表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
288/556

1567年2月 御所での軍議



永禄十年(1567年)二月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 永禄(えいろく)十年二月八日。高秀高(こうのひでたか)尾張(おわり)名古屋城(なごやじょう)から再度の京在番を務めるべく上洛。京にある自身の屋敷に入った後、その翌日であるこの日に勘解由小路町(かげゆこうじちょう)にある足利義輝(あしかがよしてる)の将軍御所を訪れた。来る三好長慶(みよしながよし)が所有する三好領への侵攻策を報告する為である。


「…三月過ぎとな?」


「はっ。三好領への本格的な侵攻は来月、三月初旬を予定しております。」


 御所の大広間の上座にて座る将軍・足利義輝に対して、秀高は三好攻めを行う時期を進言した。細川藤孝(ほそかわふじたか)柳沢元政(やなぎさわもとまさ)ら義輝の近臣たちが揃う中で進言を受けた義輝は、秀高に対して言葉をかけた。


「秀高よ、そなたの京での居城である伏見城(ふしみじょう)普請に貸し出していた幕府の人足たちを、そなたの申し出で大津(おおつ)に築く宇佐山(うさやま)築城に回させたが首尾は上手く行っているのか?」


 この時、秀高は先の三好攻めの軍議で決めた坂井政尚(さかいまさひさ)の居城である宇佐山城築城に際し、秀高は伏見の大規模普請に協力してくれていた幕府の人足たちを義輝に申し出て宇佐山築城に手伝わせていた。近江と京を結ぶ大津(おおつ)付近に築城されているこの宇佐山城の進捗を問われた秀高はその場で即答した。


「はっ。すでに主郭(しゅかく)部分である本丸の築造は終わり、あとはいくつかの曲輪を構築するのみにございます。また城主に赴任した坂井政尚、及び数名の城主たちは移転した先の領民たちを掌握して、三好侵攻の戦支度を整えております。」


「なるほどな…そこまで支度が進んでいるのならば三好侵攻も容易かろう。」


 義輝が上座で肘掛けにもたれかかりながら、扇を手にしてそう言うと秀高はその義輝に対して進言した。


「はっ、そこで上様、それにここにおられる藤孝(ふじたか)様ら幕臣の方々にここでその侵攻の概要をお伝えいたします。」


「ほう、侵攻の概略を教えてくれるのか。是非とも頼む。」


「ははっ!」


 秀高は義輝より許しを受けると、共にその場に列席していた小高信頼(しょうこうのぶより)と共に義輝の目の前に軍議の席で使用した絵図を広げると、絵図の周りに自身に付き従っていた大高義秀(だいこうよしひで)、そして藤孝や元政、それに細川藤賢(ほそかわふじかた)らを集めた上でその場にて三好攻めの方策を義輝に説明し始めた。


「まず、この広大な三好領を攻めるに及んで、我が方は合わせて六つの進路より三好領に踏み込みます。まずはこの私、秀高が率いる河内(かわち)路からは我らが本国である尾張・美濃(みの)飛騨(ひだ)の将兵、並びに援軍として参戦する徳川家康(とくがわいえやす)殿の軍勢合わせて六万八千。山城より河内国に進入し長慶の本拠・飯盛山城(いいもりやまじょう)を包囲、その後は軍を分けて三好の本国である四国(しこく)に攻め込みます。」


 この三好攻めにおける本軍ともいうべき秀高勢の動きを、藤孝ら幕臣たちは下座で聞き入っていた。するとその中で幕臣の藤賢が秀高に対して問いかけた。


「四国へ踏み込むと…?されど和泉灘(いずみなだ)は三好水軍が跋扈(ばっこ)する地。それらはどのようになさるので?」


「ご案じなく。その和泉灘を支配する三好水軍を掃討すべく、九鬼嘉隆(くきよしたか)を総大将とする水軍約三百艘の軍船をもってこれらを撃滅いたします。」


 秀高がその席上で藤賢の言葉を受けると、絵図を指示棒(さしぼう)で指しながら藤賢の疑問に答えた。するとそれを傍らで聞いていた元政はその場で口を開いた。


「三百艘…それほどの水軍ならば三好水軍を撃破できましょうな。」


 元政はそう言いながら視線を上座の義輝の方に向けた。すると義輝はその視線を感じ取ると上座にてこくりと頷いて答えた。すると秀高はその義輝の頷きを見た後にその場で口を開いて次なる攻め口についての説明をした。


「二つ目の道は大高義秀(だいこうよしひで)を総大将とする丹波(たんば)路。これはここに控える義秀が近江(おうみ)の将兵や援軍の内藤宗勝(ないとうむねかつ)殿・波多野元秀(はたのもとひで)殿に播磨(はりま)より来る別所安治(べっしょやすはる)殿の軍勢を合わせて約三万五千。丹波より摂津(せっつ)に踏み込んで三好派の豪族を掃討します。」


「秀高殿、秀高殿に内応を約束している荒木村重(あらきむらしげ)はどの時期に動く手はずとなっておるので?」


 丹波路の攻め手を聞いた後に藤孝が秀高に対して内応を約した村重の動向を尋ねた。すると秀高は藤孝の方を振り向くと即座に返答した。


「村重殿は、我らの軍勢が摂津の国境を踏み越えたと同時に決起する手はずです。」


「なるほどな…秀高よ、その丹波路の軍勢に幕府から軍勢を合力させよう。」


「合力とは?」


 義輝の言葉を受けて秀高が義輝の方を振り向くと、義輝は上座からその軍勢の詳細を語った。


「近江朽木谷(くつきだに)の豪族である朽木元綱(くつきもとつな)は幕府の奉公衆でもある。この者の軍勢を義秀の軍勢に随伴させる。そちらの方で存分に使ってやるが良い。」


「ははっ、身に余る差配をしていただき、恐悦至極にございます。」


 義輝のこの差配を聞いて攻め口の大将である義秀がその場で頭を下げながら義輝に対して礼を述べた。その様子を見た秀高は脇に控えていた信頼の方に視線を向けながら義輝らに対して次の攻め口を説明した。


「…それと後の道としては、この小高信頼(しょうこうのぶより)が所領である伊賀(いが)北条氏規(ほうじょううじのり)伊勢(いせ)の諸将を合わせた約三万の軍勢で大和(やまと)に攻め込み、三好に合力する興福寺(こうふくじ)と衆徒である筒井(つつい)十市(とおち)らを倒します。そして大和制圧後は松永久秀(まつながひさひで)殿の軍勢と共に飯盛山城の包囲に加わる手はずとなっています。」


 この説明を受けた後に信頼はその場で頭を下げて一礼した。それを幕臣である藤孝らや上座の義輝が見て受け取った後、秀高はその場で他の攻め口について語った。


「そして後は紀伊(きい)より畠山高政(はたけやまたかまさ)殿が雑賀(さいか)根来(ねごろ)衆を率いて河内南部の高屋城(たかやじょう)を強襲。これを攻め落として三好に打撃を与えます。以上、海路を合わせてこれら五つの進路をもって三好領に攻め込みます。」


 この壮大な侵攻計画をその場で伝えられた藤孝ら幕臣は、その壮大さに息を撒いた。そして上座にいた義輝はその計画をすべて聞くと一回頷いた後に言葉を発した。


「なるほど…まずは畿内(きない)の三好を封じた上で和泉灘の三好水軍を撃破すれば、四国の三好領も切り取ることが出来るわけか。」


「はい。四国にはこの大高義秀を総大将として派遣し、現地で細川真之(ほそかわさねゆき)ら内応した者達と力を合わせて阿波(あわ)讃岐(さぬき)淡路(あわじ)を手に入れます。」


 畿内から海を隔てた向こうの四国攻めの方策を秀高より聞いた義輝は、その場でこくりと頷くと言葉を秀高に告げた。


「よく分かった。そこまでの作戦があるのならば、きっと三好征伐は上手くいくであろう。」


 そう言うと義輝はその場でスッと立ち上がると、上座から下座に控える秀高に対してこう言い放った。


「秀高、くれぐれも三好は強敵である。油断することなく万全の態勢で事に当たれ!」


「ははっ!」


 その言葉を受けた秀高はその場で一礼し、それに信頼や義秀も続いて頭を下げた。それを脇に控えていた幕臣たちは心強く思って見つめていたが、一人藤孝だけは秀高の表情に隠された僅かな異変を感じ取っていた。




「秀高殿、いよいよ三好を攻めるのですな。」


 やがて大広間から秀高らが下がった後、義秀らを先に屋敷に返させた秀高に対して藤孝が後ろから話しかけた。その言葉を聞いた秀高は後ろを振り返り、直ぐに表情を和らげて藤孝に反応した。


「これは藤孝殿。はい、この戦によって幕府が三好から畿内の実権を取り戻すことが出来ます。さぞ上様も喜ぶことでしょう。」


 その秀高の言葉を受け取った藤孝は秀高の側に近づくと、表情を(うかが)う様に秀高の顔を見つめながら念を押すようにこう言った。


「…秀高殿、上様も申されておりましたが三好は油断なりませぬ。あの手この手を打って参りましょうぞ。」


「分かっています。それを防ぐために伊助に命じて情報を収集させているんです。何か掴めばすぐにでも報告が来るでしょう。」


 すると秀高がそう言った後、コンコンと小さく乾いた咳をした。藤孝はその素振りを見つめると秀高の事に気を掛けて尋ねた。


「秀高殿、お風邪ですか?」


「いえ、名古屋よりこの京に帰ってきてから、なんだか外の寒さにやられたみたいで…」


 秀高が藤孝を心配させないように気丈に振る舞うと、その様子を見た藤孝は少し心配になりながらもその秀高の回答を受けて言葉を返した。


「左様にございますか…くれぐれもお加減を大事になされよ?」


「ありがとうございます藤孝殿。ではこれにて。」


 そう言うと秀高は藤孝に一礼してその場を去っていったが、その最中でも一、二回ほど乾いた咳をしていた。藤孝はそんな秀高の体調を心配したが、今度の三好攻めに支障があってはいけないと余り気に掛けないように思ったのであった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ