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1566年7月 京屋敷にて



永禄九年(1566年)七月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




「やはり細川輝元が伝えに参りましたか。」


 将軍の上意を伝えた輝元が秀高屋敷を去ったその日の夜、秀高屋敷の中にある重臣の間の中にて秀高を囲むように京在留の重臣たちが勢ぞろいした。参集したのは声を発した滝川一益(たきがわかずます)小高信頼(しょうこうのぶより)佐治為景(さじためかげ)佐治為興(さじためおき)の親子に京屋敷詰めの竹中半兵衛(たけなかはんべえ)に客将の真田幸綱(さなだゆきつな)本多正信(ほんだまさのぶ)らであった。ちなみにこの時、筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)や築堤奉行の村井貞勝(むらいさだかつ)らは大詰めとなった伏見城普請作事を行う為に伏見に逗留していて不在であった。


「あぁ。以前光俊(みつとし)が掴んできた情報と一致するな。」


「確か勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)にて、細川輝元らが三好長逸(みよしながゆき)と面会していたのでしょう?」


 この時、秀高の元にはすでに勝龍寺城内で交わされた密談の内容がつぶさに伝えられていた。ちなみにこのことを秀高に報告したのは、新たに稲生衆(いのうしゅう)の忍び頭となった元甲賀衆(こうかしゅう)多羅尾光俊(たらおみつとし)である。


「あぁ、やはり俺が考えていた通り、細川輝元は三好と気脈を通じていて、尚且つその場で長逸から輝元に、上様へ三好征討の御教書を我らに発布する様に進言せよと指示されていたらしい。」


「という事はこの御教書はやはり…?」


 秀高の言葉を受けて為景が発言すると、秀高は為景の方を向きながらこくりと首を縦に振って頷いた。


「恐らくは三好長慶の差し金だろう。長慶は俺たちが伏見の普請に当たっている間に上様の名目で御教書を発布させ、こちらが右往左往している隙に挙兵する手はずだろう。」


「挙兵とは…即ち幕府を打倒するとでも?」


「いや、恐らくは幕府の将軍の首を()げ替えるつもりだと思います。」


 秀高に向けて為興が発言した後、その意見を否定する様に信頼が言葉を発した。するとその言葉を受けて今度は一益が信頼の方を向いて言葉を返した。


「将軍を挿げ替えるとは、いったい誰に将軍を継がせるので?」


「…足利義維(あしかがよしつな)足利義栄(あしかがよしひで)の親子ですか。」


 半兵衛が一益の発言を聞いた後にポツリとそう言うと、それを聞いていた秀高が頷いて反応してそのまま自身の意見を発した。


「恐らくはな。噂によれば義維親子は阿波(あわ)平島(ひらしま)に匿われているそうだ。長慶は俺たちを京から追放した後に、義維か義栄のどちらかを将軍に推任するつもりだろう。」


「まるで明応(めいおう)の政変を再び行うが如き行動ですな。」




 明応の政変…今より数十年前の足利義材(あしかがよしき)の幕政下、管領(かんれい)細川政元(ほそかわまさもと)は将軍家の実権を掌握するべく義材の支持者であった畠山政長(はたけやままさなが)を排除し義材を将軍職から降ろして足利義澄(あしかがよしずみ)を将軍職に就けた事件である。


 もし三好が幕府に対して挙兵するのであれば義栄を擁立するのは間違いなく、そうなれば長慶の魂胆は火を見るよりも明らかとなる。秀高は長慶の野望がこの義栄の将軍職就任であると看破していたのであった。




「どうする秀高?このままだと僕たちはまずい展開になるよ?」


 その重臣たちの席上で信頼が秀高に向けてこう進言すると、秀高は信頼の方を振り返って不安がっている信頼の心を落ち着かせるように言葉をかけた。


「そう慌てるな信頼。おそらくこのまま行けば三好軍が京の近郊に到達するのは二十日~三十日後の事だろう。それに明日になれば氏規(うじのり)が手勢を引き連れてやってくる。まだまだやれるさ。」


 秀高は信頼に向けてこう言葉を返すと、その場に居並ぶ京在留の重臣たちに顔を向けてそれぞれの顔を見回すように見つめながら言葉を発した。


「さて、ここにいる者みんなが知っている通り、この京に在留する兵は明日到着する兵を合わせても一万ほどしかいない。対する三好家は四国の軍勢を合わせればその数は五万を優に超すと言われている。きっと三好は御教書の存在を大義名分にこちらへ宣戦を布告してくる筈だ。そこで今回は皆の意見を聞きたい。何も遠慮せずに存分に意見を述べてくれ。」


(しか)らば、言上(ごんじょう)(つかまつ)る。」


 この秀高の促しを受けていの一番に発言したのは為景である。為景は秀高の方に姿勢を向けると自身の腹案を秀高に向けて述べた。


「此度の御教書の一件、そのまま三好領内に攻め込むは無謀というもの。よってここは無闇に打って出ずに攻め寄せる三好勢を伏見(ふしみ)にて迎え撃てば宜しいかと。」


「籠城策か…」


 この時、伏見城の普請は本丸・二の丸は完成し後は三の丸と周辺の曲輪、並びに総構えの完成を残すのみとなっていた。為景は築城中とはいえ籠城の出来る伏見城に籠り、敵を迎え撃つ策を進言した。しかしこれに対して…


「されどこの京の地形で籠城は(いささ)か不利にござる。ここは死中に活を求めるためにも打って出るべし!」


「一益殿の申す通りです。」


 一益や半兵衛は野戦を挑むべきだと主張。そして半兵衛は言葉を発した後にその縁の真ん中に京周辺の絵図を広げると、それを指し示しながら自身の言葉を続けた。


「将軍家や京の町衆への面目を考えた上では、京の外、桂川(かつらがわ)を挟んでの対峙は出来ません。となると候補はこの絵図の上では一つ。」


大山崎(おおやまざき)、か。」



 半兵衛が指し示した地点。その地の名は大山崎。秀高らのいた元の世界では山崎(やまざき)の戦いが繰り広げられた場所である。この地は勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)の南西にある地で北に天王山(てんのうざん)、南は淀川(よどがわ)が流れる細長い平野であった。半兵衛は大軍が一斉には通れないこの地を野戦の戦場として指し示したのである。



「しかしそこで戦うのであれば、三好方の城である勝龍寺と(よど)をどうにかせねばなるまい。」


「それに加えて槙島城(まきしまじょう)真木島輝元(まきしまてるもと)。あの者の処置を考えませぬと。」


 その半兵衛の策を受けて為景・為興父子がそれぞれに発言すると、秀高はその発言の中にあった真木島輝元の名を聞いて頭を抱えるように(うつむ)いた。


「…まさか同じ名を持つ二人が、幕府内の獅子身中の虫とはな。」


 そう、秀高にとっては細川輝元と真木島輝元。将軍の片諱(かたいみな)である「輝」の字を受けておきながら三好と通じている二人の輝元を、獅子身中の虫と(さげす)むようにして言い表した。するとその言葉を聞いていた一益が絵図を見つめながら秀高に対して進言した。


「…されど殿、悔やまれるのはやはり圧倒的な兵力不足かと。どうにかしてこの差が少しでも縮まれば良いのですが…」


 一益の発言を聞いて秀高は首を縦に振って頷いた。するとそこに馬廻の山内高豊(やまうちたかとよ)が重臣の間の中に駆け込むように入ってきて、秀高の元に近づいて報告した。


「殿、申し上げます。松永久秀(まつながひさひで)殿と浅井高政(あざいたかまさ)殿が参られました。」


「何?松永殿と浅井殿が?」


 夜半にもかかわらず来訪した二人の名を聞いた秀高は、報告した高豊に対してすぐさまこの場に通す様に伝えた。そしてその後に高豊が久秀と高政の二人を連れてやってくると、久秀が重臣の間にいる秀高や家臣たちの姿を見て言葉を発した。


「これは中将殿にそのご家来の方々。お揃いで何より。」


 久秀はその場の面々に向けて言葉を発すると、高政と共にその円に加わる様にして秀高の隣に着座した。秀高は着座した久秀に視線を向けるとすぐに言葉を発した。


「久秀殿、わざわざお越しになられて如何なさいました?」


 すると久秀は秀高に向けて返答する前に、一円の真ん中に置かれた絵図を一目見た後に秀高に対して用件を伝えた。


「いえ、お聞きしましたぞ。三好征討の御教書を下されたそうですな?」


 すると、秀高は再び絵図の方に視線を向けながら、来訪した久秀に対して苦しい胸の内を打ち明けた。


「えぇ…ですが今の我々にはとにかく兵力がありません。四万とも五万とも号す三好軍を相手にこの差が少しでも縮まれば…」


「秀高殿、ご案じなく。」


 すると久秀は秀高の不安を払拭させるようなこの言葉を発し、自身の方に振り向いた秀高に対して言葉の続きを述べた。


「この久秀にかかれば、そのような兵力差はあっという間に無くなりまする。」


 この言葉を聞いた秀高は驚いた表情を見せ、その場に居並ぶ重臣たちも皆一様に驚きを見せていた。その中で久秀は秀高に対して不敵な笑みを浮かべながらじっと秀高の顔を見つめていたのであった。





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