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1566年7月 山崎・天王山の戦い<一>



永禄九年(1566年)七月 山城国(やましろのくに)大山崎(おおやまざき)




 永禄(えいろく)九年七月二十四日午前。ここ大山崎の地にて高秀高(こうのひでたか)浅井高政(あざいたかまさ)連合軍一万六千対三好長慶(みよしながよし)勢三万四千が遂に激突した。その一番手の先陣を切ったのは三好勢にて、一段目右翼に展開する小笠原成助(おがさわらなりすけ)勢三千五百が今、目前に広がる秀高勢が構築した土塁へと攻め掛かろうとしていた。


「良いか!我らが主・三好長慶に愚かにも牙を()いた、高秀高に天誅を下すのだ!!かかれぇ!!」


 成助が馬上より軍配を奮って下知を下すと、その命に応じた足軽たちは片や刀や槍を手に持ち、またある足軽は柵を引きずり倒す鉤縄(かぎなわ)を持って目の前に広がる土塁へと攻め掛かっていった。この迫りくる様子を土塁の上に置かれた柵の裏側から見ていた(はな)は、傍らにいた大高義秀(だいこうよしひで)に対して話しかけた。


「…ヨシくん、来たわ。」


「あぁ。華、鉄砲隊と弓隊を構えさせろ。」


 義秀の下知を受けた華は頷いて答えると、柵の裏手に潜んでいた鉄砲隊と弓隊に向けて目配せをした。するとそれを受けた鉄砲隊と弓隊は土塁の上の柵の裏に上がると、迫りくる三好勢に向けて弓や鉄砲の銃口を向けた。その様子を見た義秀は目の前から来る三好勢を睨みつけながら左手を上げると、一気に振り下ろして叫んだ。


「…撃てぇ!!」


 この義秀の号令と同時に、弓隊と鉄砲隊はそれぞれ三好勢に対して矢弾を放った。放たれた矢弾は三好勢の足軽たちに次々と吸い込まれるように命中し、攻撃を受けた三好勢の足軽たちは土塁を目の前にバタバタと倒れていった。その光景を馬上で見ていた成助は足踏みする足軽たちに対して督戦した。


「えぇい、怯むな!撃ってくる矢弾には限りがある!数の有利を活かして押し進め!!」


 その言葉を受けた足軽たちは狼狽(うろた)えながらも目の前の土塁に対して攻め掛かっていった。しかし成助の言葉とは違い土塁から限りなく放たれる矢弾の前に、三好勢の足軽たちは一人、また一人と続々と倒れていった。


「殿!桂川(かつらがわ)方向の土塁にも敵が攻め掛かって参りました!寄せ手は三箇頼照(さんがよりてる)勢三千五百ほど!」


 一方、柵の裏手で指揮を執っていた義秀の元に家臣の桑山重晴(くわやましげはる)が駆けてきて報告を告げた。それを振り返って聞いた義秀は即座に頷いて答えた。


「分かったぜ!氏規(うじのり)、俺たちは自分の部隊の所に戻る。ここは信頼(のぶより)とお前に任せるぜ。」


「はっ、お任せを。」


 秀高本陣の前に部隊を構えていた北条氏規(ほうじょううじのり)小高信頼(しょうこうのぶより)に対して一任する様に義秀が言うと、それを氏規は頷いて答え、それを聞いた義秀は華と共に自身の部隊がある方面へと帰っていった。そして義秀から指揮を託された氏規は土塁の柵の裏手から味方に対して呼び掛けた。


「者ども、矢弾のことは気にするな!今は眼前から迫り来る敵に向けて撃ち掛けよ!」


「おう!」


 この氏規の言葉を受けた将兵たちは、迫ってくる三好勢に対して次々と矢弾を浴びせていった。三好勢は所々で土塁の前までたどり着いた者もいたが、殆どの足軽たちはこの際限なく放たれる矢弾の前になすすべもなく倒されていった。


「馬鹿な…敵の矢弾は底知らずか!?これでは土手に取り付くこともままならぬ!」


 その様子を馬上の上から見て、成助が狼狽えながら言葉を発すると、その場に一騎の早馬が到着して成助に報告した。


「殿!ご舎弟殿が土塁に取り付き、僅かな供周りと共に柵を乗り越えたとの事!」


「おぉっ!成孝(なりたか)がやったか!!」


 それまでの重い空気を一変させる報告を聞いた成助は喜び、目の前の土塁の方向を見た。見ると一か所だけ柵を薙ぎ倒して土塁の中に駆け込む味方の姿が見え、この様子を見た成助は気を取り直すように微笑んだ。その視線の先にあった方角では、三好勢の足軽たちが矢弾の中を掻い潜って土塁の裏へと進入し、先陣を切っていた一人の侍大将が秀高勢の目の前で名乗りを上げた。


阿波一宮(あわいちのみや)城主・小笠原成助が弟、小笠原成孝(おがさわらなりたか)一番乗り!敵将、出会え出会え!」


 成孝が勇んで名乗りを上げたその直後、秀高勢の中から突如として割って入ってきた一人の武将が一閃で成孝の胴体を槍で貫き、この突きを受けた成孝は苦悶の表情を浮かべながら声も上げずにその場に槍を落とした。


「はっ、久々に我らが武功を立てる機会を得て、いざ敵が目の前に現れたと思えばこの程度か!三好の侍どもなど物の数ではないわ!」


 そう言うとその武将は勢いよく成孝の胴体から槍を引き抜くと、その場に立っていた成孝に対して蹴りを入れて蹴飛ばした。すると武将は槍の切っ先に付いた血を拭う様にその場で一振りすると、目の前で成孝を討ち取られて茫然とする三好勢に対して名乗りを上げた。


「よく聞け!我こそは北条氏規が一門、地黄八幡(じきはちまん)北条綱成(ほうじょうつなしげ)じゃ!畿内(きない)の青侍ども、我が武勇を見よ!!」


 この綱成の名乗りを受けた秀高勢は、声を上げて気勢を示すと侵入した三好勢を打ち倒すべく得物を片手に襲い掛かった。勇んで侵入した成孝が呆気なく討ち取られた三好勢は気勢を上げた秀高勢の前に次々と討ち取られていったのである。


「とっ、殿!ご舎弟様が討ち取られました!!」


 その顛末はすぐにも成助の元に届けられた。先ほど柵を越えたとの報告を受けてからしばらくもたっていないこの報告を受けて、馬上で成助は大きな動揺を受けた。


「何っ、柵を乗り越えたとの報告を受けたばかりだぞ!一体何があった!?」


 するとその時、目の前にて成助に報告した早馬が銃弾を受けて馬上から落馬した。その様子を見た成助は沸々と湧きあがる様に怒りを見せると、腰に差していた刀を抜いて馬上から声を上げた。


「おのれ…成り上がりの秀高に目にもの見せてくれる!突撃せよ!」


 そう言うと成助は手綱を引いて馬を駆けさせ、目の前にあった土塁へと攻め込んでいった。それに成助の周囲にいた足軽たちも付き従って攻め込んだが、放たれる矢弾の前に続々と打ち倒されていき、遂には馬上の成助に対しても一発の銃弾が命中した。


「あぁっ…と、殿ぉぉ…」


 その銃弾を受けると成助はか細い(うめ)き声を上げると、ゆっくりと馬上から落ちてその場に転ぶ死体の中に落馬した。この呆気もなく討ち取られた様子は、成助勢と反対側の土塁を攻めていた三箇頼照(さんがよりてる)の元に届けられた。


「頼照様!右翼の小笠原勢総崩れ!小笠原成助殿、弟の成孝殿共に討死!」


「成助殿が討たれたと申すのか!?」


 成助勢同様、目の前の土塁を打ち崩せない頼照の元に届けられたこの情報を聞いて、頼照は大きく動揺した。するとさらにそこで早馬がやってきて味方の苦戦を頼照に報告した。


「と、殿!お味方依然柵を突き崩せず、敵の矢玉の前に倒れていきまする!」


「くっ、もはやこれまでか…ええい引け!」


 もはや寄せ手に利あらずと悟った頼照は、軍配を振って味方に撤退を下知した。この下知を受けて頼照配下の将兵はぞろぞろと戦場を離脱していき、ここに三好勢先陣は呆気もなく壊滅したのであった。


「…よし、撃ち方止め!次の備えが来るまで弾込めと火薬の補充を行っておけ!」


 頼照勢の撤退を自身の備えの場所で見ていた義秀は、味方に射撃を止めさせると次に備えて弾薬の装填を命じた。するとそれまでの戦いを目に焼き付けていた華が、義秀に対して言葉をかけた。


「まずは一段目を凌いだわね。」


 すると義秀は華の方を振り向いて兜の眉庇(まびさし)を上げて視線を華の方に向けると、こくりと頷いて言葉を返した。


「あぁ。だがもし三好長慶に才能があるのなら、きっと攻め方を変えてくるはずだぜ。」


「攻め方を変える?いったいどのように?」


 義秀の言葉を聞いて重晴が声を発すると、ふと義秀はある方向を見つめた後、何かを閃いたように重晴の方を振り返ってこう指示した。


「…重晴、直ぐに秀高の本陣に向かってこう報告してくれ。おそらく三好の狙いは——」




「兄者!我が勢の一段目が破られたとの事!右翼の小笠原成助殿、弟の成孝殿相揃って戦死!三箇頼照殿敗走!」


 一方、三好勢後方の三好長慶の元には先陣の潰走が告げられ、前線にて顛末を見てきた安宅冬康(あたぎふゆやす)からの報告を受けた長慶は馬上で軍配を持ちながら、冷ややかな顔で言葉を発した。


「…やはり平押しでは駄目か。分かった。貞長(さだなが)、」


「はっ!」


 長慶はその場にいた家臣の鳥養貞長(とりかいさだなが)の方を振り向くと、貞長に対して自身の下知を伝えた。


「二段目の三好宗渭(みよしそうい)三好長逸(みよしながゆき)が軍勢に下知を告げよ。「前面の土塁を攻めず、天王山(てんのうざん)を攻め取れ」と。」


「承知いたしました!」


 この長慶の下知を受け取った貞長は馬首を返すと、宗渭や長逸の備えの方角に向かって馬を走らせていった。その下知を隣で聞いていた三好康長(みよしやすなが)が長慶に向けて語り掛けた。


「天王山を攻め取ると?」


「おそらくこのまま前面の土塁を攻めても分が悪かろう。ならばここはあえて山上の天王山砦を取り、そこから逆落としで秀高本陣を衝く。」


「なるほど…それならば前面の土塁の意味は無くなりまするな。」


 長慶の考えを聞いて三好義興(みよしよしおき)が返事を返すと、長慶はこくりと頷いて冷静な面持ちで眼前の土塁の方を見た。長慶にとっては先陣を破られたところで戦の大勢が変わったわけではなく、逆に敵の急所を突けば秀高勢は瓦解するという考えであった。その考えを元にして三好勢は次なる攻撃を仕掛けたのである。





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