をすると、その答えの内容を聞いて政尚がその場で驚いた。それを金堀衆の長は政尚の方を振り向いてからこくりと頷くと、顔を継高の方に向けてある条件を告げた。


「はっ。ただし条件がございまする。掘り進める仕方などの一切、我らの指示に従って頂きまする。それで構いませぬか?」


「それは構わん。それらのやり方はそちらが上手であろう。存分に指示を出してやると良い。」


「はっ!では早速にも作事にかかりまする。」


 継高の言葉を受けて金堀衆の長が勢い良く返事をすると、その場にいた残りの金堀衆を連れて颯爽とその陣幕の外へ出て行った。その後姿を見送った後、継高は昌幸の方に視線を向けてこう言った。


「昌幸、金堀衆の事はその方に任せるぞ。」


「ははっ!必ずやこの策を成し遂げてみせましょう。」


 そう言うと昌幸も金堀衆の後を追いかけるようにしてその場を後にした。その後宗勝の陣地辺りに構築された土手の裏に隠された小さい盛り土に到着した金堀衆は、そこから山の方角に向けて地面を掘り進め、坑道を構築していった。その作業は城方からは全く察知されることなく、やがて夜が更けて翌十二日を迎えたのである。





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