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1566年7月 大高勢入京



永禄九年(1566年)七月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 その頃、三好長慶(みよしながよし)が目指す京の洛中(らくちゅう)にて、将軍御所に向かう一団がいた。この者らは細川京兆家(ほそかわけいちょうけ)の当主であり三好家の間者として活動する細川輝元(ほそかわてるもと)と、細川晴経(ほそかわはるつね)輝経(てるつね)父子である。彼らはややこわばった表情をしながら、そそくさとした足取りで将軍御所の方角に歩いて向かっていた。


「輝元さま、まさか勝龍寺(しょうりゅうじ)(よど)高秀高(こうのひでたか)によって容易く攻め落とされるとは…」


「のみならず、その日の内に真木島輝元(まきしまてるもと)が秀高によって殺害されたと聞きますぞ。噂によれば輝元殿の内通が秀高に露見していたとか…」


 将軍御所へ足早に進む輝元の背後で晴経・輝経父子が懸念を示すように口々に話すと、それを聞いて(いきどお)った輝元が後ろを振り返って二人を叱りつけた。


「狼狽えるでない!」


 輝元の子の一喝を受けて晴経父子が驚くと、輝元は不安そうな表情をしている晴経父子に対して大いに威張った。


「秀高がいかな策を弄そうとも、長慶殿の兵力の前では無意味!いずれ奴は長慶殿の前に敗れ去るのだ!」


 そんな威張りを受けても心の不安が解消されない晴経父子は、周囲の目を気にしながら輝元に近づいて声量を少なくして言葉を返した。


「されどもし、長慶殿の軍勢敗れたとあらば…我らの身も危ういのでは?」


「聞けば秀高は独自の忍び衆を抱え、各地の情報を事細かに収集しておるとか。もしかすれば我らの事も…」


 晴経に続いて子の輝経が言葉を発すると、その意見を受けて輝元は後ろを振り返り、地面を見つめながら険しい表情を見せて語った。


「…いかに我らの事情を知っていようとも、秀高に我らを殺すことは出来ぬ。我らは格式高い京兆家の人間なのだぞ!?たとえ将軍であってもその身分を害することは出来ぬ!」


 そう言って輝元は前を向いて再び歩みを進めた。それを見て晴経父子も輝元の後を追うように歩き始めると、その時輝元の視線の先から旗指物を掲げた一つの軍勢が視界に入ってきた。


「ん?あれは…」


 見るとその軍勢は騎馬武者によって構成されていたが、中には火縄銃(ひなわじゅう)を馬の鞍に付けられた長い鞘に納めた武者もおり、その軍勢が掲げる旗指物には高秀高の家紋である「丸に違い鷹の羽まるにちがいたかのはね」ともう一つ、輝元らには見慣れない家紋が刻まれていた。


「そこの軍勢とまれ!!ここは洛中である!!」


 その軍勢の姿を見た輝元が近づき、声を掛けて呼び止めるとその軍勢の先頭を馬に乗って進んでいた一人の武将が、輝元の姿を見て声を上げて反応した。


「ん?あぁ、京兆家の輝元殿か。」


「貴様…高家の大高義秀(だいこうよしひで)か。」


 輝元に対して声を掛けて来た武将の姿を知っていた輝元は、その名を呼んで嫌悪感を(にじ)ませながら見つめた。そう。この軍勢こそ若狭(わかさ)より遠路はるばる参陣してきた大高義秀の軍勢三千で、旗指物には大高義秀が家紋に指定した「沢瀉(おもだか)」の文様が刻まれていた。


「無礼者!下馬して輝元殿に挨拶せよ!!」


 そんな義秀に対して輝元の後方にいた晴経が声を上げると、義秀の後方の馬に乗っていた(はな)桑山重晴(くわやましげはる)小出重政(こいでしげまさ)などの家臣の方を振り返った後に、兜の眉庇(まびさし)を上げて輝元らに返答した。


「いやぁ申し訳ねぇが、俺たちはこれから戦に向かうんだ。馬上の上からの挨拶は申し訳ねぇとは思うがな。」


「これは異なことを!貴殿は将軍家のご意向を知らんのか!?」


 と、義秀の言葉を聞いた輝経が反応して声を上げると、それに続いて父の晴経が義秀に対して将軍家の意向という物を伝えた。


「上様は秀高殿が、伏見城(ふしみじょう)築城に多大な人夫を動員していることを受けて、秀高殿に対して三好征伐は京に残る兵力のみで行うべしと仰せになられたのだ!!」


「はぁ?本当に上様がそんなことを言ったのか?」


 その突拍子もない内容を聞いた義秀が手にしていた槍の柄を肩にかけ、あきれるような反応を見せて聞き返すと、その反応を見た晴経が怒って詰め寄った。


「無礼な!上様の意向を何と思われる!!」


「…大高殿。上様の意向に逆らわぬ為にも、ここは速やかにお引き上げを。」


 声を上げて詰め寄った晴経の脇で、務めて冷静に輝元が撤退を促すと、それを聞いた義秀が鼻で笑って直ぐに言葉を返した。


「はっ、そんなことを言われて引き下がると思ってんのか?」


 そう言うと義秀は馬の手綱を引いて馬首を返すと、目の前にいる輝元たちに対して馬上から言葉を返した。


「そもそも三好は俺たちより強大だ。上様も武家の端くれならそれが不可能な相手だって事くらいは分かってるはずだぜ。」


「それに先ほどからあなた方の話を聞いていると、どうしてもヒデくんの兵力を減らしたい何かがあるようですが?」


 義秀の脇から華が馬上で言葉を返すと、これを聞いた輝元が華に視線を向けると、突如として青筋を立てながら詰め寄った。


「…女子がわしに口答えするのか?わしは京兆家の主であるぞ!!」


 そう言って輝元が馬上の華に近づこうとすると、それを見た義秀が輝元の目の前に槍を突き出し、近づこうとした輝元を止めさせて言葉を投げかけた。


「おっとうちの妻に手出しはさせねぇぜ?」


「義秀…貴様…」


 槍を突き出してきた義秀に対して輝元が睨みつけるような視線を向けると、義秀はその視線を意に介さずにニヤリと笑いながら言葉を続けた。


「まぁ風の噂だがてめぇは裏で三好と繋がってるって噂もある。もしそうだとすればさっきの意味不明な申し出も理解できるぜ。秀高の全軍が向かえばさしもの三好も辛いだろうからな。」


「無礼であろう!!口を慎まれよ!!」


「うるせぇ!今は俺が輝元と喋ってんだろうが!!」


 輝元を助けようと口を挟んだ晴経に対して、義秀は声を荒げて怒鳴りつけた。この怒鳴りを受けた晴経はたじろぐ様に一歩下がり、それを見た義秀は輝元の目の前に突き出した槍を下げて輝元にこう語り掛けた。


「…なぁ輝元?もし本当にてめぇが三好と通じているのなら、ここで見逃すわけにはいかねぇな?」


 すると今までの振る舞いを受けて怒りをこらえきれない輝元が、義秀に厳しい目を向けながら険しい口調で義秀に言い放った。


「この下郎が…このような事許されると思っておるのか?」


「敵に通じている奴に言われたくねぇな。」


 輝元の言葉に義秀が即座に返答すると、義秀の脇にいた華が前に進んで輝元にこう語った。


「輝元殿?もしこのまま三好と通じているが露呈すれば、さしもの京兆家とて無事ではないでしょう。」


「それはわしを脅しているのか?」


 華の方に視線を向けて輝元が言葉を発すると、義秀は輝元の言葉を聞くと首をひねって輝元に返答した。


「さぁ?それはてめぇの感性に任せるぜ。ともかくてめぇとここで話しているほど暇じゃねぇ。俺たちは秀高の所に向かわせてもらうぜ。」


「待たれよ!大高殿!!」


 そう言って馬を進めた義秀らの姿を見て輝経が呼び止めるように語りかけたが、義秀らはその呼びかけを意に介さずに軍勢を率いて進み、その遠ざかっていく後姿を輝元や晴経父子は睨みつけるように見送ったのであった。




「…かなり殿の事を睨んでおりましたぞ。」


 やがて輝元らから遠ざかった後、家臣の重晴が義秀に馬を近づけて語り掛けると義秀はそれを一笑に付した後に答えた。


「はっはっはっ、そりゃあそうだ。あんだけ言われたら誰だって腹が立つさ。」


「でもこれで、輝元は三好に連絡を取るでしょうね。」


 華が後方を振り返りながらそう言うと、義秀も馬上から後方を振り返った後にその視線の先にいるであろう輝元の姿を思い浮かべながら、一言で端的に語った。


「まぁ、それをやったらもう奴は終わりだな。」


「細川京兆家の当主が…何とも情けない!」


 この義秀の言葉を受けて重政が反応すると、それを聞いた義秀が重政の方を振り返って吐き捨てるように言葉を返した。


「過去の栄光に(すが)る奴ほど、見苦しい物はないぜ。」


「殿、このことは秀高様に?」


「勿論だ。合流したらすぐに伝えてやるぜ。」


 尋ねてきた重晴の問いに義秀は答えると、義秀らはそのまま馬を進めて一路秀高が陣取る大山崎(おおやまざき)の地へと向かって行った。ここに秀高の元には大高義秀の援軍が加わり、ここに両軍双方の戦力が大山崎近辺に揃おうとしていたのである…。





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