１５６６年７月 大山崎にて
永禄九年（１５６６年）七月 山城国大山崎
永禄九年七月二十三日夕刻。三好長慶率いる三好軍を迎え撃つべく大山崎の地に布陣する高秀高・浅井高政が軍勢一万三千の元に、若狭より入京してきた大高義秀勢三千が合流。山崎村の東端・東黒門の付近に置かれていた秀高勢の本陣内にて、秀高は義秀らを迎えて軍議を開いていた。
「…細川輝元が？」
本陣の帳の中で秀高が義秀より報告を受けると口に出して反応した。すると義秀は傍らの床几に腰かける華の方に視線を向けながら秀高に対して言葉の続きを述べた。
「あぁ。俺たちの軍勢を見るなり引き留めようとしやがったからな。押し切ってここまで来てやったぜ。」
「…義秀殿、仮にも輝元は京兆家の当主。その様な無茶を聞いて我ら心底穏やかではありませぬぞ。」
と、そんな義秀の言葉を聞いてこの戦に参陣していた北条氏規が義秀に向けてそう言った。すると義秀はその氏規の言葉を受けて高らかに笑い飛ばした上で返答した。
「はっはっはっ、まぁあれがもし三好と通じているのなら、俺らの加勢はもう三好長慶の元に届いているだろうよ。」
すると、その言葉を上座の位置で聞いていた秀高は、ふっとほくそ笑んだ後に義秀の言葉に首を振って相づちを打った後に口を開いた。
「あぁ。だが三好勢を迎え撃つ前にこちらの兵力が足りない今の状況では、お前の参陣は百人力ともいえる。改めてありがとう。」
「おう！この鬼大高、隻眼になっても伊達じゃねぇことを思い知らせてやるぜ。」
秀高の言葉を聞いて義秀が自身の胸をポンと叩いた上でこう返事をすると、その言葉の後に滝川一益が秀高に向けて尋ねた。
「…それで殿、戦場の戦準備は如何程で？」
この一益の言葉を受けた秀高は、目の前の机の上に広がる絵図を指し示しながら、その場にいる義秀ら家臣たちに分かるように説明し始めた。
「あぁ。高政殿の報告によれば、山崎村の村民たちは勝龍寺方面に退去し、街道筋に点在する家屋を順次破却しているとの事だ。今夜中には空堀と土手、そして柵を作り始める手はずとなっている。」
「おい、村民の退去ってどういう事だ？」
「それについてはこの私が説明いたします。」
と、そんな義秀の疑問を受けて発言したのはこの陣中に参陣していた竹中半兵衛であった。半兵衛は秀高の方に視線を送って目配せを行った後、床几から立ち上がって義秀に向けて絵図を指し示しながら説明した。
「三好勢が京を目指すとなれば、在陣する芥川山城より西国街道を伝って京を目指すはず。そこで我らはこの天王山と桂川に挟まれた細長い山崎村の中間に陣取り、そこを封鎖する様にして敵を待ち構えます。」
「なるほど？この僅かに広がる平野を封鎖するように布陣すれば、敵は細長く隊列が伸びる上にこちらはそれを各個撃破すれば良いだけって訳か。」
義秀がそう言いながら上座の秀高の方に向けて視線を送ると、その視線を感じた秀高はそれに頷いて答えた後に口を開いた。
「そうだ。それに三好は数が多い。この様に布陣すれば敵は多勢の利を活かすことは出来ない。」
「その通りにございます。そこで山崎村の村民たちに戦になる事を事前に伝え、同時に戦の後の補償を行うと伝えた所、山崎村の村長共々好意的に従い一時的に村を離れる事と相成ったのです。」
秀高の発言の後に半兵衛がこう説明すると、その説明を聞いた義秀は納得するように首を深く頷いて答えた。
「なるほどな…だがよ、三好長慶は馬鹿じゃないだろう？おそらく川向こうにある石清水八幡宮の木津川沿いから伏見に抜けてくることも考えられるぜ？」
「その可能性は少ないと思うよ。」
「どうしてだ？」
この義秀の懸念を聞いて小高信頼が即座に否定すると、信頼は自身に顔を向けた義秀に対してその理由を述べた。
「伊助からの報告では、三好勢は各地で蜂起した対抗勢力に対処するために戦力を分散したらしいけど、長慶はそれらに戦力を分散するだけで石清水八幡宮方面への派兵の動きは見られないとのことなんだ。これはそこまでする余力が無いのか、それとも…」
「こちらを圧倒的な戦力でねじ伏せる為にわざとそうしないという事ね。」
この信頼の発言を聞いて意図を見抜いた華がそう発言すると、華は目の前に広がる絵図をじっくりと見つめながら秀高の方に視線を向けて語り掛けた。
「でももし、長慶の腹積もりがそうだとしたら、こちらとしては願ったり叶ったりな状況じゃないかしら？」
「えぇ。もし三好全軍がこの大山崎に押し出してくるのならば、こちらはただ迎え撃つだけです。為景、天王山の備えはどうだ？」
と、秀高は華の言葉を受けて相槌を打った後、天王山にて三好勢迎撃の準備を進めていた佐治為景に向けて仔細を尋ねた。すると尋ねられた為景は秀高の方に顔を向けると、自信に満ちた表情を見せた上で返答した。
「万事整っておりまする。すでに柵や土手の構築は終え、陣内に弓鉄砲などの飛び道具や矢玉などの弾薬もそろっておりまする。」
「そうか。天王山は今回の戦で要衝となる地だ。一益の軍勢と共に守備に務めてくれ。」
「ははっ！！」
秀高の言葉を受けて為景が返事を返すと、そこに忍びの伊助が三好勢の動向を探ってきてその場に颯爽と現れた。
「殿！三好勢の動きを掴んで参りました！」
「そうか！三好勢の様子はどうだ！？」
伊助の言葉に喜んだ秀高が声を上げると、伊助は秀高やその場の諸将に対して報告を告げた。
「三好軍総勢五万の内、方々へ分散した手勢を除いた約三万四千、明日午前にも芥川山を出立して全軍でこの大山崎に押し出してくる模様！！」
「なんと、三好全軍がこの大山崎に！？」
その報告を聞いてその軍議に参列していた佐治為興が反応して声を上げると、この報告を聞いて義秀が秀高の方を振り返りながら言葉を発した。
「もしそうだとしたら、俺たちは何の心配もなく迎え撃つだけだな。」
「その通りだ。よし、皆聞いてくれ。これより明日の陣立てを伝える。各将はその指示に従って三好勢の迎撃してもらいたい。」
「ははっ！！」
諸将よりその返事を聞いた秀高はその場で諸将に陣立てを伝えた。その後諸将は浅井高政の軍勢と共に各々の所定の位置に付き、明日姿を現す三好勢を迎え撃つ準備を整えたのである。
