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1566年11月 恩人たちの子供たち



永禄九年(1566年)十一月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)九年十一月二十五日、高秀高(こうのひでたか)は来たる三好(みよし)家への侵攻に関する軍議に参加するために、名古屋へとやって来た小高信頼(しょうこうのぶより)(まい)の夫妻を本丸奥御殿に招いて面会した。この時舞と共に奥御殿にやって来た信頼は、去る七月初頭に産まれた二人目の男子を抱えていた。


「信頼、茶々丸(ちゃちゃまる)に似て凛々しい顔つきをしてるじゃないか。」


 奥御殿の居間にて秀高は(れい)たち正室の面々と共に信頼夫妻の側に近づき、舞の腕の中に眠る新たな赤子を見つめていた。すると信頼は赤子の姿を見て言葉を発した秀高に対して言葉を返した。


「そう言ってくれると嬉しいよ。一応この子の名前は今若丸(いまわかまる)と名付けたんだ。」


 信頼が舞の腕の中に眠る赤子、今若丸の方に視線を向けながら名前を秀高らに紹介すると、その名前を聞いた静姫(しずひめ)が赤子に視線を向けながら舞に対して問いかけた。


「今若丸…確か源義経(みなもとのよしつね)の同母の兄が今若丸って名前だったわよね?」


「はい。今若丸は悪禅師(あくぜんじ)と呼ばれた阿野全成(あのぜんじょう)の幼名です。」


 静姫から問いかけられた舞はその名の元ネタともいうべき人物の名を名乗った。この阿野全成、源頼朝(みなもとのよりとも)の数少ない一門として初期の鎌倉幕府の中で重きを置かれ、同時にその勇猛さから「悪禅師」と呼ばれた人物であった。その事を踏まえて玲が、今若丸の幼き寝顔を見つめながら秀高に対してこう言った。


「ならばこの子も、その名に負けない子に育ってくれると良いね。」


 その玲の言葉を受けて秀高が微笑みながら頷くと、その居間の中に馬廻の山内高豊(やまうちたかとよ)が現れて秀高に報告した。


「殿、織田信包(おだのぶかね)様が吉田次兵衛(よしだじへえ)様を伴われてお越しになられました。何でも殿に面会させたき者がおるとか。」


「信包が?分かった。直ぐに通してくれ。」


 秀高は報告に来た高豊に対してそう返事をすると、玲たちと共に上座に戻って信包らを招き入れる準備をした。やがてその場に信包が次兵衛や、秀高らが初めて会う者達を引き連れて居間の中に入ると秀高の前に腰を下ろして挨拶をした。


「殿、(みやこ)での勇名、この信包、尾張にて聞き及んでおりましたぞ。」


「そうか、ありがとう信包。それで来訪の用向きは?」 


 秀高は清洲(きよす)城よりわざわざ来訪して来てくれた信包に対して足労を慮って声を掛けると、信包は秀高に対して来訪の用向きを述べた。


「はっ、実は殿にお目通りさせたき者がおりましてな。次兵衛。」


 そう言うと信包は後方にいた次兵衛の方に視線を向けた。すると次兵衛は傍らにいた一人の男子を秀高や上座にいた玲たちに紹介した。


「ははっ、秀高殿。この子が(それがし)の子で亡き柴田勝家(しばたかついえ)様の養子となられた伊介(いすけ)にございまする。」


「お初にお目にかかります。吉田次兵衛が一子、伊介にございます。」


 秀高や信頼らはその場にて初めて次兵衛の子である伊介に面会した。特に秀高ら尾張征伐の過程で勝家の最期を見た面々にとっては、勝家が後事を託したその子供の姿を、この場にて初めて見知ったのである。


「そうか…お前が伊介か。年はいくつになった?」


「十歳にございます。」


 秀高の問いかけに対してしっかりとした口調で答えた伊介の姿を見て、秀高は感動すら覚えてその伊介を立派にここまで養育した次兵衛に対して言葉をかけた。


「うん、立派な受け答えに凛々しい風貌。次兵衛、今までよく育てて来たな。」


「ははっ!全ては亡き主に託された柴田家再興をこの子に託すため、盛次(もりつぐ)殿や照昌(てるまさ)殿らと誠心誠意で養育に当たっておりまする!」


「そうか…」


 秀高は次兵衛より発せられた柴田家の再興という題目を聞いて考え込むように受け止めると、視線を次兵衛の側にいる伊介に向けてこう言った。


「伊介、既にお前の父から聞いてはいると思うが、お前は元服と同時に柴田家の名跡を継ぐ事になっている。柴田家は勇猛名高き勝家殿の一族。その名に負けぬ働きを期待しているぞ。」


「はい!」


 秀高の言葉を受けて伊介が発したこの返事を、秀高や信頼、それに信包らその場にいた面々がしっかりと聞いた。ここに柴田勝家の死後、その家名が途絶えていた柴田家がこの伊介によって再興の道を歩もうとしていたのである。


「…それで信包、その隣にいる者は?」


 しばらくした後に秀高は今度は信包の側にいた、二人の青年の若武者の姿に視線を向けながら信包に問いかけた。信包はその問いかけに対して頭を下げながらこの二人の事を紹介した。


「はっ、この者らは亡き林秀貞(はやしひでさだ)殿の縁者にございまする。これ、名を名乗るが良い。」


 すると信包の促しを受けた二人の青年の若武者は、上座に座る秀高に対して頭を下げながらそれぞれ自身の名を名乗ったのである。


「初めて御意を得まする!林秀貞が長子、林新次郎光時はやししんじろうみつときと申しまする!」


「同じく、その弟の林傳左衛門勝吉はやしでんざえもんかつよしにございます。」


 二人が名乗った名を聞いて秀高はどこか懐かしい気持ちに浸った。というのもこの目の前にいた二人の若武者は、かつて第一次稲生原(いのうはら)の戦いにおいて織田信勝(おだのぶかつ)と共に自害して果てた林秀貞(はやしひでさだ)の遺児であったのだ。


「光時に勝吉…お前たち、年はいくつだ?」


「はっ!十八にございまする!」


「某は今年で十三になりましてございます。」


 秀高から年齢を問われた光時と勝吉は秀高に対して自身の年齢を伝えた。その年齢を聞いて秀高はその若さに驚き、それと同時に信包が側に控える勝吉の方に視線を向けながら秀高に対してこう言った。


「聞けばこの勝吉、殿への仕官を夢見て今年元服したばかりとの事。しかもその間、この光時らを養育していたというのが…」


 そう言うと信包は視線をふと、その場に信包らを招いてきた高豊の方に視線を向けた。その信包の視線の先にいた高豊の姿を見た秀高はその意味を悟ると、驚きをもって高豊に対して問いかけた。


「お前なのか?高豊。」


 すると高豊は秀高の方に姿勢を向けると、畳の上に手を付いて姿勢を低くし、秀高に対して頭を下げながら謝る様に秀高に言葉を発した。


「殿、今の今まで黙っておって申し訳ございませぬ。されどすべては林家の遺児たちを信隆(のぶたか)の一派から守る為。殿にも黙って養育をして参りました。」


「そうだったのか…」


 その高豊の意図を知って秀高がその理由を知ると、その場にいた光時が瞳に涙を浮かべながら高豊同様に頭を下げて秀高に対して発言した。


「殿、残念ながら次男の光之(みつゆき)は殿への仕官を前に、数ヶ月前に病を得て亡くなってしまいました。その亡くなった光之に報いるためにも、仕官をお許しいただきたい!」


 この時、光時らと共に秀高の仕官を(こいねが)っていた次男の林光之(はやしみつゆき)は数ヶ月前に流行り病によって帰らぬ人となっていた。その無念をその場で述べた光時の心情を知った秀高は、兄同様に自身に頭を下げる勝吉にも視線を向けながら言葉をかけた。


「顔を上げてくれ光時、それに勝吉。お前たちの仕官をとてもうれしく思う。俺も亡き信勝(のぶかつ)様の所に仕えていた頃、勝家殿や秀貞殿には大変世話になった。今度は俺の番だ。亡き二人の子供たちの世話は俺が見よう。」


「殿、それでは…!」


 その秀高の言葉を受けて二人が顔を上げると、秀高はそんな二人に対して頷いて答えた後に言葉を返した。


「光時、勝吉!今後は俺の馬廻として取り立てる。その力を存分に(ふる)ってくれ!」


「ははっ!ありがたきお言葉!この林光時、弟の勝吉と共に殿にお仕え致す!」


 こうしてここに林光時・並びに林勝吉は父の縁を頼って高秀高に仕える事になった。ちなみに余談ではあるがこの後、林光時は父の別名でもあった「通勝(みちかつ)」の(みち)の字を取って「林通政(はやしみちまさ)」と改名した。そんな通政らの言葉を聞いた後に信包は秀高に対してある事を報告した。


「殿、それとこちらで養育しておる於菊丸(おきくまる)様にございまするが、兄の信長(のぶなが)の先例に(なら)い、数えで十三になる来年の年始に元服の儀を執り行いたいと思いまする。」


「何、来年に元服するのか?」


 その情報を聞いて秀高は大いに驚いた。まさにかつての主君であった織田信勝の忘れ形見でもある於菊丸が来年には元服するという事を聞いて感慨深い気持ちになっていたのである。そんな秀高に対して信包はある事を頼み込むように発言した。


「はっ。つきましては殿には烏帽子親(えぼしおや)としてご出席を賜りたく思いまする。」


「そうか、分かった。それにしても、あの赤子だった於菊丸がもう元服できる年頃になるとはな…。」


 そう言って秀高が信頼の方に視線を向けると、信頼は秀高の問いかけに首を縦に振って頷いた後に発言した。


「三好領への侵攻は来年になってすぐじゃないから、元服の席には列席できると思うよ。」


「そうだな。信包、来年の元服の儀には俺も出席しよう。来年の年始が楽しみだ。」


「ははっ!我ら織田家一門、殿のご来臨を心よりお待ち申しておりまする!」


 その秀高の言葉を聞いた信包はその場にて頭を下げ、来る於菊丸の元服を心待ちにするような感情を見せて秀高に挨拶をした。織田信勝、林秀貞、そして柴田勝家…秀高が大名にのし上がる前に世話になった恩人たちの遺児が成長し、そして自身を支えていく存在になるこの過程を秀高は心の中で嬉しく思っていたのだった…





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