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1567年3月 飯盛山城包囲



永禄十年(1567年)三月 河内国(かわちのくに)飯盛山城(いいもりやまじょう)




 永禄(えいろく)十年三月八日。昨日に三好(みよし)領の前線拠点である三箇頼照(さんがよりてる)が守備する交野城(かたのじょう)を攻略した高秀高(こうのひでたか)勢六万八千は、その勢いのまま三好長慶(みよしながよし)の居城でもある飯盛山城の周辺に到着。秀高はそこで参陣する諸将を集めて軍議を開いた。


伊助(いすけ)、城の様子はどうだった?」


 飯盛山城から数里離れた地点にて本陣を置いた秀高は、その場にて飯盛山城内の備えを探って来た伊助より報告を受けた。


「はっ、城内には六千ほどの守兵が詰めており、病床に臥す長慶に代わって一門筋の三好長直(みよしながなお)長房(ながふさ)父子と側近の鳥養貞長(とりかいさだなが)が指揮を執っております。」


「三好長直と長房?」


 伊助よりその名前を聞いた徳川家康(とくがわいえやす)が伊助に対して問い返すようにそう言うと、伊助は家康の方を見ながら言葉を続けた。


摂津(せっつ)椋橋(くらはし)城の城主にございましたが、三好長逸(みよしながゆき)の要請に応え、居城を捨てて飯盛山の守備に就いたとの事。」


「なるほど…ならばその長直と側近たちによって堅固な防備が敷かれておりましょうな。」


 伊助の報告を受けて森可成(もりよしなり)が目の前の机の上に広がる飯盛山城周辺の絵図を見つめながらそう言うと、それに続いて佐治為景(さじためかげ)が可成の意見に賛同するように言葉を続けた。


「飯盛山城の全曲輪が記されたこの絵図通りに布陣しているのであれば、 我々は細い山道を辿(たど)って山頂の飯盛山城を攻めねばならず、犠牲も多くなりましょう。」


「二人とも心配するな。この飯盛山城は(さき)の軍議で決まった通りに力攻めはせず、遠巻きに包囲する。」


 秀高は心配している可成と為景に対してそう言うと、その秀高の方策を聞いた安西高景(あんざいたかかげ)が秀高に対して進言した。


「されどこれほど規模の大きい山城を囲うには、軍勢が足りませぬぞ。」


「何も軍勢で包囲するんじゃない。付け城を築くんだ。」


「付け城、にございますか?」


 秀高の言葉に反応して家康がそう言うと、秀高はその家康の言葉にこくりと頷いた後に、その場に広がる絵図の箇所を一つ一つ指差しながら自身の方策を語った。


「飯盛山の麓にある北条(ほうじょう)南野(みなみの)、それに飯盛山後方の清瀧(きよたき)龍間(たつま)の山頂に付け城を築き、敵の動きを見張ると同時にアリ一匹這い出る隙間もないほど包囲する。」


「となると…飯盛山の出城である岡山(おかやま)野崎(のざき)、それに飯盛山の裾野の付け根にある茶臼山砦(ちゃうすやまとりで)を何とかしなければなりますまいな。」


 秀高の方策を聞いて家康が絵図を見つめながらそう言った。この岡山・野崎両城、並びに茶臼山砦は飯盛山城の出城として機能しており、もし秀高の方策通り包囲戦に持ち込むのであれば、城外に広がっているこの出城を制圧する必要があったのである。


「その通りだ。誰か、我こそはこの出城を攻め取ろうという者はいないか?」


 家康の意見を容れた秀高がこくりと頷いた後に、諸将に対してこの出城を攻め取ろうとする希望者を尋ねた。するとその問いかけに対して手を上げて反応したのは、稲葉良通(いなばよしみち)安藤守就(あんどうもりなり)西美濃(にしみの)の諸将であった。


「然らばその出城攻略、我ら西美濃四人衆(にしみのよにんしゅう)にお任せあれ。」


「必ずや我ら四人、出城を攻め取って殿の策を完遂させて見せましょう!」


 良通に続いて守就が意見を秀高に向けて発すると、それに続いて氏家直元(うじいえなおもと)不破光治(ふわみつはる)らが続くように頷くと、それを見た秀高はこくりと頷いた。


「分かった。ならば出城攻略は良通たちに任せる。他の者はこれから言う陣立て通りに各地に布陣し、到着次第付け城の構築を開始しろ。良いか?」


「ははっ!」


 こうして秀高らはこの軍議で決まった通りに行動を始めた。稲葉良通ら西美濃四人衆の軍勢は手分けして岡山・野崎、それに茶臼山の城砦に攻め掛かって制圧を行い、他の諸将たちは秀高の申し渡された陣立てに倣って各地に付け城の構築を始めたのである。




「岡山と野崎が陥落したと!?」


 翌三月九日、飯盛山山頂にある飯盛山城の本丸内では、長慶に代わって守将を務める長直の元に飯盛山城の出城である岡山・野崎両城の陥落が知らされた。報告に来たのは長直同様に飯盛山城に入城した摂津新堀(しんぼり)城主・香西長信(こうざいながのぶ)である。


「はっ!出城である両城に籠った将兵は勇戦の限りを尽くしましたが、衆寡敵(しゅうかてき)せずに落城いたしました!」


「父上、両城が攻め落ちたとなれば我々は容易に麓へ打って出ることは出来ませぬぞ。」


 この長信を父と共に傍らで聞いていた長房が父・長直に対して発言すると、長直は自身のいる本丸館の縁側から外を見つめながら言葉を発した。


「おのれ秀高め、さては力攻めで来るつもりか。だがこの飯盛山城にその力攻めは通用せんぞ。」


「長直殿一大事じゃ!付け根にある茶臼山砦が陥落したと!」


 そんな長直の元にさらなる火急の報せを持ってきたのは貞長であった。この貞長の報告を聞いて一番最初に驚いたのは、長直の子である長房であった。


「何!?茶臼山が!?」


「それだけではない。どうやら敵は麓や飯盛山城の後方に付け城を築いておる。もしや敵の狙いは…」


「…持久戦か!」


 貞長の言葉を受けて何かを感じ取った長直はそう言うと、(おもむろ)に本丸の片隅にある三層の天守閣に登って高欄(こうらん)から外の様子を窺った。するとそこには、目を疑うような景色が広がっていた。




 長直と彼に付いて来た長房に長信、それに貞長がそこから見た景色というのは、飯盛山城を取り囲むように四つの付け城が構築されていた景色だった。飯盛山城より麓の方角には徳川家康が詰める北条付城(ほうじょうつけじろ)に森可成・遠山綱景(とおやまつなかげ)が詰める南野付城(みなみのつけじろ)、飯盛山城後方・清瀧の山には佐治為景・久松高俊(ひさまつたかとし)が拠る清瀧付城(きよたきつけじろ)、それに飯盛山城南方の龍間には丹羽氏勝(にわうじかつ)長井道勝(ながいみちかつ)龍間付城(たつまつけじろ)が一夜のうちに構築されていた。


 これに、攻め落とされた野崎城に稲葉・安藤・氏家・不破の西美濃四人衆が布陣し、山裾の茶臼山砦には安西高景と織田信澄(おだのぶずみ)、そして秀高の本隊は真田幸綱(さなだゆきつな)の部隊と共に岡山城に布陣した。ここに合わせて七つもの城によって飯盛山城を囲み、まさしく蟻の這い出る隙間もないほどに包囲を強めていたのである。




「…貞長、城内の兵糧の蓄えは?」


 天守閣の高欄から付け城が構築されている外の風景を見つめながら、長直が貞長に対して問いかけると貞長は即座に長直に対して返答した。


「ざっと二月ほどの兵糧はありまする。」


「二月か…やむを得ん、兵たちに出す握り飯の量を少し減らせ。少しでも長く持久戦に耐えるようにせよ。」


「心得申した!」


 その下知を受けた長信は貞長と共に天守閣を去り、そしてその場に残った長直は長房と共に外の景色をずっと見つめていた。同時に長直の心中にはこの戦の行く末は決して良い物ではないという悲観的な予測が立っていたのである。




「…簡単に包囲出来たわね。」


 制圧した岡山城内に急ごしらえで構築された広い楼台より静姫(しずひめ)が飯盛山城の方角を仰ぎ見ながら言葉を発すると、秀高が床几(しょうぎ)に座りながら静姫に言葉を返した。


「あぁ。取りあえずは包囲完成だ。後は城の敵との我慢比べだ。」


「それに各地のお味方の戦況如何では、秀高殿も動かれるのでしょう?」


 と、その楼台の中に居合わせている家康が秀高に対してそう言うと、秀高は家康の問いかけに対してこくりと頷いた。


「うん、摂津(せっつ)方面が落ち着けば、義秀と合流して和泉(いずみ)に向かおうと思う。」


「和泉…狙いは(さかい)にございますか。」


 家康が秀高の言葉を聞いてその狙いを予測してそう言うと、秀高は家康の言葉に答えるように頷いて答えた。


「その通りだ。それに一度、本願寺(ほんがんじ)顕如(けんにょ)とも一回話し合っておきたくてな。」


「あとは上手くいくように、味方の戦果を祈るだけだね。」


 玲が秀高の脇に床几に座りながらそう言うと、秀高は話しかけられてきた玲の方を振り向いて頷いて答えた。


「あぁ。それまではこの飯盛山で腰を据えて包囲にかかるとしよう。」


 秀高は玲に対してそう言うと目の前に広がる飯盛山城に視線を向け、その飯盛山城の奥に控える三好長慶を見つめるようにじっと見つめたのだった。ここに高秀高による三好征討の中での一つの戦線、「飯盛山城包囲戦」の戦端が開かれたのである…






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