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1566年11月 久々の名古屋



永禄九年(1566年)十一月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)九年十一月十五日。高秀高(こうのひでたか)は一年半滞在した(みやこ)から領国である尾張・名古屋城へと帰還。京の留守居に伏見城(ふしみじょう)とその一帯の普請作事を執り行う三浦継意(みうらつぐおき)らに任せると、その他の家臣と(れい)たち妻子を引き連れてここ名古屋の地に帰ってきたのだった。


「殿、京より良くぞお戻りになりました。」


 久々に帰ってきた名古屋城本丸表御殿の書斎にて、秀高は玲たち妻子を上座に座らせて領国の留守を預かっていた山口盛政(やまぐちもりまさ)山口重勝(やまぐちしげかつ)より挨拶を受けた。すると秀高は下座に控える二人の姿を見つめながら、首を振って頷いた後に言葉を返した。


「うん。盛政、それに重勝。よく今まで領国を守ってくれた。感謝するぞ。」


「ははっ!我が殿は既に幕政に携わる身。その殿の支障にならぬように粉骨砕身して領国を叔父と共に取り纏めて参りました!」


 下座に控える盛政の後方で秀高に対して意気込んで発言した重勝の姿を見て、秀高は満足そうに微笑んで首を縦に振って頷いた。


「うん、上出来だ重勝。その働きを見ればきっと亡き父も喜ぶだろう。」


 その言葉を受けた重勝は感動して微笑むと、言葉を発さずにその場にて頭を下げた。その姿を重勝の方を振り向きながら口元をほころんでいた盛政は、秀高の方を振り返るとある事を尋ねた。


「ところで殿、肝心の伏見城(ふしみじょう)の普請は如何相成りましたか?」


「あぁ。継意らの報告では懸念事項だった宇治川(うじがわ)巨椋池(おぐらいけ)一帯の大規模な築堤工事は(おおむ)ね完了し、伏見城の築城も本丸の土台である石垣部分はほとんど完成したとの事だ。」


「それにあと少しで新しい本丸御殿も落成するそうよ。そうなればやっと伏見に移転も叶うわ。」




 この頃、伏見城一帯の大規模な土木普請工事は大詰めを迎えていた。本丸御殿を始めとした本丸の構造物は大半が完成し、後は本丸の天守閣の落成を待つのみとなっていた。それ以外にも二の丸・三の丸などの大小十以上の曲輪の普請もほとんどが完成し、同時に城下町の町割りや町屋の建設なども順調に進んでいた。


 同時に信頼が提唱した三つの堤からなる築堤工事も完了し、同時に川の流れを付け替えるなどして伏見一帯はその姿を変えつつあったのである。この迅速な速さで行われる工事の裏には、かつての名古屋城の大規模改修の経験から活かされた物であったのだ。




「左様にござるか…それならば殿が命じられた三好(みよし)攻めもいくらか楽になりましょう。」


 秀高や静姫(しずひめ)の言葉を受けて納得がいったように盛政が頷いて答えると、秀高はその言葉に反応して首を縦に振った。


「そう、今回の帰還はその本格的な三好征伐に向けて軍議や調整を行う為に帰ってきた面もある。だがそれは明日以降の話。今日は久しぶりに名古屋に残してきた家族との時間を大事にしたい。」


「既に小高信頼(しょうこうのぶより)殿と大高義秀(だいこうよしひで)殿らは一旦領国に帰還しており、三好征伐の本格的な軍議は来月以降となりましょう。」


 こう発言したのは、秀高と共に名古屋へと帰還していた竹中半兵衛(たけなかはんべえ)であった。下座に控える半兵衛からの言葉を聞いた盛政は、秀高の方を振り返るとその言葉を踏まえた上でこう発言した。


「…では暫くの間は、この名古屋でゆるりと過ごせますな。」


「あぁ。上洛してからの一年半は濃密な期間だった。ここでしばらくゆっくり過ごせるのは良い事だよ。」


 秀高がその場で背伸びをするように両手を上に上げながら発言すると、その場に馬廻の神余高政(かなまりたかまさ)が部屋の中に入ってきて秀高に報告した。


「申し上げます、帰蝶(きちょう)様が殿のお子様たちを連れてお目通りを願っております。」


「帰蝶殿が?直ぐに通してくれ。」


「では殿、我らはこれにて。」


 高政の報告と秀高の返答を聞いた盛政は、秀高に対して別れの挨拶を告げると重勝と共に書斎から下がっていった。そしてその下がっていった盛政らと入れ替えに今度は帰蝶が尾張に残していた秀高の子供たちを伴って書斎の中に入ってきて、秀高の目の前にて腰を下ろすと膝を付いた上で秀高に挨拶を述べた。


「秀高様、京より良くぞお帰りになられました。」


「帰蝶さま、お久しぶりです。今までの間子供たちの面倒を見て頂きありがとうございました。」


 秀高が帰蝶の側にいる友千代(ともちよ)を始めとした子供たちに視線を向けながら、帰蝶に対して言葉を返すと帰蝶はその言葉に頭を上げた上で答えた。


「いえ、お気になさらず。それより秀高様も随分と凛々しくなられたご様子。さすがは幕府の一門衆と呼ぶにふさわしいですわね。」


「これは、そう言われると恥ずかしい限りです…」


 秀高は帰蝶に自身の風貌を見られたうえで語り掛けられたその言葉を聞いて、頭を掻きながら照れ臭そうに答えた。すると秀高は視線をその場にいた友千代に向けると、気を取り直すように表情を引き締めて友千代に言葉をかけた。


「友千代、それに皆も暫く留守にしてすまなかった。みんな元気にしていたか?」


「はい、父上や兄上たちがいない間も、兄弟で楽しく過ごしておりました。」


 友千代が側にいた静千代(しずちよ)秀千代(ひでちよ)竹松丸(たけまつまる)、それに帰蝶の方にいた御徳(ごとく)蓮華(れんか)などの妹たちに視線を向けながら言葉を秀高に返すと、その場にいた熊千代(くまちよ)が下座から友千代に対して声を掛けた。


「友千代、久しぶりに会ったら随分頼もしくなったなぁ。」


「熊千代、その言い方はやめた方が良いぞ。」


 と、その言葉を聞いて(たしな)めてきた徳玲丸(とくれいまる)の言葉を聞くと、熊千代はふと(いぶか)しがりながら徳玲丸に対して言葉を返した。


「そうか?これが俺にとっては話しやすいんだけどなぁ。」


「ふふっ、あんたの子供たちもだんだんと個性を見せ始めて来たわね。」


 その様子を上座から見ていた静姫が秀高に対して言葉を掛けると、秀高はその場で腕組みをしながら静姫に言葉を返した。


「そうだな。まぁ熊千代に限って言うなら完全に傅役(もりやく)(大高義秀)の影響もあるんだろうがな。」


「確かに。あの口調は義秀くんにそっくりだもんね。」


 その秀高の言葉に賛同する様に玲がそう言うと、秀高は視線を春姫(はるひめ)が懐に抱く赤子の方に向けると、傍にいた詩姫(うたひめ)と視線を交わした後に帰蝶らの方を振り向いて赤子のことを紹介した。


「…そうだ皆、改めて紹介しよう。この子が京で生まれた菊憧丸(きくどうまる)だ。皆近寄って見てみてくれ。」


 その言葉を受けると友千代らは帰蝶の許しを得るように帰蝶の方に視線を向けると、視線を一身に受けた帰蝶の頷きを合図にして一斉に立ち上がり、春姫が抱く菊憧丸に駆け寄って赤子の顔を覗き込むようにして見つめた。するとその中で友千代が菊憧丸の顔を見た後に秀高に対してこう言った。


「顔つきは父上に似ておりますな。」


「そうか、またしても俺の血統を色濃く継いだのか。」


 秀高が腕組みをしたまま友千代の言葉を聞いてそう発言すると、その言葉を聞いた詩姫がある事を思い出して秀高にこう話しかけた。


「そう言えば数ヶ月前に(まい)様が出産した男子も、顔つきは父の信頼殿に似ていたそうですわ。」


「そうか…親に似るってのは考え物だな。」


「そうかな?私はどちらかに似ていた方が、より感情移入できると思うけどね。」


 秀高の意見を聞いた上で玲が自身の私見を述べると、それを脇で聞いていた静姫が玲の言葉に賛同する様に、秀高に対して言葉をかけた。


「私も玲の意見に賛成よ。言わせて貰うけど、あんたにそっくりな秀千代を養育し始めた当初は随分と手を焼かされたものよ。」


「…これは、手厳しい物言いだな。」


 玲を初め三人の正室たちより言葉を受けた秀高は、ばつが悪そうな表情を浮かべてその場で困惑した。するとその様子を下座で見ていた帰蝶が微笑んだ後に秀高に対して言葉をかけた。


「ふふふ、幕政に参画する大大名となった秀高殿も、家の中ともなれば一人の男に戻るものなのですね。」


「…えぇ。でもこの一時が、一番自分の心が安らぎますよ。」


 秀高は帰蝶の言葉を受けた後、上座で広がるその雰囲気を感じながら帰蝶に対して言葉を返した。秀高は一年半近く滞在した京での疲労を癒すようなこの雰囲気を肌で感じるとともに、心身ともに安らぐ温もりを久々に帰ったこの場で受け止めたのだった。





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