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1566年7月 久秀と高政の進言



永禄九年(1566年)七月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




久秀(ひさひで)殿、兵力差が無くなるというのは本当ですか?」


 高秀高(こうのひでたか)が目の前に座る松永久秀(まつながひさひで)から発せられた、兵力差が無くなるという言葉を受けて反応を示した。その反応は下座に控える家臣たちも同じような反応を見せ、久秀はその驚きの中で秀高に言葉の続きを述べた。


「秀高殿、確かに三好は強大にてその版図は畿内を中心に十二カ国に広がり、動員できる兵数は五万を優に超えまする。されど…」


 久秀は秀高に向けてそう言うと、視線を円の真ん中に置かれている絵図の方に向けながら言葉を続けた。


「その版図の大きさに比例する様に、周囲には数多の敵を抱えており申す。御免。」


 久秀はこう言うと小高信頼(しょうこうのぶより)から指示棒(さしぼう)を貰い受けて絵図の方に姿勢を向け、絵図に書き記された地名を指しながら秀高に向けて説明を始めた。


「まずは紀伊(きい)畠山高政(はたけやまたかまさ)遊佐信教(ゆさのぶのり)。かの者らは数年前の教興寺(きょうこうじ)の戦いで敗北して以降、紀伊南部の山奥に遁走しておりましたが、近頃は安見宗房(やすみむねふさ)と図って三好へ反攻を企図しておりまする。」




 この畠山高政、かつて明応(めいおう)の政変の際に細川政元(ほそかわまさもと)によって排除された畠山政長(はたけやままさなが)曾孫(ひまご)にあたる。時を経て三好家によって幾度も敗北を重ねていたものの滅亡までには至らず、しぶとく生き残って紀伊の山奥でその命脈を保っていたのである。




「畠山と言えばかつて三管領(さんかんれい)の一家に数えられた名家。三好家に敗れたとはいえどその名声を慕う者はまだまだいるかと。」


 久秀の進言の後に佐治為景(さじためかげ)が反応して秀高に言葉を発すると、それを聞いていた久秀が頷いて答えた後に秀高に向けて言葉を続けた。


「如何にも。この畠山に秀高殿や上様の名を記した御教書を発布させれば畠山は喜んで挙兵いたしましょう。」


「分かりました。その事を直ちに上様に上奏しましょう。」


 久秀の意見を聞き入れた秀高は二つ返事で承諾し、畠山・遊佐らへの挙兵要請を聞き入れたのであった。それを聞いた久秀は続いての目星となる勢力がある箇所を指し示しながら秀高に説明した。


「それと紀伊で有力なのは雑賀衆(さいかしゅう)根来衆(ねごろしゅう)。かの者らは鉄砲で武装された傭兵集団なれどその戦力は強大。これの力を得ることが出来れば畠山と共に三好の後背を脅かすことも出来ましょう。」


「雑賀衆に根来衆か…。」




 紀伊北部において自治勢力としてその名を馳せていた雑賀・根来の両衆。その強みは何といっても鉄砲の主産地の一つである紀州の利点を存分に活かした鉄砲隊の存在であった。雑賀・根来の高度な手練れが揃う鉄砲隊は傭兵集団として名をはせ、事実この数年前に久米田(くめだ)の戦いにおいて三好長慶(みよしながよし)の実弟・三好実休(みよしじっきゅう)を討ち取る戦果を上げていたのである。




「殿、ここは本願寺(ほんがんじ)顕如(けんにょ)座主(ざす)に書状を送られては如何にございますか?雑賀衆の頭目・鈴木佐太夫(すずきさだゆう)殿は浄土真宗(じょうどしんしゅう)の信徒。顕如座主の口添えがあれば喜んで挙兵いたすかと。」


 久秀の口から出た雑賀衆という単語を聞いてこう進言したのは、客将の本多正信(ほんだまさのぶ)であった。浄土真宗の信徒である正信のこの発言を聞いていた久秀は、秀高に対して自ら申し出るように進言した。


「根来衆に挙兵を申し出るのであればこの久秀にお任せあれ。(それがし)根来の津田監物(つだけんもつ)とは知己(ちき)ゆえ監物に頼んで援軍を請うて見せましょう。」


「では、その方面は久秀殿と正信に任せる。」


 久秀の言葉を()れて秀高が頷きながら回答すると、久秀と正信はそれぞれ会釈をするように頭を下げた。そして久秀は頭を上げると絵図を見ながら補足を付け足すように意見した。


「あとは播磨(はりま)別所安治(べっしょやすはる)。別所家は元々赤松(あかまつ)家の有力豪族の一家でござったが今は主家を凌駕するほどの勢力を築いておりまする。これも三好とは大層仲が悪く、接触すれば手助けをしてくれるやもしれませぬ。」




 この別所家は三好家の侵攻に脅かされていた勢力である。三好の播磨進入は別所家先代・別所就治(べっしょなりはる)の頃より行われており、代が変わって安治が後を継いでも度々侵攻を受けていた。しかしその都度撃退して播磨東部の覇権を守り抜き、その名声を畿内に轟かせていた。




「なるほど…分かりました。別所はこちらから接触してみましょう。」


 秀高は久秀の献策を聞き入れて反応すると、久秀は全ての献策を聞き入れた秀高に感心する様に微笑んだ。するとその後、久秀の隣に着座していた浅井高政(あざいたかまさ)が秀高に向けて進言を行った。


「秀高殿、この浅井高政、何卒お願いしたき儀がございまする。」


「何だろうか?」


 高政の発言を聞いた秀高が高政の方に姿勢を向けて返答すると、高政は秀高に向けて頭を下げると頼み込むように進言した。


「我ら浅井勢、何卒秀高殿のお役に立ちたくご加勢をお許し願いたい。」


 その頼みを聞いて秀高やその場にいた重臣たちは驚いた。高政が申し出たのは浅井勢の加勢。即ち秀高の手勢のみと言われた御教書(みぎょうしょ)の趣旨、ひいては細川輝元(ほそかわてるもと)が申し述べた上様の意向に背くことになるのである。


「高政殿、お言葉はありがたいが他家の力を借りては、上様の御意に反する事になる。」


 秀高が高政の申し出を聞いてやんわりと断るように返事を返すと、高政は頭を上げると秀高の懸念を払拭させるように秀高へ言葉を返した。


「ご心配なさいますな。我らとて秀高殿が細川輝元より申しつけられた事の内容は存じておりまする。されど我らも言うなれば京にいた兵に数えられまする。それが助力であれ何であれ秀高殿の兵力に数えられるはず。」


 その言葉を聞いて秀高は高政の覚悟と、上様の御意と言われた京在留の兵のみを率いると申した輝元の発言の裏をかいた高政の機転を受け止めた。するとその発言を受けて竹中半兵衛(たけなかはんべえ)が秀高の代わりに高政に尋ねた。


「しかし高政殿、浅井勢の京に在留する兵はどれくらいですか?」


「ざっと二千ほどはおる。されどこの二千は屈強な者共ばかり。決して足手纏いにはなりませぬぞ。」


 その言葉を傍らで聞いていた秀高は、頭の中で兵数の計算をしていた。そしてその数を合わせても十分に戦えると判断した秀高は、高政の方に姿勢を向けて答えを返した。


「…分かった。では高政殿、そのお力をお借りしよう。」


「ははっ!この浅井近江守高政あざいおうみのかみたかまさ、獅子奮迅の働きをお見せ致しましょう!」


 この秀高の回答を聞くと高政は喜んで返答を返し、再び秀高に向けて一礼した。それを見た久秀は頷いて答えた後、視線を久秀の方に向けてある事を尋ねた。


「ところで久秀殿、三好から何かそちらへ動きはありましたか?」


「いえ、三好からは何も動きはござらぬが、どうやら大和(やまと)筒井(つつい)越智(おち)が長慶と通じたようにて、興福寺(こうふくじ)の後援でこちらに挙兵いたした由。」


「筒井と越智が…」




 松永久秀とその弟・内藤宗勝(ないとうむねかつ)の離反を知った長慶は、大和興福寺に働きかけてその衆徒である筒井・越智らの挙兵を促した。今まで対立関係にあった興福寺と三好であったが、松永久秀が幕府側に付いた事を受けて和睦。長慶の要請を受け入れて興福寺は久秀に宣戦を布告したのである。




「既に配下国衆である柳生家厳(やぎゅういえよし)岡国高(おかくにたか)、それに筒井から離反した井戸良弘(いどよしひろ)らと共に筒井・越智勢と小競り合いを繰り返しておる故、秀高殿のご助勢は出来かねまする。」


 秀高はこの久秀の言葉を聞き入れると、その言葉を受け止めた上で久秀にこう言葉を返した。


「いえ、そのお気持ちだけでもありがたいです。どうか久秀殿は領地に帰り筒井と越智への対処を優先してください。」


「ははっ、ありがたきお言葉にござる。」


 この秀高の言葉を聞いた久秀は頭を下げて感謝の意を示し、再び頭を上げるとある事を思い出して秀高に話しかけた。


「…そうじゃ秀高殿、ご助勢できぬ代わりにこの久秀の一案を聞いていただけませぬか?」


「一案とは?」


 その久秀から提示された会話の内容を聞いて秀高が聞き返すと、久秀は再び絵図の方に視線を向けながら秀高にその一案を話した。


「秀高殿の目下の障害はやはり槙島城(まきしまじょう)真木島輝元(まきしまてるもと)。三好の命を受けて監視しているこの者を何とかせねばなりますまい。」


 その久秀の言葉を受けて、秀高やその場にいた重臣一同は核心を突かれたように頷いて答えた。如何にここで三好打倒の方策を示しても、その前に真木島輝元によって三好方に策の全てが筒抜けになる。秀高らにとってはそれが一番の懸案事項であった。


「確かにその通りです。真木島輝元がいる限り、こちらの動きが全て三好に筒抜けになる可能性があります。」


「そこで秀高殿、ここはこのようにしては如何で…?」


 そう言うと久秀は秀高やその場に居並ぶ重臣たちに聞こえるように、一つの策略を提案した。それを聞いた秀高や重臣たちは感心する様に聞き入り、聞き入れた秀高や一同はその策略に従って行動を起こすことを決めたのである。





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