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1567年3月 交野城の戦い



永禄十年(1567年)三月 河内国(かわちのくに)交野城(かたのじょう)




 永禄(えいろく)十年三月七日。いよいよ高秀高(こうのひでたか)による三好長慶(みよしながよし)領への侵攻が始まった。二日前の三月五日に(みやこ)を出立した秀高は、道中の伏見(ふしみ)にて美濃(みの)尾張(おわり)からの軍勢と徳川家康(とくがわいえやす)の援軍と合流した秀高は、この日には河内国の国境を越えて三好家の前線拠点でもあるここ、交野城の攻略戦を始めようとしていたのである。


「…付いて来なくても良かったんだぞ?」


 交野城を取り囲む秀高勢の本陣内で、床几(しょうぎ)に座る秀高が傍らにいた二人に対して話しかけた。その二人というのは、秀高の正室でもある(れい)静姫(しずひめ)であった。すると話しかけられた静姫は秀高の顔色を窺いながら言葉を返した。


「何を言ってるのよ。あんたの体調がここ最近(かんば)しくないみたいだから、私と玲が側にいようって決めたんじゃない。」


 ここ数ヶ月の間、秀高は体調を崩しがちになっており、最近やっと小康状態になったもののそれを心配する二人は、秀高に頼み込んで戦への随伴を申し出たのである。その秀高の左隣にいた玲が秀高に語り掛けるようにこう言った。


「それに京の屋敷は(うた)姫が子供たちと残ってくれているから、秀高くんは何の心配もしなくて大丈夫だよ。」


「そうなんだがな…」


 詩姫の事を口に出して語った玲の言葉を受けて、秀高が反応するとそれを傍らの床几に座ってみていた家康が秀高に対してこう話しかけた。


「しかし中将(ちゅうじょう)殿、女子が同伴する陣などここだけでございましょうな。」


「…三河(みかわ)殿、このような姿を見せて申し訳ない。」


 秀高が申し訳なさそうに家康に言葉を返すと、家康は微笑みながら秀高に向けてこう言った。


「いえいえ、中将殿は上洛以降、働きづめでおりましたからな。無理もありますまい。」


「そうか…。」


「それにしても聞きましたぞ?浅井高政(あざいたかまさ)殿が援軍加勢を願い出て来たとか?」


 家康は人づてに聞いたこの話を秀高に対して語り掛けた。実は先月の中頃、秀高の元に浅井家中より申し出があり、当主・浅井高政が軍勢を率いて加勢を願い出ているとの通達があった。これを受けた秀高はその時困惑していた。何しろ先年の山崎(やまざき)天王山(てんのうざん)の戦いに置いて秀高は浅井勢の助勢を得て勝利しており、秀高にとっては連戦続きでは浅井家に負担がかかると考えていたからである。


「あぁ。高政殿は(さき)山崎(やまざき)の戦いに従軍してくれたから、それも考慮して援軍をあえて頼まなかったんだがな…」


 秀高がその心情を吐露する様に発言すると、それを傍らで聞いていた静姫が、秀高の目の前にあるお椀に白湯を注ぎながら口を挟んで発言した。


「でも高政殿の心情も分かるわ。だって徳川殿が加勢して来ているのに、秀高の同盟相手でもある浅井勢が加勢しないとなると、諸国への面目が立たないじゃない?」


「それに高政殿の方から申し出て来てくれたんだから、こっちもそれに応えないとね。」


 静姫の言葉に続いて玲が賛同するように発言すると、それを聞きながら注がれたお椀に口を付けて飲み干した秀高は、お椀を玲が手にしていたお盆の上に置いて家康に向けて言葉を発した。


「…そういう事をこの二人から聞いて、俺もその通りだと思って浅井勢の加勢を受け入れたんだ。今浅井勢は義秀(よしひで)指揮下の元、目下(もっか)丹波(たんば)から摂津(せっつ)に踏み込むべく進軍をしているところだ。」


「ならば我らも、目の前の交野城を落とし、早急に飯盛山城(いいもりやまじょう)の包囲を進めねばなりませぬな。」


 家康が陣幕の外に見える交野城を見つめながら秀高にそう言うと、秀高は家康の言葉を受けてこくりと頷いた。するとそこに馬廻の山内高豊(やまうちたかとよ)が陣幕の中に入ってきて秀高に対して報告した。


「殿、各隊配置につきました。」


 その言葉を受けた秀高はこくりと頷くと、静姫より軍配を受け取って目の前にて膝を付いている高豊に対して下知を飛ばした。


「よし。各隊に早馬を飛ばせ。これより交野城の攻略を開始する。先鋒は安西高景(あんざいたかかげ)丹羽氏勝(にわうじかつ)の隊とする!」


「ははっ!!」


 その秀高の下知を受けた高豊は返事をすると、そのままスッと立ち上がって(きびす)を返し、陣幕の外に出て行った。やがて秀高の下知は交野城を取り囲む各隊に伝達され、ここに交野城攻略戦が始まろうとしていたのである。




「殿!大殿より我が隊に対し、先陣を切って城に攻め掛かれとのお下知!」


 その秀高より先陣の任を請け負ったここ、丹羽氏勝の部隊にて中央で馬に跨る氏勝に対して側近が秀高よりの旨を告げた。それを聞いた氏勝はこくりと頷いた。


「相分かった。良いか氏次(うじつぐ)、此度はそなたの初陣じゃ。その目でしかと戦の様子を目に焼き付けよ。」


「はっ!」


 この氏勝の側にて馬に跨っている一人の若武者。名を丹羽氏次(にわうじつぐ)と言うこの年に元服した氏勝の嫡子である。父・氏勝より初陣であるこの戦をその目に焼き付けよとの言葉を受けた氏次はこくりと頷いて返すと、氏勝はそれを受けて配下の将兵に聞こえるように大声で下知を飛ばした。


「これより敵城に攻め掛かる!鉄砲隊構え!」


 その下知を受けた氏勝配下の鉄砲足軽は二列縦隊で城の方に姿勢を向けると、そのまま打ち方の態勢を取るや既に弾込めを終えた火縄銃の銃口を交野城の方角に向けた。その様子を見て準備が整ったのを確認した氏勝はその場で叫んだ。


「放てぇ!」


 するとこの号令と同時に火縄銃の火蓋が切られ、その銃弾は轟音と共に交野城の板塀に大穴を開け、後ろに隠れていた守兵もろとも打ち抜いたのである。すると今度はその直後に後方に控えていた鉄砲隊が同様に交野城めがけて火蓋を切り、同時に丹羽勢とは正反対の方角にいた安西勢も丹羽勢と同じく鉄砲で交野城に射撃を行っていた。


「と、殿っ!敵の鉄砲の間断ない射掛けにより、板塀が弾で撃ち抜かれておりまする!」


 その射撃を受けて城内の足軽がこの交野城の守将の元に駆け込んだ。この交野城を守備するのは、三好長逸(みよしながゆき)の差配を受けてここに入城していた三箇頼照(さんがよりてる)である。頼照は駆け込んできた足軽より報告を受けると、自身が立っていた物見櫓から外の戦況を見つつこう言った。


「おのれ秀高め、物量にものを言わせて攻め掛かる気か。怯むな!この城で何としても耐え抜き、飯盛山へ敵が攻め掛かるのを阻止せよ!」


「ははっ!」


 その頼照の下知を受けた足軽はすぐさま物見櫓の梯子を駆け下り、頼照の下知を城内に伝えた。だが安西勢と丹羽勢の間断ないこの鉄砲射撃によって板塀の裏に臥せていた弓兵や足軽たちはバタバタと倒れており、最早攻め寄せて来るであろう敵に対してほぼほぼ無力となっていた。


「殿、丹羽勢と我らが鉄砲組の連射によって、敵城の板塀は使い物にならない程に穴が開きましたぞ。」


 一方、城外にて射撃を続けていた安西勢にて高景に対して家臣の兼松正吉(かねまつまさよし)が情勢を報告した。するとその報告を受けた光景は馬上にてこくりと頷くと、すぐさま軍配を振るって言葉を発した。


「よし、良いか!これより敵城に攻め込む!破城槌(はじょうつい)を前面に出せ!」


 この高景の下知を受けると安西勢の後方よりひときわ大きい台車が姿を現した。これこそ攻城兵器の一つである破城槌である。この破城槌は鉄板で覆われた台車の中に縄でくくられた一本の丸太が備え付けられており、それを操ることによって城門を打ち破る兵器である。その破城槌は味方が城に向けて鉄砲を射掛ける中でゆっくりと城門へと進んでいった。


「殿っ!大手門に敵の攻城兵器!破城槌かと思われます!」


 その破城槌接近の方が頼照の元に届けられると、頼照は迫りつつある破城槌を見つけると報告に来た足軽に対して矢継ぎ早に言葉を発した。


「ええい、何としても兵器を近づけるな!矢を射掛けよ!」


 その命を受けて足軽が(きびす)を返して城内に触れ回り、迫ってくる破城槌に対して矢を射掛けるが、その矢は鉄板によってはじかれてぽろぽろと地面に落ちていった。


「ようし、突き破れ!!」


 やがて城門に破城槌がたどり着くと、破城槌の中にいた正吉が号令を飛ばして足軽に縄を引っ張らせた。その縄の動きに応じて丸太が振り子のように前後ろに揺れると、丸太が前に突き出したと同時に門に衝撃を与えた。その動きを何度か繰り返すうちに門に掛けられた細い(かんぬき)が悲鳴を上げるように(きし)み始め、やがて閂は弾き飛ばされるように粉砕されて門の扉が開いた。すると正吉はそれを確認するや破城槌より躍り出て城内に踏み込み、その場で守兵に対して名乗りを上げた。


「安西高景が家臣、兼松又四郎正吉かねまつまたしろうまさよし一番乗り!者ども続けぇっ!!」


 この言葉と同時に破城槌の後方に待機していた安西勢の足軽が、正吉に続いてぞろぞろを城内に足を踏み入れた。それと同時に丹羽勢、そして第二陣を命じられた久松高俊(ひさまつたかとし)長井道勝(ながいみちかつ)の隊が我先にとばかりに交野城に攻め込み、こうなると最早、戦の大勢は決してしまった。


「こ、この交野城が一日も持たんのか…。」


 守将である頼照が、燃え盛る交野城の本丸館内でつぶやくようにそう言うと、やがてそこに攻めての兵たちがなだれ込み、その場にいた守兵たちが応戦するも一人、また一人と討ち取られていった。するとそんな頼照の目の前に一人の武将が立ちはだかった。


「そこにいるのは敵将と見たり!我こそは久松高俊が家臣、川口宗勝(かわぐちむねかつ)なり!いざいざ!」


「ぐっ、おのれ!」


 宗勝のこの名乗りを受けると頼照は刀を抜き、踏み入ってきた宗勝と刀を合わせたが最早力の差ははっきりとしており、一合、二合と打ち合ったのちに宗勝によって首を取られてしまった。宗勝は自身の手で頼照の首を取るとその場に聞こえるように叫んだ。


「敵将、川口宗勝が討ち取ったぞ!者ども、勝鬨(かちどき)じゃ!!」


 その言葉を受けると宗勝と共に踏み入ってきた将兵たちは喊声を上げ、やがてその場にいた守兵たちを掃討するとその場で勝鬨を大きな声で上げたのであった。ここに飯盛山を守備する任務を請け負った交野城はわずか一日で陥落し、戦後交野城は秀高らによって廃城となったのである。





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