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1566年8月 京兆家の去就



永禄九年(1566年)八月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 開けて永禄(えいろく)九年八月二日。高秀高(こうのひでたか)は自身の京屋敷に細川京兆家(ほそかわけいちょうけ)の当主・細川輝元(ほそかわてるもと)とその一門である幕臣・細川晴経(ほそかわはるつね)細川輝経(ほそかわてるつね)の親子を呼び寄せて三好(みよし)勢撃退を祝う祝宴に招いた。この誘いを受けて輝元らは秀高屋敷に赴いたが、頼みの綱であった三好勢の大敗を受けて輝元らの顔色は少し強張っていた。


「輝元殿、さあどうぞお飲みください。」


「う、うむ…。」


 京の秀高屋敷。その広間にて秀高と同じ上座に座る輝元に対して、秀高は微笑みながら銚子(ちょうし)を差し出して輝元の(さかずき)に酒を注いだ。それを受けた輝元は内心震えながらもゆっくりと盃の中の酒を飲み干した。するとその輝元の振る舞いを見た後に、下座にいた晴経が秀高に対して話しかけた。


「…お、畏れながら秀高殿、肝心の三好征伐は如何なされたので?」


 すると秀高は銚子をお盆の上に置いた後に晴経の方に視線を向け、目じりを下げながら淡々とした口調で返答した。


「あぁ、その事ですが我らは三好の軍勢を破ったとはいえど、三好領内に踏み込むには数が足りません。ここは一旦京に下がって様々な策を打ち、万全の態勢で三好を征討しようかと思っているのです。」


「これはしたり!大敗で動揺する三好を一気に撃ち滅ぼしてこそ、麒麟児たる秀高殿の腕の振るいどころではありませぬか!」


 秀高は自身の盃に入っていた酒を(あお)った後に輝経よりその言葉を受けると、目の前の御膳の上に盃を放り投げるように置き、輝経の方に冷たい視線を向けながらも言葉使いは崩さずに返答した。


「…畏れながら三好は今までの敵とは違います。三好は本国の阿波(あわ)を中心に讃岐(さぬき)淡路(あわじ)和泉(いずみ)摂津(せっつ)河内(かわち)などの大半を支配し、その国力は他の大名を圧倒します。如何に私が麒麟児とはいっても、これら複数の国を持つ敵を相手するには戦力が足りません。」


「されど秀高殿には上様の名が付いておりまする。それを活かせば三好とて…」


 難色を示した秀高に対して輝元が様子を窺いながらこう発言すると、秀高ははっと鼻で笑う様に笑い飛ばした後に言葉を続けた。


「御冗談を。三好が打ち破られたのはたかだか三万数千の軍勢。敵の重臣を討ち取ったとはいえど三好にはまだまだ戦力が多くそろえられています。先の戦いのまま領内に踏み込めば余計な抵抗を受けるだけでしょう。」


「何を仰せになられる!秀高殿にはすでに諸大名の合力もあるはず!それを組み合わせれば…!」


 なおも食い下がる様に晴経からこのような発言を受けると、秀高は上座で後頭部を掻きながら晴経に対して言葉を返した。


「諸大名の合力と言われるが、浅井(あざい)殿や徳川(とくがわ)殿とは違い、別所(べっしょ)畠山(はたけやま)とは意思疎通も出来ていません。それらの合力を受けても所詮は烏合の衆というものです。一たび戦となれば三好長慶(みよしながよし)にその隙を突かれて大敗するだけでしょう。それに…」


 そう言うと秀高は下座に控えていた小高信頼(しょうこうのぶより)に一回視線を向け、下座の信頼と視線を交わした後に晴経に冷ややかな視線を浴びせて一言こう告げた。


「…裏切り者を放置しておくほど、こちらもお人よしではないので。」


 そう言った後に秀高は上座にて(おもむろ)に右手を上げた。するとその時、広間の中に大高義秀(だいこうよしひで)(はな)が具足兜に身を包んだ状態で数十名の鎧武者を引き連れて現れ、義秀と華は上座の輝元の背後に立って輝元の両肩を抑えた。それと同時に付き従ってきた鎧武者たちは晴経・輝経の親子を拘束する様に手で押さえつけた。


「秀高殿!こ、これは何の真似でございますか!?」


 鎧武者に身体を押さえつけられながら晴経が声を振り絞って秀高にそう言うと、秀高は上座から立ち上がって下座におり、押さえつけられている晴経と輝経の前に立って見下ろしながら言葉をかけた。


「白々しい。輝元、それに晴経と輝経。お前たちが三好長慶と裏で通じ合っていることなどこちらは既に知っている。」


 すると、上座にて義秀夫妻に身体を押さえつけられている輝元が立っている秀高に対して冷静な口調で言葉を返した。


「秀高殿、何を仰せになる?そのような証拠がどこにあるので?」


「証拠はここにござる。」


 そんな輝元の問いに対して答えを返したのは、信頼の隣に着座していた三浦継意(みうらつぐおき)であった。継意は傍らに置いてあった箱の中に収められた書状の束を、輝元らに見せつけるように前に置いて言葉を発した。


「これなるは、かつて三好長逸(みよしながゆき)が城代を務めていた勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)より押収した書状にて、末尾に輝元殿の連署花押がござる。ここには輝元殿が三好長逸を通じて三好長慶に対し、我らの京での動向とこの京屋敷の備え、並びに京に参る我が家来どもの名と率いて参る兵数が、事細かに書かれてござる。」


「これで分かっただろう輝元。てめぇが三好と裏で通じていた事なんざ俺たちは事前に知っていたんだよ!」


 継意の言葉の後に、輝元の右肩に手を掛けている義秀が輝元を睨みつけながらそう言うと、その後に輝元はその場で反抗する様に身体を動かしながら秀高に向けてこう言い放った。


「秀高、貴様このわしをどうするつもりだ?このわしは京兆家の!」


「それがどうした!!」


 輝元が言葉を発していたその時、輝元の言葉を遮る様に秀高は怒り、押さえつけられている輝元の前に進むと、輝元を指差しながら怒鳴りつける様に言い放った。


「俺にとってみれば、京兆家がどうなろうと知ったことじゃない!将軍家に…上様に忠実に従っていれば別の道もあっただろう。それが今はどうだ!三好の人質になっていたからかどうかは知らないが、上様の敵である三好長慶に加担して将軍家のすげ替えを企むお前には幕臣を名乗る資格は無い!あの世でお前の先祖たちはお前の振る舞いを見て泣いているはずだ!」


 するとその怒鳴りを受けて、輝元は身体を押さえつけられながらも秀高を睨みつけて反駁(はんばく)した。


「貴様に…貴様に何が分かる!たとえ父を追放した三好に縋ってでも、私には京兆家を復権させる大志がある!どこの馬の骨とも分からぬ奴にその気持ちが分かるのか!!」


 その言葉を受けた秀高は、ふんと鼻で笑った後に輝元を見つめながら、淡々とした口調で輝元に対して言葉をかけた。


「お前のような独りよがりの野望など分かりたくもない。だが今のお前に対して俺がいえるのは、お前のその振る舞いで今後の身の上はもう決まった。」


「なんだと…」


 そう言うと秀高は拘束されている晴経・輝経父子の目の前に立つと、押さえつけていた鎧武者たちに目配せをした。すると鎧武者たちは押さえつけていた晴経父子にそれぞれ麻縄を掛けて拘束し始めた。


「何をする!放せ!」


 麻縄を掛けられた晴経がじたばたしながら反抗すると、秀高は麻縄を掛けられた晴経父子を見つめながら指をさしてこう言い放った。


「細川晴経!並びにその子の輝経!両名は幕臣の身でありながら細川輝元に三好家との内通を進言し、あまつさえ長慶の野望に乗っかって将軍家のすげ替えを謀った!よって上様の命によってここで斬首を命じる!連れて行け!」


「ははっ!」


 その下知を受けた鎧武者たちは麻縄を掛けられた晴経父子を外へと連れて行くべく、その場から強引に引っ立てていった。晴経父子は麻縄を引っ張られてその場から去っていく最中に、上座にて押さえつけられている輝元に助けを乞う様に叫んだ。


「は、放せっ!輝元さま!お助け下され!」


「輝元さま!何卒御助けをぉーっ!!」


 その必死の叫びも(むな)しく晴経父子は鎧武者たちによってその場から引っ立てられて行き、その後洛中の一角にて首を打たれたという…


「…秀高、このわしを殺すのか?」


 やがて晴経父子が去っていった後、その場に残った輝元が秀高に対してそう尋ねると、秀高は押さえつけられている輝元の目の前に立って見下ろしながら言葉を発した。


「まさか?あなたには生きて頂く。ただし、淀城(よどじょう)にてこちらの厳しい監視下に置かせていただく。」


「淀城…?」


 秀高から発せられた単語を聞いて輝元が問い返すと、秀高はその問いかけに首を縦に振って頷いて答えた。


「淀城は(さき)の細川京兆家当主・細川氏綱(ほそかわうじつな)殿の居城。京兆家の当主が住まわれるにはふさわしいとの上様のお言葉です。その代わりあなたの行動は逐一、勝龍寺城主となる浅井政貞(あざいまささだ)と今後落成する伏見城(ふしみじょう)の私とでしっかりと見張りますので、くれぐれもおかしい真似はなさらないように。」


「貴様も、このわしを傀儡にするというのか…」


 輝元が悔しさを顔に滲ませながら秀高を見つめてそう言うと、秀高はしゃがみ込んで輝元と視線を合わせると首を縦に振って答えた。


「その通り。貴方の名声と権威はしっかりとこちらで活用させてもらいます。貴方はしばらくの間は生きてさえくれればいい。それだけでこちらは何の文句はありません。さぁ、輝元殿を淀城へお連れしろ。」


「おう!さぁ、立ちやがれ!」


 秀高の言葉を受けた義秀は華と共に輝元をその場から立たせると、淀城へと護送するべくその場から連れて行こうとした。その時輝元はその場に留まって秀高の方を振り向くと睨みつけた後に一言でこう言った。


「…秀高よ、この恨み忘れはせぬぞ。」


 その言葉を受けた秀高は表情を崩さずに輝元に近づくと、至近距離に近づいて輝元の顔をまじまじと見つめながら言葉を返した。


「恨むなら勝手にすると良い。だが今後おかしなことをしたら、その時こそはお前の命を取る。覚悟しておくんだな。」


 その言葉を受けた輝元は尚も何か言おうとしたが、その言葉を発する前に義秀夫妻によってその場から引きずりだされていった。こうして輝元はその身柄を淀城に送られて、秀高の厳しい監視下に置かれたのである。


「…これで幕府の中の三好派は消えたね。」


 輝元がその場から引きずり出されていった後、秀高の背後に信頼と継意ら家臣たちが近づいて信頼が秀高に声を掛けると、秀高はそれに頷いて答えた。


「あぁ。これで難なく三好家への調略を進められる。政貞、輝元の監視を抜かりないように頼むぞ。」


「ははっ!!」


 秀高から視線を向けられた政貞はその場にかしずいて、秀高の方に視線を向けながら会釈を返した。こうして秀高はここに幕府内部の不安定要素の除去に成功し、ようやく三好家の征討に向けた様々な方策を打ち始めたのであった。





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