1566年7月 ひとまずの帰還
永禄九年(1566年)七月 山城国京
永禄九年七月二十八日。「山崎・天王山の戦い」にて三好長慶の軍勢を撃破した高秀高はこの日、自らの軍勢と合力した浅井高政の軍勢を引き連れて京へと帰還。道中で京の町衆からの手厚い歓迎を受けた後に自らの京屋敷へと帰ったのだった。
「父上、此度のご戦勝、祝着至極に存じまする。」
「おめでとうございます!」
京の秀高屋敷の広間にて、上座に座る秀高に対して祝意の言葉を述べたのは秀高の嫡子である徳玲丸とその弟である熊千代であった。戦より帰ってきて自らの子より労いの言葉を受けた秀高は、微笑みながら首を縦に振って頷いた。
「うん。ありがとう。徳玲丸、熊千代。何とか三好の軍勢を撃破することが出来た。」
「三万四千の軍勢を一万六千の軍勢で撃破するなんて、流石ね秀高。」
と、秀高の傍らで秀高の正室である静姫が口を開いて感想を述べると、それに秀高は首を振り向いて反応した。
「あぁ。今回は事前に拵えさせた野戦築城が大きく役立った。今後の戦の手法の一つとしてはやっていくだろう。」
「でも聞いたよ?山崎村の村民を避難させて村の中に構築したんでしょ?戦が終わった後は大丈夫だったの?」
そう言ったのは静姫とは正反対の位置に座していた秀高の第一正室・玲だった。玲のこの言葉を受けた秀高は玲の方を振り向き、首を縦に振って頷いた後に言葉を発した。
「それについては心配ない。戦後に村長に村を戦に巻き込んだ詫びと山崎村に今後二年の負役・納税の免除を伝えた。その代わりに二年間で村を復興させてほしいと伝えてな。」
「ほう、それは思い切ったことをなさいましたなぁ。」
「それで、山崎村の村長は何と?」
この秀高の方策を聞いてその場に居合わせた木下秀吉・木下秀長の兄弟がそれぞれ言葉にして反応すると、それを聞いた後に秀高が秀吉兄弟の方を振り向いて答えを返した。
「それがものすごく驚いた後に感謝するように頭を下げたんだ。同時に山崎村の村民は俺の恩情を終生忘れないとも言ったんだ。」
「そうなんだ。それなら良かった。」
その言葉を聞いて安堵した玲が微笑みながら頷くと、それを聞いていた熊千代が父である秀高に対してある事を尋ねた。
「しかし父上、上様の御教書の趣旨である三好征伐を、中断してこの京まで引き上げて来て宜しかったのですか?」
その言葉を受けて秀高が熊千代の方に顔を向けると、秀高は微笑んだ後に熊千代に対して言葉を返した。
「心配するな熊千代。何も考え無しで引き上げてきた訳じゃない。」
「熊千代さま、殿は三好家を調略によって切り崩す所存にございまする。」
熊千代に向けて秀高の代わりに言葉を述べたのは、山崎・天王山の戦に従軍した滝川一益である。すると熊千代は一益の言葉を聞くと秀高に向けて率直な疑問を返した。
「調略ですか?城を攻め落とさないので?」
すると秀高は熊千代の問いを受けると、腰に差していた扇を抜いて手に持ちながら、肘掛けに右ひじを置いてもたれかかりながら熊千代に答えを返した。
「…確かに今の状況ならば容易く敵城を攻め落とすことは出来るだろう。だがその後はどうする?三好はその領国で民衆に対して善政を敷いてきた。もし力づくで俺たちがそれを落とせば三好を慕う民衆は悉く反発するだろう。それは三好配下の国衆や家臣も同じだ。」
「そこで秀高は力攻めをする前に、今回の大敗で動揺する三好領内の豪族や家臣に調略を働きかけ、少しでも多く敵を減らそうとしているんだ。」
その秀高の言葉に続いて小高信頼が熊千代に向けて言葉を発した。するとその発言の後に伏見より京の秀高屋敷に戻ってきていた三浦継意が、秀高に対して懸念を表明するように発言した。
「されど、それにどれだけの豪族が応じましょうか…」
「継意の申す通りです!善政を敷く三好ならば調略に応じる家臣は少ないかと!」
「そうとは限りませぬ。」
継意に賛同する様に続けざまに発言した熊千代に対して、即座に否定するように言葉を挟んだのは秀吉であった。秀吉は熊千代の方に顔を向けると、その発言の理由を熊千代に告げた。
「三好家はその出身地である阿波から従う家臣団の忠誠心は高うございまするが、それ以外は旧細川配下の家臣や豪族などが家臣団の半分を占めておりまする。これらを大敗に乗じて切り崩すことが出来れば、三好家に大打撃を与えられましょう。」
「秀吉殿の申す通りです。それに加えて在地の国人や豪族の多い三好家では、一たび本領安堵を約束すれば誘いに乗ってくる者も少なくはないかと。」
秀吉に賛同する様に竹中半兵衛が発言すると、その発言を聞いていた秀高が首を縦に振って頷いた後に、熊千代の方に顔を向けて言葉をかけた。
「そういう事だ熊千代。何も三好家を倒すことをしない訳じゃない。敵の力をできる限り削いだ上で、三好家の息の根を止める。それが俺のやり方だ。」
「なるほど…それが父上のやり方という訳ですか。」
熊千代が真っ直ぐな視線を秀高に向けながら言葉を発すると、秀高はその言葉に頷いて答えた。
「そうだ。それに戦ってみて分かったがあれは並大抵の軍勢じゃない。こちらもしっかりと頭数を揃えた上で征伐に臨まないとな。」
「…やはり先の軍勢制限が響いておりまするか。」
継意が秀高に対して前に細川輝元が将軍・足利義輝の意向だと偽って告げてきた兵数制限の事に関して発言すると、秀高は継意の方を向いて頷いて答えた。
「あぁ。まぁあれは細川輝元の差し金だろうが、そろそろそれもどうにかしないとな。」
「それだぜ秀高。三好を本気で叩くのなら三好と通じている細川輝元をどうにかしなきゃならねぇぜ。」
「そうよ。あの輝元を野放しにするのは余りにも危険だわ。」
秀高に対して大高義秀と華の夫妻がそれぞれに発言すると、秀高は発言してきた華の方を振り向いて微笑みながら返答した。
「ご心配なく華さん。明日にでも上様の所に向かってその件を話し合って来ますけど、俺の中ではある程度の腹案は固まっているんです。」
「父上、その腹案というのは?」
その単語を聞いた徳玲丸が父に対してその意味を問うと、秀高はその場に居合わせた面々の顔をぐるっと見回すように確認した後、一回首を縦に振って頷いた後にこう言った。
「…まぁここにいる皆には先に伝えておくか。皆、俺の所に集まってくれ。」
そう言うと秀高はその場にいた家臣たちを自身の近くに呼び寄せ、小さく円を描くようにして集めた後に家臣一同に向けてその腹案を示した。するとその腹案を聞いた継意が首を縦に振りながら反応すると同時に言葉を発した。
「…なるほど。そうすれば先の調略の成果も大きくなりましょうな。」
「それだけじゃないわ。上手く行けば輝元の手綱を持っておくことも可能ね。」
継意に続いて静姫が秀高に視線を向けながらそう言うと、秀高はその言葉を受けて頷いた後に家臣一同に視線を向けて話した。
「その通りだ。俺は明日それを上様に奏上する。皆は三好家中への調略と同時にこの策の準備にかかってくれ。」
「ははっ!」
その秀高の言葉を受けたその場の家臣一同は、互いに頷いて返事を秀高に返した。こうして今後の三好征討の方針を定めた秀高は家臣たちに調略を任せると共に、その翌日にある事を頼みに義輝の御所へと向かって行ったのである。