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1566年11月 玄以の提言



永禄九年(1566年)十一月 尾張国(おわりのくに)鳴海(なるみ)城外




 その数日後の十一月二十日、高秀高(こうのひでたか)静姫(しずひめ)と共に久しぶりに馬に跨って二人で遠乗りに出かけ、一路居城の名古屋城(なごやじょう)より佐治為景(さじためかげ)の居城である鳴海城郊外にある静姫の実家・山口家(やまぐちけ)の菩提寺を訪れた。


「静、馬を操る術は衰えていない様だな。」


 秀高は菩提寺の門前に馬の手綱(たづな)を繋いだ後に静姫の方を振り返りながら言葉を掛けると、静姫は鞍から降りた後に秀高の言葉に答えた。


「勿論よ。いくら奥にいるからって言ってそうそう忘れるもんじゃないわ。」


「…しかしこの馬も、思えば挙兵の頃よりずっと跨ってきた。そろそろ役を解いてやらないとな。」


 秀高は手綱を繋いだ馬の首をなでながらこう言葉を発した。すると静姫はそんな秀高の側に近づくと秀高が撫でている馬の姿を見ながら反応した。


「そうね。思えばその馬は、じい様が亡くなってからずっと乗っているのよね。」


「あぁ。今度盛政(もりまさ)に言って馬を交代させてやろう。」


 秀高は静姫の言葉に対してそう言うと、静姫と共に門を潜って境内へと入っていった。するとその菩提寺の本堂の前で秀高は一人の僧侶の姿に目が留まり、その僧侶の元に近づくと声を掛けた。


「貴方は…玄以(げんい)殿?」


「おぉ、これは誰かと思えば秀高殿。このようなところで会うとは奇遇にございますな。」


 秀高が声を掛けたこの僧侶は、数年前の美濃(みの)平定の折、稲葉山(いなばやま)城下の瑞龍寺(ずいりゅうじ)にて面識を得た玄以その人であった。秀高は再びこの場にて玄以と遭遇すると後ろにいた静姫に対して玄以を紹介した。


「静、紹介しよう。こちら美濃安八郡(あんぱちぐん)に住む僧侶の玄以殿だ。」


「初めまして玄以殿。高秀高が第二正室、静と申します。」


 静姫は初めて会う玄以に対して丁寧な挨拶を述べると、その名を聞いた玄以が感嘆する様に声を上げて反応した。


「おぉ、貴女が静姫様にございますか。拙僧は玄以、またの名を前田玄以(まえだげんい)と申しまする。以後お見知りおきを。」


「それにしても玄以殿、どうしてこの寺に?」


 すると玄以はこの秀高の呼びかけを聞くと、後ろの本堂の方を振り返りながらここに来た理由を述べた。


「いや、実はこの辺りに檀家の方がおりまして、その家に赴いてお経を上げてきた帰りなのです。その途上でこの寺にて休息を取っていた所にございます。秀高殿こそここに何用で?」


「はい、俺たちはここに静姫の祖父と父の墓があるのでその墓参りに。」


 秀高よりその情報を聞くと、玄以は境内の中の墓地の方に視線を向けながら納得がいったように言葉を返した。


「祖父と父の…左様でございましたか。では拙僧にお気になさらず、まずは墓参りをなされた方が良いでしょう。」


「分かりました。それじゃあ行こう。」


「えぇ。では玄以殿、また後で。」


 秀高と静姫は玄以に一旦の別れを告げると、玄以と別れて墓地の方に足を運んだ。やがてその墓地の中にて一段格調高い墓の前に秀高と静姫は立った。この墓こそ亡き山口教継(やまぐちのりつぐ)山口教吉(やまぐちのりよし)父子の亡骸が収められた墓であった。


「…教継殿、教吉殿。お二人の夢であった天下への道、その道程(みちのり)に辿り着くことが出来ましたよ。」


 その墓の墓石の前で線香をあげた秀高は、墓石の前で静姫と共に手を合わせると墓に眠る亡き山口父子に対して声を掛けた。そして秀高はその墓石の前で目を閉じると念を送る様に言葉を発した。


「これからの振る舞い、天国でしっかりと見届けてください。」


 秀高はそう言うと二人の冥福を祈る様にしっかりと手を合わせ、傍にいた静姫も同様にして手を合わせた。その墓石の前で焚かれている線香の煙が高く立ち昇り、その荘厳(そうごん)な雰囲気の中で流れる時間を二人は長く感じたのであった。




「…そうですか、教継さまが亡くなられてもうそれほど経たれたのですか。」


 その後、山口父子の墓から本堂へと戻った秀高らは、その中で玄以と再び会って会話をしていた。玄以は寺の住職が用意してくれた茶に口を付けて飲んだ後にそう言うと、秀高は本堂の中から墓地の方角を見ながら玄以の言葉に答えた。


「一応、家臣の盛政に命じて七回忌法要を上げることが出来たのですが、如何せんこのような世の中なので次の法要を上げることが出来るのかどうか…」


 すると玄以は遠くの方を見つめる秀高の様子を見て何かを感じ取ると、手にしていた茶碗をその場に置いた後に秀高に尋ねた。


「秀高殿、ぶしつけな事を聞く様で申し訳ありませぬが、最近何やらお疲れではありませんかな?」


 秀高は玄以よりその問いかけを受けると、玄以の方を振り返ってその問いかけに驚くと気を取り直して言葉を玄以に返した。


「お疲れ?いや、大したことはないのですが、京に上っている最中は気が休まる間が無くて、こうして名古屋に帰ってきて心より落ち着くことが出来ています。」


「左様にございますか…」


 その言葉を聞くと同時に秀高の様子を観察していた玄以は、その場で袈裟(けさ)の中に仕舞っていた扇を取り出すと秀高に対してある提案をした。


「秀高殿、実はある相談と言うか提案があるのですが、秀高様の御子の一人を仏門にいれられては如何にございますかな?」


「仏門に?それはまたどうして?」


 秀高がその提案を受けて不思議そうな面持ちで玄以にその理由を問うと、玄以は秀高の顔をまっすぐ見つめながらその理由を語った。


「聞けば秀高殿は男子を数多く養育されているとの事。ですがこれは傍から見れば不安定な要素を(はら)んでおりまする。例えば不用意に家に男子を残せば跡目争いの根源となりましょう。それに秀高殿の御子の中には…」


「双子の事ですか?」


 玄以の言葉を聞いている最中で(さえぎ)る様に秀高が口を挟むと、玄以は静姫に視線を向けている秀高に対して更に言葉をかけた。


「申し上げにくいのですが、そう言う事です。双子というのは跡目争いを引き起こしやすい物にございます。ここはこの拙僧の言葉に従って双子のどちらかでも仏門にいれ、跡目争いの芽を少しでも摘んだ方が宜しいかと。」




 この玄以の提案はこの当時の人間の考えとしては何ら不自然なものではなかった。何しろ武士の世でもあるこの時代の人間たちにとって、顔が似ている双子の存在は不気味な存在そのものであり、それが端緒になってお家騒動に発展する可能性もあった。事実、秀高たちの元の世界の歴史では徳川家康(とくがわいえやす)の次男でもある結城秀康(ゆうきひでやす)には双子の伝説があったと言われている。


 しかし現代からやって来た秀高にとって、双子を危険視する戦国時代の風潮は受け入れがたいものであった。だからこそ秀高は仏門に入れるように促してきた玄以に対して決然とした口調で言葉を返した。




「お言葉ですが玄以殿、俺は他人が何と言おうと子供たちを手放す気はありませんし、跡目争いの事ならば嫡子は徳玲丸(とくれいまる)であると家臣や弟たちに厳しく言い聞かせてあります。そのような事をすればかえって家中に不安要素を招くことになりかねません。」


 その秀高のしっかりとした口調と表情を見た玄以は、秀高の意志の強さを感じ取ってそれ以上の言葉を掛けるのを止め、手にしていた扇を袈裟の中に仕舞うと秀高に対してこう言った。


「…分かりました。拙僧もここで無理強いするつもりはありません。されど秀高殿、そう言う道もあるという事だけは頭に留めておいてくだされ。」


 そう言うと玄以は秀高や静姫に対して頭を下げて一礼すると、その本堂から去っていった。そして秀高も玄以を見送った後に静姫と共に本堂を後にしていった。


「秀高、玄以殿にああ言ってよかったの?」


 本堂を出て菩提寺の門から外へ出た後、秀高に対して静姫がこう言うと、その言葉を聞いた秀高は静姫の方を振り返ると、繋いであった馬の手綱を解きながら言葉を静姫に返した。


「大丈夫だ静。俺は今の子供たちを全員立派に育てるつもりだ。確かにお家の事を考えれば僧籍に入れるべきなんだろうが、まだまだ俺たちは動ける年齢だ。その様な心配は杞憂だろう。」


 そう言って秀高が馬の鞍に(またが)ると、その後に静姫も自身の馬に跨った後に秀高に言葉を返した。


「そう言うなら私も強くは言わないわ。でももし、考えが変わったのなら遠慮なく言いなさい。」


「分かってるさ。さぁ、名古屋に帰るとするか。」


 静姫の言葉を微笑みながら受け止めた秀高は、馬を駆けさせて静姫と共に菩提寺を後にした。その道中先に出て行った玄以の側を馬を駆けていった秀高らが通り過ぎていくと、玄以は被っていた僧帽(そうぼう)の裏からその後姿を見送って秀高らの健勝をその場で念を送る様に祈ったのだった。





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