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1566年7月 思惑崩れる



永禄九年(1566年)七月 河内国(かわちのくに)飯盛山城(いいもりやまじょう)




 永禄(えいろく)九年七月二十二日。高秀高(こうのひでたか)三好長慶(みよしながよし)征討の御教書(みぎょうしょ)を受けてからしばらく経ったこの日、長慶の居城である飯盛山城には、三好家の本国である阿波(あわ)讃岐(さぬき)淡路(あわじ)から軍勢が参集し、ここ飯盛山城で長慶同席のもと軍議が開かれていた。


「者ども、よくぞ集まってくれた。」


 飯盛山城の本丸にある館の中に置かれた広間にて、上座に置かれた床几(しょうぎ)に座る長慶が参集した諸将に対して声を掛けた。するとそれに対して参集した諸将の中から阿波(あわ)上桜(うえざくら)城主・篠原長房(しのはらながふさ)が反応して声を上げた。


「いえ、殿のご下命とあらばこの篠原長房、どこまでも馳せ参じまするぞ。」


 この長房の発言を上座で聞いていた長慶は、その発言に対して首を縦に振って頷いた。


「その言葉、ありがたく思う。さて、今日ここに皆を集めたのは余の儀に(あら)ず。足利義輝(あしかがよしてる)が我らを征討すべしとの御教書を発し、事もあろうにそれを成り上がりの高秀高に下げ渡したとの事だ。」


 長慶自らが経緯を踏まえた上で諸将に対して説明するように語りかけ、下座にて座る諸将たちはそれを黙って聞き入っていた。その中で長慶は更に言葉を続けた。


「たかが尾張(おわり)の田舎者、それにどこの馬の骨とも知らぬ奴に御教書を下げ渡すなど言語道断!もはやそのような将軍を奉じるなど我慢がならぬ。よってここに我らは足利義輝、並びに高秀高へ宣戦を布告し彼奴等(きゃつら)(みやこ)より叩き出す!」


「おぉ、いよいよ三好の真の力を見せる時が来たのですな。」


 長慶の勇ましい発言を聞いて一門の三好康長(みよしやすなが)が反応して言葉を発すると、それを聞いて長慶は首を縦に振って答えた。


「うむ。その為にもまずは今後の方針を皆に伝えておこうと思う。長逸(ながゆき)。」


「ははっ!」


 この長慶の言葉を受けて三好長逸(みよしながゆき)が答えると、その場にいた三好宗渭(みよしそうい)と共に左右に別れた諸将の真ん中に机を(こしら)えると、その上に(みやこ)がある山城(やましろ)南西部の絵図を広げて長逸自らが諸将に対して今後の方針を説明し始めた。


「我らが軍勢、今日夕刻にも飯盛山城を出立し、まずは大山崎(おおやまざき)を越えて勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)へと入城。そこで夜を過ごした後は桂川(かつらがわ)を渡河し秀高の居城がある伏見(ふしみ)を攻め落とす!」


 長逸はそう言った後に伏見の文字が書かれた箇所を拳でドンと力強く叩くと、諸将の反応を片目で見ながら言葉を続けた。


「その後、首尾よく伏見を攻め落とした後はそのまま北上し将軍御所を急襲。足利義輝を将軍御所から叩き出して四国より招いた足利義栄(あしかがよしひで)殿にお入り頂く。これが上手く行けばさしもの朝廷も義栄殿に将軍宣下の(みことのり)を遣わすに相違ない!」


 この長逸の言葉を聞いた長慶は、ふと視線を自身の隣に置かれた床几に座る一人の人物の方に向けた。その人物こそ長慶らが四国より招き寄せた足利義栄その人にて、義栄は長慶の隣で小さく居座っていた。その義栄の姿を見た後、長慶は諸将の方に視線を再び向けて自ら補足を付け足すように口を開いた。


「…それと同時に幕府側に寝返った松永(まつなが)兄弟を牽制すべく、大和(やまと)筒井(つつい)越智(おち)らを(けしか)けて多聞山城(たもんやまじょう)に攻め入らせ、丹波(たんば)黒井(くろい)萩野直正(おぎのなおまさ)内藤宗勝(ないとうむねかつ)を攻めさせる手筈となっておる。」


「松永久秀に内藤宗勝…今度こそ息の根を止めてくれるわ。」


 この長慶の言葉を聞いて安宅冬康(あたぎふゆやす)が意気込むように発言すると、その言葉を聞いた後に長慶は再び口を開いた。


「それらが片付けば畿内は我らの物。細川輝元(ほそかわてるもと)管領(かんれい)に推任した上で今度は高秀高征伐の御教書を出させる。これで秀高の息の根を止める事も叶おう。」


 長慶の目論見をすべて聞いた諸将は、各々顔を見つめながら頷きあった。するとその中で長慶の嫡子である三好義興(みよしよしおき)が父の方に姿勢を向け、一つ懸念を口に出して話しかけた。


「しかし父上、物見の報告によれば紀伊(きい)播磨(はりま)に挙兵の動きあるとか…?」


 この義興の懸念を聞いた長慶はそれを聞くと、ふっと鼻で笑って一笑に付した後に義興の方を振り返って言葉を返した。


「案ずるな義興。それらは全て裏で義輝が糸を引いているに相違ない。肝心の義輝が追放されれば挙兵に意味など無くなる。そうなった後にその者どもを一網打尽に攻め滅ぼしてくれる。」


「そのためにも、まずは今日の内に山城(やましろ)に入りませぬとな。」


 長慶に対して康長がこう発言すると、その康長を一目見た後に長慶に対して長逸が絵図を指し示しながら発言した。


「既に我が息子・長虎(ながとら)が勝龍寺城にて防備を固め、対岸の(よど)も康長殿のご子息、三好康俊(みよしやすとし)殿が守備しておりまする。彼らに任せておけば万事抜かりはないと存じまする。」


「ご注進、ご注進!!」


 とその時、その場の空気を切り裂くように一人の早馬が駆け込んできた。息も絶え絶えに走って駆けこんだ早馬に対して視線を向けた諸将に、早馬はその場の上座に座る長慶に対して驚きの報告を申し述べた。


「しょ、勝龍寺城、並びに淀城が今朝、秀高勢の強襲を受けて双方とも落城いたしました!!」


「何っ!?勝龍寺城と淀城が!?」


 この反応に誰よりも驚いたのは長逸である。長逸はガタっと立ち上がって大きく驚くと、早馬は息を荒げながらも長慶に対して報告の続きを述べた。


「これによって勝龍寺城代・三好長虎殿、並びに淀城代・三好康俊殿、共に行き方知れず…!」


「な、長虎が…」


 この早馬の報告を聞いた長逸は力が抜けたように自身の床几にゆっくりと座り込んだ。その一方で上座の長慶は厳しい表情を見せながらも黙って報告を受け、反対に居並ぶ諸将の中からどよめきが起こり始めた。するとその空気の中に冬康の一子・安宅信康(あたぎのぶやす)が駆け込んできた。


「殿っ!!先ほど槙島城(まきしまじょう)の手の者が参り、真木島輝元(まきしまてるもと)殿が秀高の陣中にて斬殺されたと!!」


 この報告を受けてさすがの長慶も眉を動かして反応し顔を上げて信康の顔を見つめた。そしてその報告を受けた冬康が兄・長慶に代わって信康に言葉を返した。


「真木島輝元が!?何故(なにゆえ)そうなったのだ!?」


「はっ、それが…」


 そして信康は早馬から聞いたそのいきさつ全てをその場の諸将に対して報告した。その報告を受けてその場にいた諸将は色を失ったように黙りかえり、一方の長慶もまた絵図を見つめながらも茫然とするように見つめていたのだった。





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