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1566年12月 名古屋での軍議



永禄九年(1566年)十二月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)九年十二月十日。この日、高秀高(こうのひでたか)の居城である名古屋城に尾張・美濃(みの)伊勢(いせ)などの各城主並びに重臣一同が勢ぞろいした。来年に控える三好長慶(みよしながよし)率いる三好家への本格的な侵攻策を協議する為である。


「皆、よく集まってくれた。面を上げてくれ。」


 名古屋城の本丸表御殿にある大広間。そこに勢揃いした重臣たちに対して秀高が声をかけると、重臣たちは頭を上げて顔を秀高に見せた。その各々の顔を確認した後に秀高は自身が座る上座からそのまま言葉を続けた。


「皆に今日集まってもらったのは他でもない。来年に控える三好家への本格的な侵攻の方策を練るために集まってもらった。まずは皆に伊助(いすけ)たちが集めてきた三好家の現在の状況を伝えようと思う。信頼(のぶより)。」


「うん、分かった。」


 秀高より言葉を掛けられた小高信頼(しょうこのぶより)が会釈と共に返事を返すと、秀高の側にいた自身の正室・(まい)と共に上座にて畿内(きない)四国(しこく)一帯の詳細な絵図を広げると、それを吊るし台に掛けた上で居並ぶ重臣たちに分かる様に指し棒で示しながら話し始めた。


「僕たちが侵攻する三好家は、畿内や四国に大規模な勢力を保持しています。ここでは畿内と四国、それぞれ二つに分けて簡単に説明します。」


 そう言うと信頼は、秀高のいる上座の上に置かれた吊るし台にかかる絵図の畿内の部分を指し示しながら説明をし始めた。


「まずは畿内。畿内は摂津(せっつ)河内(かわち)和泉(いずみ)の三ヶ国が三好の所領であり、三好長慶の本拠はこの河内飯盛山城(いいもりやまじょう)。そこから南の高屋城(たかやじょう)には三好康長(みよしやすなが)、そして隣国の和泉の拠点である岸和田城(きしわだじょう)には十河一存(そごうかずます)の子である松浦光(まつらひかる)が城主を務めています。」


「松浦…確か和泉の守護代で代々和泉の支配を行っていた名家ですな。」


 この松浦という一族は和泉の実効支配を担っていた一族であり、代々守護代の任を受けて統治をしていた。それを踏まえて発言した稲葉良通(いなばよしみち)の言葉を聞いて信頼が頷くと、そのまま言葉を続けて絵図の別の箇所を指し示した。


「そしてこの摂津は盟主である池田長正(いけだながまさ)がこの池田城(いけだじょう)に居を構え、三好義興(みよしよしおき)が居城としていた芥川山城(あくたがわやまじょう)には三好長逸(みよしながゆき)が駐留。そしてこの花隈城(はなくまじょう)には城代として荒木村重(あらきむらしげ)殿が入っております。」


「そこに村重がいるのか。」


 この信頼の説明を受けて大高義秀(だいこうよしひで)が声を上げて反応すると、信頼は義秀の方を振り向いて義秀の言葉に反応した。


「うん、侵攻と同時にこちらから呼び掛ければ、村重殿の采配で摂津国内でこちらに通ずる国衆たちが蜂起する手はずとなっているんだ。村重殿にはこの摂津国内の攪乱(かくらん)を任せようと秀高は考えているよ。」


 その信頼の言葉を聞いた義秀は頷いて納得すると、信頼は再び重臣たちの方に姿勢を向け、次の四国の箇所を指し示して四国の情勢を説明した。


「…さて、次に四国の情勢ですが、まず淡路(あわじ)洲本城(すもとじょう)に長慶の弟・安宅冬康(あたぎふゆやす)が鎮座し、阿波(あわ)の本城・勝瑞城(しょうずいじょう)には赤沢宗伝(あかざわそうでん)篠原長房(しのはらながふさ)らの後見を受ける三好長治(みよしながはる)が座しています。」


(おそ)れながら信頼殿、その阿波の地には確か平島公方(ひらしまくぼう)がおられる(はず)では?」


 そう発言したのは犬山(いぬやま)城主の丹羽氏勝(にわうじかつ)である。平島公方…即ち将軍家の血筋でもある足利義維(あしかがよしつな)足利義栄(あしかがよしひで)の親子は、この時三好家の庇護を受けて四国に鎮座していた。その平島公方の事について問われた信頼は氏勝の言葉に頷いて答えた。


「はい。平島公方の足利義維・義栄父子は阿波南方の平島館(ひらしまやかた)に逗留しており、それを近隣の牛岐(うしき)城主・新開道然(しんがいどうぜん)が補佐しています。」


「なるほど…では今度の侵攻ではその平島公方にも気を配らねばなりませんな。」


 この軍議の席に列していた岩村(いわむら)城主でもある遠山綱景(とおやまつなかげ)が言葉を発して反応すると、信頼はその言葉を聞きながら絵図を示して他の情勢を伝えた。


「ほかに四国での主要な城は伊沢頼俊(いざわよりとし)伊沢城(いざわじょう)大西覚養(おおにしかくよう)白地城(はくちじょう)海部宗寿(かいふそうじゅ)海部城(かいふじょう)讃岐(さぬき)十河存康(そごうまさやす)十河城(そごうじょう)香川元景(かがわもとかげ)天霧城(あまぎりじょう)などがあります。」


 信頼から報告された畿内及び四国に広がる三好の大勢力圏を見て、その場にいた重臣たちは三好領の広大さに息を呑んでいた。同時に重臣たちの間には、今までの北畠(きたばたけ)の伊勢攻めや斎藤(さいとう)の美濃攻めよりも、勢力規模の大きい三好領を攻める事に想像が付いていなかったようであった。その中で烏峰(うほう)城主でもある森可成(もりよしなり)が絵図のある事に気が付いて信頼に尋ねた。


「信頼殿、今その絵図には名前が赤文字の者と黒文字の者がおりまするが、もしやその者の区別というのは…?」


「はい。赤文字はこちらに内通を示した者。黒文字はそうでない者に分別してあります。御覧の通り赤文字の分布は畿内より四国の方が多くなっています。」


 この時、吊るし台に掛けられた絵図には各城主の配置と同時に、その城主の名前が色で分けられていた。赤と黒で分けられた城主の分類は、信頼の言う通り四国の方が赤の割合が多く、それぞれの名前を確認した可成は秀高の方を振り向いて発言した。


「なるほど。それでは四国の三好攻めも少しは楽になりましょうな。」


「その通りだ。そこで皆にはこれらの情報を踏まえて方策を提案してほしい。何か意見や具申があるものはいるだろうか?」


 秀高は上座から信頼から伝えられた情報を踏まえて、来る三好攻めに向けた方策を具申するように促した。するとその促しと同時にいの一番に挙手して発言したのは、志摩(しま)鳥羽(とば)城主でもあり志摩水軍の将でもある九鬼嘉隆(くきよしたか)であった。


「畏れながらこの九鬼嘉隆、殿に申し上げたき儀がございます。その四国へ侵攻なさるのであればまず、三好水軍の跋扈する紀伊水道(きいすいどう)和泉灘(いずみなだ)を確保せねばなりませぬ。」


 その意見を受けて秀高は絵図の方に視線を向けながら得心していた。畿内と四国の真ん中、淡路島の周囲に広がる和泉灘と紀伊水道は三好水軍の影響力が強く、秀高の軍勢が四国にわたる為にはこれら三好水軍を撃破して、和泉灘と紀伊水道の制海権を掌握する必要があったのだ。


「確かにそうだ。特に安宅は強力な水軍衆を持っている。それらを叩かなきゃ四国には渡れねぇぜ。」


 嘉隆の意見に賛同する様に義秀が発言すると、嘉隆は秀高の方に姿勢を向けて頭を下げると、秀高に自身の方策を進言した。


「そこで某に具申がございまする。実は北条氏規(ほうじょううじのり)殿が配下の梶原景宗(かじわらかげむね)殿は元々この紀伊国(きいのくに)のご出身で、この辺りの地理に詳しゅうございます。願わくば侵攻の際にはこの景宗殿と共に合同の水軍を組み、別動隊として三好水軍を撃破して見せまする!」


 この嘉隆の策というのは即ち、志摩水軍と北条氏規配下の北条水軍と合同の水軍を組み、三好攻めと連動して和泉灘と紀伊水道の制海権を三好から奪うというものであった。その方策を受けた秀高は絵図を見て暫く考案した後、発言してきた嘉隆の方を振り向いてこう尋ねた。


「嘉隆、志摩水軍の備えはどのくらいだ?」


「はっ、安宅船(あたけぶね)が二十艘に関船(せきぶね)が五十艘、小早船(こはやふね)が八十艘ほどにございます。」


「殿、某の所の水軍は安宅船二十艘に関船六十艘、小早船は百艘ほど揃えております。合同の水軍を組むとなれば合わせて三百艘ほどになりまする。」


 嘉隆が自身の所有する船の数を伝えた後に、氏規が続いて自身の水軍が抱える船の数を伝えた。この安宅船というのは当時の水軍の要ともいう船で、安宅船は中型の軍船、関船・小早船は小型の軍船であった。嘉隆と氏規が秀高に対して申し出た船の数を傍らで聞いていた信頼は、伊助から伝えられた三好水軍の総数を秀高に伝えた。


「伊助の報告では三好水軍は総数二百五十艘ほどだとか。合同の水軍を組めばきっと打ち勝つことが出来ると思うよ。」


「なるほど…よし、分かった。嘉隆、水軍の総大将はお前に任せる。景宗と話し合い水軍の編成と調練を行って来る出陣に備えてくれ。」


「はっ!承知いたしました。」


 秀高の言葉を受けた嘉隆はその場にて言葉を発した。その後嘉隆は北条水軍の景宗や間宮康俊(まみややすとし)らと共に合同の水軍を編成し、来る三好領侵攻に備えて調練を行い始めたのである。





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