１５６７年３月 村重決起と摂津侵入
永禄十年（１５６７年）三月 摂津国花隈城
翌永禄十年三月八日。ここ荒木村重の居城でもある花隈城では出陣の準備が進んでいた。夜明けと同時に城内の兵たちは槍や弓、鉄砲などの武具を身に付け、それと同時に軍勢に付随する輜重部隊が引く荷車に、兵糧や弾薬などの軍需品が人足たちに酔って積み込まれていた。その様な雰囲気の中で花隈城の本丸館にて村重は縁側からその様子を窺っていた。
「…いよいよこの時が来たようだな。」
「殿、真に三好殿を裏切るのですか？」
縁側に立って外の様子を窺う村重に対して部屋の中から声を掛けたのは、荒木家の一門である荒木重元である。するとその重元の諫言ともいうべき問いかけを受けた村重は、後ろを振り返って重元に言葉を返した。
「怖気づいたか重元？この好機に摂津国を掌中に収める機会はあるまい。」
「されどその摂津国も、我らの取り分は三分の一しかござらんぞ？」
重元の隣で村重に対して言葉を発したのは、村重の弟である荒木村氏であった。村重は弟の村氏からこの言葉を受けるとすぐに村氏に対して言葉を返した。
「何を言うか。わしが新たな摂津国主じゃ。実質的には取り分は少なくとも、名目上はそうなるのならばわしに文句はない。」
「兄者がそう仰るのならば、我らは従いまするが…」
村氏が村重の言葉を受けて自身に納得させるようにそう言うと、その場に荒木家臣の加藤重徳が駆け込んできて主君である村重に報告した。
「殿！大高兵庫頭より密使有之！本日早朝、丹波八木城を発ち摂津国に踏み込むとの由！」
「よし！重徳、直ちに中川清秀に密使を送れ！すぐに決起して茨木城を襲えとな！」
「ははっ！」
重徳の報告を受けると、村重は重徳に対して中川清秀に挙兵を促す様に指示した。その指示を受けた重徳は返事を返した後にすぐさまその場から去ると、その言葉を聞いた村氏が気を利かすように村重に対して発言した。
「ならば伊丹城の伊丹親興殿にも伝えまするか？」
「うむ。直ちに伝えよ。」
「はっ！」
その言葉を受けた村氏は村重に対して一礼をすると、そのままその場を去っていった。その去っていった村氏の後姿を見送ると、村重は重元を従えて縁側から外に出ると、その広場の辺りに集まっていた将兵の前に立つと、鞘から刀を抜いてその場にいた将兵たちに対して声を掛けた。
「良いか！準備が出来次第すぐに出陣する！目標は池田長正が居城の池田城じゃ！」
「おぉーっ！」
この村重の呼びかけに答えるように、その場にいた将兵たちは大きな喊声を上げた。ここに荒木村重は満を持して三好家に反旗を翻して挙兵。旧主・池田長正が拠る池田城に向けて進軍を開始した。
「義秀殿、お待ち申しておりました。」
一方その頃、早朝に八木城を発って摂津国境を踏み越えた大高義秀は、堀越峠を経て能勢郡に進入するとそこで領主でもある能勢頼道らの出迎えを受けていた。
「出迎えご苦労。お前が能勢頼道か？」
出迎えを受けた義秀は馬から下馬した後に、出迎えに立っていた者に話しかけると、その者は義秀に対して返事を返すように発言した。
「ははっ。丸山城主・能勢頼道にございます。そしてこちらは隠居した父の能勢頼幸にございます。」
その頼道の隣に立っていたのは、頼道に家督を譲って今は隠居していた父・能勢頼幸である。頼幸は頼道からの言葉を受けると自身も義秀に対して挨拶をした。
「能勢頼幸にございます。我ら能勢家は神妙に三好征討軍に加勢致しまする。」
「良く決断してくれた。今後はお前たちの土地勘が頼りだ。よろしく頼む。」
「ははーっ！！」
頼幸は義秀からの言葉を受けると子の頼道と共に義秀に挨拶を返し、義秀らに従う意思を示した。その後、義秀の正室である華は辺りを見回した後に頼道に対して尋ねた。
「…ところで、山下城主の塩川国満殿は如何なされたので？」
するとその問いかけを受けた頼道は、隣にいた頼幸と共に視線を交わした後に問いかけてきた華の方を振り返って答えを返した。
「…塩川国満はこの先の川辺郡内でお待ちしているかと。」
「ここには来ないのか？」
頼道より本来ここにいるはずの国満がいない事を知った義秀は、不振がって不在を問いただすように頼道らに尋ねると、頼道に代わって頼幸が義秀に対して返答した。
「実を申せば我等能勢と塩川は父祖の代よりの犬猿の仲にて、塩川がこの能勢の地を踏むなどあり得ぬ仕儀にございます。」
この辺りは義秀らの知らない複雑な事情があった。この塩川氏と能勢氏は代々所領争いを繰り広げていた間柄であり、そこから両者の関係は対立を深めていた。今はこうして三好征伐の為に秀高の元に馳せ参じては来ているものの、内部では根深い対立が残っていたままだったのだ。
「とはいっても、出迎えに来るって言ったのに、ここに来ないのはおかしいだろうが。」
そんな中で義秀は、その根深い事情を介さずに頼幸に対して不在を改めて問いただすと、その問い正しを受けて頼道が義秀に対して返答した。
「元より、我らも塩川に対し、何度も共に義秀殿らの出迎えるよう催促したのですが、塩川は自領にて待つの一点張りにて、かたくなに我らが領土に足を踏み入れようともしませぬ。」
「…止むを得ないわね。ここで揉め事を起こすのは得策ではないわ。」
余りにも根深い事情を悟った華は義秀に対してあまり気に掛けないようにそう言うと、義秀は頭を掻きながら気持ちを整理させるとその場にいた頼道に対して言葉を返した。
「そうだな。よし頼道、お前たちには一つ役目を言い渡す。俺たちはここで軍勢を二手に分け、片方を芥川山城の方角に向かわせるつもりだ。そこで能勢勢には芥川山城までの道案内を頼む。」
「それは宜しゅうございますが、義秀殿は宜しいので？」
その提案を受けて頼道が不安に思って義秀に対して言葉を返すと、義秀は頼道の方に視線を向けながら直ぐに言葉を返した。
「心配すんな。池田までは塩川に道案内をさせる。そうすりゃあお前たちが鉢合わせになることはないだろう。」
「なんと…我らの心情にご配慮くださり忝う存じまする。然らば我らはそちらの方に付随し、道案内をさせていただきまする。」
その配慮を知った頼道父子は感謝する様に義秀に対して言葉を返すと、義秀はその言葉を聞くと後ろにいた三浦継高の方に視線を向けながら言葉を発した。
「よろしく頼む。じゃあ継高、ここで別れるとするか。」
「はっ！芥川山城はこの三浦継高にお任せあれ！」
継高はその言葉を受けて胸をポンと叩くと、義秀はその言葉を受けると高らかに笑った後に言葉を返した。
「はっ、いきり立ちやがって。包囲してりゃあ真田幸綱の所から人がやってくる。それまでは決して気を緩めねぇで包囲してるんだぞ。」
「はっ！ではこれにて。参りましょうぞ能勢殿。」
「ははっ。」
継高は義秀に対して返事を返すと、その場にいた能勢父子を連れてその場から去っていった。そして別れるように芥川山城方面に向かって行った継高らの軍勢を見送る様に脇で見ながら、華が馬上から義秀に言葉をかけた。
「…それにしても、能勢と塩川がそこまで仲が悪いなんて。」
「まぁ、おかしなことじゃねぇだろ？どこに行ってもそういう事はあるもんだ。」
義秀が話しかけてきた華に対して言葉を返すと、馬の下より家臣の桑山重晴が義秀に対して言葉をかけた。
「殿、そろそろ参りませんと…」
「分かってる。じゃあ行くとするか華。」
「えぇ。分かったわ。」
義秀の言葉を受けて華が相槌を返すと、義秀はその言葉を聞いた後に馬を進めて自身の軍勢を引き連れるように馬の脚を進めた。その後、義秀は塩川国満と合流するとそのまま目標である池田城の方角に向かって行った。
