1566年10月 畠山との会談
永禄九年(1566年)十月 大和国多聞山城
永禄九年十月二十八日。荒木村重との極秘裏の階段を終えた高秀高は、その数日後には京から国境を越えた松永久秀の居城である多聞山城を訪れた。本丸に華麗な四層の天守閣を構えるこの城の本丸御殿にて、秀高は久秀の仲介である人物と面会した。この秀高の目の前にいる人物こそ、畠山尾州家の当主である畠山高政その人であった。
「お初にお目にかかります。高左近衛権中将秀高にございます。今日はこうして高政殿とお会いできて光栄に存じます。」
多聞山城の本丸御殿の中にある絢爛たる広間にて、秀高は下座の位置にて高政と対面で面会していた。すると対面に座す高政は秀高の挨拶を受けると首を縦に振った後に自身も名を名乗った。
「丁寧な挨拶痛み入る。畠山尾張守高政にござる。英名誉れ高き秀高殿にお目にかかれて光栄にござる。」
この秀高と高政の挨拶を、それぞれの家臣はそれぞれの主君の後方で聞いていた。即ち秀高の後方には小高信頼・舞夫妻、大高義秀・華夫妻ら数名の家臣たちが控え、片や高政の後方には遊佐信教、安見宗房ら畠山家の重臣たちが勢ぞろいしていた。その中で両者の中間の位置に座して座る久秀が秀高に対して言葉をかけた。
「秀高殿、今日はこうして畠山殿と面会したのじゃ。ごゆるりと話されよ?」
「はい、久秀殿、何から何までありがとうございます。」
秀高がこの面会をお膳立ててくれた久秀に対して謝礼を述べると、高政の後方にいた宗房がそんな久秀の方に視線を向けながら言葉をかけた。
「しかし、よもや久秀殿が三好長慶を見限り、上様の方に付くとは…今までのいきさつから見れば思いもよらぬ事じゃ。」
「はっはっはっ、宗房殿、かつての因縁は昔の事。今は同じ幕臣としての責務を果たすまでにございまする。」
「ふむ、そうか。」
久秀の返答を受けて宗房が言葉少なめに相づちを打つと、その前方にいた高政が秀高に対して頭を少し下げると、二ヶ月前の三好長慶との合戦勝利を祝す言葉をかけた。
「秀高殿、まずは数ヶ月前の三好勢撃破の事、真にお見事でござった。」
「ありがとうございます高政殿。ですがこの勝利の一因には、高政殿が紀伊で挙兵に及んでくれたお陰で敵の軍勢が分散されたことにあります。こちらこそ感謝いたします。」
高政に発せられた秀高の言葉を聞いた、宗房や信教ら畠山家重臣たちは秀高のこの気遣いともいうべき言葉を受けて好感を覚えた。そしてその気遣いを受けた高政自身も秀高の言葉を受けて謙遜しながら秀高に返答した。
「いやいや、我らの挙兵が秀高殿のお陰になったのであれば何よりにござる。」
秀高はその高政の言葉を受けて少し微笑むと、再び真面目な表情を見せて高政に対して今後の予定を切り出した。
「…それで高政殿、今後の動向についてですが、三好家への本格的な侵攻は早くて来年の春ごろとなります。」
「来年の春にござるか。」
「はい。そこで高政殿にはこの挙兵に呼応して再度、畠山軍に出陣していただき河内高屋城の奪還に動いていただきたいのです。」
その秀高の要請を高政が受けると、高政は瞳に闘志を燃え滾らせるように輝かせつつ、後方にいた宗房ら重臣たちと視線を交わした後に秀高の方を振り返った後に首を縦に振って頷いた。
「うむ、正に我が意を得たりと言うべきであろうか。元より我らにとってはそのつもりであった。秀高殿、必ずや高屋城を奪い取って見せようぞ。」
その力強い言葉を聞いた秀高は首を縦に振って受け止めると、高政の顔を見つめながら高政に対して重要な用件を切り出した。
「それで高政殿、ここから少し重要な話になります。」
「重要な話とは?」
高政よりその言葉を受けると秀高は、ふと後方にいた舞に目配せをした。すると舞は首を縦に振った後に高政の前に進み出て、一通の書状が置かれている三方を差し出した。高政がそれに視線を送るとその様子を見ながら秀高が高政に対して声を掛けた。
「今回の会談に際して、事前に上様よりのご意向を承っているのですが、まず世襲であった河内・紀伊守護職の安堵と両国の本領安堵。それに…」
秀高は将軍・足利義輝から受けた意向を述べている最中に三方に置かれた書状を手に取って封を解き、その中に書かれた内容を高政に見せながら言葉を続けた。
「三好家征伐の暁には高政殿に管領代の役職を与え、朝廷より右衛門督を与えて畠山金吾家の復活をするようにとの事。」
「なんと?秀高殿、それは真にございまするか!?」
その条件を受けて信教ら畠山家の重臣たちがこのように大きく驚いたのには訳がある。そもそも高政の家系である畠山尾州家はもともと三管領の名家に数えられた畠山金吾家の流れを汲んでいる。その金吾家は応仁の乱の際に畠山家の家督争いによって東西に分かたれて以降、畠山家は徐々に幕政への影響力を喪失していったのである。
それから数十年経った後にこうして幕政への復帰が成るという事を知った幕臣たちは、先祖代々に顔向けが出来ると言わんばかりに喜んだのであった。
「はい。この書状の末尾には上様の右筆が御書きになられた花押がございます。これこそ偽りなき上様のご意向の証です。」
秀高は高政や後方にいた信教らに見えるように末尾に書かれた将軍・義輝の花押を証拠として見せつけると、その花押を見た重臣たちはその条件が本物であると悟った。その中で高政は末尾に書かれた花押をじっくりと見つめた後に秀高に対して言葉をかけた。
「…たしか、斯波武衛家は秀高殿の家臣となり、細川京兆家は秀高殿の傀儡となったと聞き申すが?」
高政が発言した斯波武衛家と細川京兆家というのは、三管領として畠山金吾家と並ぶ権勢を確保していた名家である。その単語を聞いた秀高は書状を閉じて三方の上に再び置くと、問われた高政の方を見つめて言葉を返した。
「…はい。斯波義銀は津川義近と名を改めて私の家臣になっています。そして細川輝元の一件は…既に聞き及んでいる通りとなっています。かつての三管領と呼ばれた名家の二つがそうなった今、管領に就くにふさわしいのは高政殿の他におりません。」
その秀高の言葉を受けた高政は、再びその場で考え込むように顎に手を掛けた。するとそんな高政に対して後方にいた宗房が語り掛けた。
「殿、これは正に願ってもない申し出にございますぞ。明応の政変以降、幕政を細川や三好に奪われ続けた我らの復権を為すは、今を置いて他にはございませぬ!」
「…まさかこのわしに管領職が回ってこようとは。これを聞けばきっと曾祖父(畠山政長)を始め、先祖代々の霊はこれを喜ぼう。」
宗房の言葉を受けて高政が瞳を閉じながらそう言うと、高政はその場で目を見開いて秀高の顔を見つめると、首を縦に振った後に言葉を秀高に向けて告げた。
「相分かった。秀高殿、上様のご申し出をありがたくお受け致す。然らば我らも紀伊に戻って挙兵の手はずを整え申す。」
「ありがとうございます高政殿。今度の三好征伐の際にはそのお力をお借りします。」
秀高は高政の言葉を受けるとその場で高政と固い握手を交わし、その光景を秀高の後方で見ていた義秀らも三好家の打倒に向けて内心で闘志をその場で燃やした。その後、秀高はその広間の中で久秀の用意した御膳を高政主従らと共に召しあがり、来る三好征伐に向けて気持ちを揃えたのであった。