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1566年10月 池田家臣・荒木村重



永禄九年(1566年)十月 山城国(やましろのくに)勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)




 永禄(えいろく)九年十月十九日。高秀高(こうのひでたか)の姿は(みやこ)より南東にある浅井政貞(あざいまささだ)が城代を務める勝龍寺城にあった。この城の本丸の一角に新たに建築された茶室にて秀高はある人物をもてなしていた。その人物こそ隣国・摂津(せっつ)より隠密裏に来訪した池田長正(いけだながまさ)の家臣、荒木村重(あらきむらしげ)その人であった。


「粗茶ですが、どうぞ。」


(かたじけな)く頂きまする。」


 四畳ほどの狭い茶室の中で手慣れた手つきで茶を点てた秀高は、茶碗を来訪した村重の前に差し出した。すると村重は秀高に対して一礼をすると茶碗を手に取って素早く飲み干し、一息ついた後に秀高の目の前に唐になった茶碗を差し出した後に言葉を発した。


「いやぁ美味い。さすがは松永(まつなが)殿が褒め(はや)しただけの腕前にございまするなぁ。」


「いえ、それほどでは…」


 秀高は村重の言葉を受けて手短に返答すると、差し出された茶碗を回収して次の者に茶を差し出すために作法通りに次の茶を点て始めた。するとその中で村重は淡々とした手つきで茶を点てる秀高を見つめながら言葉を発した。


「いや実は(それがし)(かね)てより秀高殿の御高名は聞き及んでおりまする。若干ながら尾張(おわり)を初め東海(とうかい)諸国を切り従え、そして今や京にて将軍家の幕政を輔弼(ほひつ)するなど、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いにございまするな。」


「そう言って頂けると嬉しいです。」


 秀高を持ち上げる言葉を聞いた秀高本人は謙遜の意を込めながら言葉を返すと、村重はふふっとほくそ笑んだ後に再び秀高の姿を見つめながら言葉を発した。


「そんな秀高殿だからこそ、その勇名を(した)ってこうして忍んで参った次第にござる。用向きは先に書状で伝えた通りにござるよ。」


「…摂津一国を村重殿に安堵し、同時に幕府を支持する大名として取り立てて欲しいとの事ですか。」


 秀高が茶釜に柄杓(ひしゃく)を掛けてから村重の方を振り向いてそう言うと、村重は秀高の顔を見つめながらも首を縦に振って頷いた。


「如何にも。拙者の望みは摂津一国のみ。それ以上は多くは望みませぬ。」


「しかし村重殿、あなたは池田長正殿の家臣であるはず。なぜ長正殿を裏切ろうとするので?」


 村重の言葉を黙って受け止めていた秀高の代わりに、茶室の中にいた小高信頼(しょうこうのぶより)が村重に対して問うと、村重は問うてきた信頼の方に視線を向けた後に言葉を直ぐに返した。


「畏れながら我が主は、時勢の流れをとんとご存じでありませぬ。数ヶ月前に三好長慶(みよしながよし)が秀高殿に敗れて以降、病に伏せっきりであるというのに意固地になって三好家に忠を尽くそうとなさっておられる。今の畿内の旗色は既に秀高殿に(なび)きつつあるというのに…」


「ちょっと良いか?お前も武士だろう?武士ならば主君に間違いがあったら正すのが筋なんじゃないのか?」


 その村重の言葉を聞いて同じく茶室の中にいた大高義秀(だいこうよしひで)が口を挟むように尋ねると、そんな問いを受けた村重がはっと鼻で笑うように反応すると義秀に対して言葉を返した。


「皆が皆そのような忠義心溢れた武士ばかりではありませぬ。拙者は先ほども申し上げた通り、今や勝ち馬になりつつある秀高殿に乗っかろうとここに参った。忠義などは二の次にござる。」


「…そうですか。あなたの言う事はよく分かりました。」


「秀高!」


 その村重と信頼らのやり取りを傍らで聞きながら、黙々と茶を点てていた秀高が点て終えて茶筅(ちゃせん)を置いてからそう発言するとその言葉に義秀がかみつくように反応した。すると秀高は反応してきた義秀の方を振り向くと微笑みながら言葉を返した。


「…俺たちも村重と同じように、尾張を織田信隆(おだのぶたか)から奪い取ったじゃないか。同じ境遇を持つものを受け入れない道理はない。」


 その言葉を受けた義秀は尚も言い返そうとしたが、その場の空気を悟ったのか反論するのを止めた。それを見た秀高は点てた茶を義秀の前に差し出した後に、村重の方を振り向くとこう言葉を返した。


「村重殿、摂津国の安堵は約束しますが、肝心の幕府傘下の大名入りに際して、幕府の方より条件が提示されました。」


「条件?」


 村重のその反応を受けた秀高は、懐から一通の書状を取り出した信頼からその書状を手で受け取った上で書状を村重の目の前に差し出し、それを村重が手に取った後に秀高はその条件を村重に告げた。


「村重殿の幕府傘下入りの条件として、荒木家の所領として認めるのは池田長正の所領並びに中川清秀(なかがわきよひで)殿が今後切り取る茨木城(いばらきじょう)、それに貴殿が数ヶ月前に築城なされた花隈城(はなくまじょう)のみとの事です。」


「なんと、たったそれだけしか認めないのですか!?それ以外の国人衆の所領は!?」


 村重が驚いたのも無理はない。この時認められた所領というのは摂津国内の全領地の内の三分の一ほどであり、とてもではないが摂津一国という村重の希望からはかけ離れたものであった。その条件を提示されて驚いた村重から言葉を掛けられた秀高は、問われた内容について村重に返答した。


「それ以外の伊丹城(いたみじょう)伊丹親興(いたみちかおき)一庫城(ひとくらじょう)塩川国満(しおかわくにみつ)丸山城(まるやまじょう)能勢頼幸(のせよりゆき)などの所領は幕府の奉公衆(ほうこうしゅう)という事にして、摂津国主たる村重殿の与力に付けるという事です。」



 つまるところ幕府が提示してきた条件というのは、村重の所領は旧池田領を含めた三分の一ほどとし、それ以外の所領は幕府奉公衆の所領として認定した上で村重の与力に付与するという事であった。これは形の上では摂津全土を村重が納める形にはなるが、実際的に村重の力となるのはそれよりはるかに少ないものであった。



「まさか…幕府は我が本心を疑っておいでか!?」


 この薄情ともいうべき条件を提示した秀高に対して、村重が詰め寄る様に口調を荒げて言葉を返すと、その言葉を聞いていた信頼が秀高の代わりに村重に向けて返答した。


「そうなるのも無理はないかと。何せ旧主たる長正殿を裏切ってこちら寝返ろうというのです。村重殿の取り分を残して下さるだけでもよしとしませんと…」


 信頼の言葉を聞いた村重はその内容を聞いて徐々に怒りを和らげ始めた。自身の今の身分はあくまで池田長正の家臣であり、今こうして赴いたのは長正を裏切って摂津を掌握しようとした欲望を果そうとしたからである。そのような者に対して幕府が全てを認める道理などどこにもなかったのである。


「ですがこれは考えようによっては、与力に付けられた奉公衆の差配を村重殿に託すというのは、実質的な国主を村重殿に任せるという事。それと同時に村重殿には今後、幕府より摂津守護と朝廷より摂津守(せっつのかみ)を賜るとの事です。」


「むむ…」


 その秀高の言葉を受けて村重は少し考えこんだ。確かに幕府は自身に摂津の全てを託さないだろうが秀高の言う通り、与力という考えようによっては自身の配下であることを考えれば、実質な摂津国主として認めるという事には変わりなかったのだ。


「村重殿、私の考えではこれ以上の譲歩を幕府より引きずり出すのは難しいかと。ここはこの条件を甘んじて飲み入れ、摂津国主としての名と実を取るべきだと思います。」


 秀高が考え込んでいる村重に対してそう言うと、義秀が目の前に差し出された茶を飲み干したのを見た後に村重は、(おもむろ)(うつむ)いていた顔を上げて秀高にある事を尋ねた。


「…秀高殿、一つお伺いいたしたいが今度の出兵はいつ頃にござるか?」


「しっかりとしたことは言えませんが、概ねの時期としては来年の春までには出陣したいと考えています。」


 秀高のその言葉を聞いた村重は、再度その場で考え込むように下を向くとそのまま俯きながら言葉を発した。


「…確かに形はどうであれ、己の栄達には変えられぬか…よし、分かり申した!」


 そう言うと村重は勢いよく顔を上げ、秀高の顔を見つめながら村重はその場に手を付いて姿勢を低くしたうえで秀高に向けてこう言った。


「この荒木村重、その条件を受け入れて秀高殿に、幕府にお味方いたす!」


「そうですか。では今後ともよろしくお願いします。」


 村重の返答を受けた秀高が手を付いている村重の手を取り、握手を交わすようにして返答を村重に返すと、村重を握手をしてきた秀高の手を取り返して固い握手をその場で交わしつつ、秀高の顔を見つめながら力強い口調で言葉を返した。


「然らば秀高殿、わしはこれより摂津に戻り申す!秀高殿の挙兵、お待ち申しておりますぞ!」


「分かりました。くれぐれも村重殿も身辺にはお気を付けて。」


 その秀高の言葉を受け取った村重の表情にはもはや、一点の曇りもなかった。それをその場で見ていた信頼は心の内では安堵しながらその様子を見つめ、片や義秀はふん、と鼻で笑いつつもその様子を黙って見つめていたのだった。





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