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1566年6月 松永兄弟饗応



永禄九年(1566年)六月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 その日の夜。高秀高(こうのひでたか)は屋敷の広間にて松永久秀(まつながひさひで)内藤宗勝ないとうむねかつの兄弟、それに両家の家臣を招いての盛大な饗応を開いた。この席には徳川(とくがわ)浅井(あざい)の京屋敷から留守居役の面々も加わったほか、(れい)たち秀高の正室の面々も参列した。


「皆聞いてくれ。今日ここにいる松永殿と内藤殿は将軍家の幕臣として京に上ってきた。今日はその二人を盛大にもてなし、心ゆくまで親睦を深め合ってほしい。」


「ははーっ!!」


 秀高屋敷の広間に集った家臣一同に対して秀高が号令をかけると、集まった家臣一同は返事を返した後に手に持っていた盃を(あお)り、その後は各々で盛り上がり始めた。この時その場の一同に振る舞われた御膳は、先に小高信頼(しょうこうのぶより)津川義冬(つがわよしふゆ)らと図って取り決めた特産品をふんだんに使った豪勢な御膳であった。


「さぁ久秀殿、それに宗勝殿もご一献。」


(かたじけな)い。」


 その中で上座の秀高は同じ上座に座る久秀と宗勝に対して、銚子を手に取って御酌をした。それを盃で受けた久秀は上座から秀高らの家臣の方角を見つめながら秀高に対して問いかけた。


「それにしても秀高殿のご家中はここにいる者が全てで?」


「いえ。ほとんどは領国に帰還して領地の統治に専念させています。今ここにいるのは京在番を命じている家臣たちと私に付き従って留まり続けている側近だけです。」


 この時、伏見城(ふしみじょう)築城普請中の三浦継意(みうらつぐおき)らを除いて秀高の京屋敷に留まっていたのは信頼や義冬らを初め、三浦継高(みうらつぐたか)滝川一益(たきがわかずます)、それに佐治為景(さじためかげ)佐治為興(さじためおき)の父子などであった。その者らを見ながら言葉を発した秀高の言葉を聞いて、久秀は盃を手にしながら言葉を秀高に返した。


「左様にござるか。されどここにいる者たちだけでも、秀高殿のご家中は正に粒ぞろいと申せましょうな。」


「それそれ。秀高殿の家臣たちは皆修羅場をくぐってきた面構えをしておる。あれほどの気迫を見せる将はそうそうおりませぬぞ。」


 久秀に続いて宗勝が盃を呷った後にそう言うと、秀高は視線を久秀と宗勝の方に向けるとそのまま言葉を発した。


「そうですか。ですが今日ここにいる面々はほとんどが、私の挙兵の頃より付き従う家臣たちですから。」


「なるほど、皆桶狭間(おけはざま)の死闘を潜り抜けてきた訳ですな。」


「さぁ、久秀さま、ご遠慮なさらずにお飲みになってください。」


 すると、同じ上座の席にいた秀高の正室、(れい)静姫(しずひめ)が各々銚子を片手に玲が久秀に、静姫が宗勝に近づいてそれぞれ御酌をした。


「宗勝さまもどうぞ御酌を。」


「これは忝い。秀高殿、此方(こなた)が秀高殿の正室にござるか?」


 静姫から御酌を受けている宗勝が秀高に問いかけると、秀高はそれに頷いて答えた後に言葉を発した。


「えぇ。静と申します。そして宗勝殿に注いでいるのが第一正室の玲です。」


「ほう、このお二方に上様の妹君を合わせて三人もおられるのですか。さぞご子息も多い事でしょうな。」


 久秀が玲から御酌を受けた後に秀高にそう言うと、秀高はそれに頷き久秀の方を向きながら子供の人数を答えた。


「えぇ。合わせて七男二女です。それに加えて実は詩姫(うたひめ)に先日懐妊の兆しが現れたんです。」


「左様にござるか。いやそれはめでたい事にござるな。」


 その事を聞いた久秀はその席に同伴していた足利義輝(あしかがよしてる)の妹、詩姫に言葉をかけた。お腹に秀高との新たな命を宿した詩姫は目の前の松永兄弟に向けて頭を下げながら言葉をかけた。


「久秀殿、それに宗勝殿、我が兄は強情ゆえ言葉が厳しい時がありますが、なにとぞ今後は幕府の為に尽くして下さるようお願い申し上げます。」


 すると、久秀は御膳に盃を置き、宗勝と共に詩姫の方を向くと姿勢を低くして詩姫に向けて返答を返した。


「ご案じなさいまするな詩姫様。我ら兄弟、過去の怨恨を水に流して幕府に尽くす所存にござる。」


「そのお言葉だけでも、嬉しく思いますわ。」


 その言葉を聞くと安堵した詩姫は松永兄弟に対して謝意を述べたのであった。こうして華やかな宴は更に進み、いつしか両家の家臣同士が話し合って交友を深め合うまで進んだ。その中で秀高は上座の席で久秀と隣同士に座りながら、銚子で久秀の盃に酒を注いだ後にある事を尋ねた。


「…ところで久秀殿、このような席で聞くのは申し訳ありませんが、聞けば久秀殿は重存殿を三好家の跡継ぎに推していたはず。それが重存殿の切腹を契機にどうして鞍替えを決意なさったのです?」


 すると久秀は顔色を引き締めると、注いでもらった盃に満たされた酒を見つめながら一言で秀高に告げた。


「…単に失望でござる。」


「失望?」


 その言葉を聞いて秀高がぽつりと漏らすように喋ると、久秀は盃を呷った後にそれまでの口調を少し変えて秀高に対し心の内を打ち明けた。


「…そもそも重存の事も端から推していたわけではありませぬ。三好義興(みよしよしおき)が病に倒れた際に万が一の継嗣として長慶に進言しただけの事。だがそれから長慶は変わられた。」


 そう言うと久秀はやや投げやりになる様に御膳に盃を放り、やや俯き加減で秀高へ言葉を続けた。


「三好家の統治を(はか)るにも家臣より一門の意向を大事にし、例え見劣りする意見でも一門の意見を重用する様になられた。今までは我ら家臣の意見を第一にしていたのだが…」


「義興殿のご快癒以降、義興殿や冬康(ふゆやす)殿の発言力が増し、更に先の御所襲撃の際に兄上に理解を示していた岩成友通(いわなりともみち)殿が討ち死にし、益々兄上の立場は悪くなって行き申した。そして此度の重存殿の切腹…これは正に三好一門から我らへの当てつけである事は火を見るよりも明らか。」


 久秀の言葉を聞いていた宗勝が秀高に対してこう発言すると、久秀は一回ため息をついた後に秀高へ更に核心の事を語った。


「…我ら兄弟は長慶の挙兵の頃より長きにわたって補佐し続けて参った。それをこの度かかる屈辱を長慶や三好一門より受け、黙って受け入れるほどお人よしではない。このような仕打ちをした長慶には最早愛想を尽かしており、例え宿敵の間柄であろうとも松永の家名の為に、上様のご慈悲に(すが)りたいと思ったまでにござる。」


「そうですか…」


 すると久秀は、自身の言葉を聞いて相づちを打った秀高の方を振り向くと、秀高の心の内を見透かすように語りかけた。


「…秀高殿、このわしには上様や幕臣から秀高殿に頼まれた事の見当は付いておりまする。大方、この我らの変心の理由を探れと仰せになられたのでしょう?」


「…どうして分かったんですか?」


 秀高が久秀の問いかけに素直に認めるように答えると、久秀はふふっと微笑んだ後に盃を再び手にしてその理由を語った。


「あの上様の事、我らの帰順を素直にお許しになるとは思っておりませぬ。きっと我らに遺恨無き秀高殿に饗応を任せたに相違ありますまい?」


 すると秀高は再び久秀の盃に酒を注ぎながら、黙ってこくりと頷いた。それを見た久秀は注いでもらった後に声を上げて笑った。


「はっはっはっはっ。いや、その仰せは無理もありませぬ。このわしがたとえ上様の立場でも到底信用ならないのは事実にござる。されど我らを饗応した秀高殿なれば、この我らの本心はお分かりいただいたはずにござる。」


 久秀のこの言葉を受けた秀高は、銚子を傍らに置くと久秀や宗勝の方を見て言葉を返した。


「…久秀殿の申す通りです。この私にはあなた達の本心は既に分かっています。あなた方には二心(ふたごころ)が全くないという事を。」


「秀高くん…」


 この言葉を聞いて玲が反応すると、秀高は松永兄弟に両手をついて頼み込むように姿勢を低くし、二人に対して懇願するようにこう言った。


「今後はこの私と共に、上様の元で働いて行きましょう!」


「ふっ、承知いたしました、秀高殿。」


「この内藤宗勝も兄同様、将軍家に格別の奉公をお約束いたす!」


 秀高の言葉を聞いた久秀と宗勝はそれぞれ言葉を発して返答した。その後注いでもらった酒を飲み干した久秀は逆に銚子を手に取り、秀高の盃に酒を注ぎながら語り掛けた。


「…それはそうと秀高殿、一つお教えしておきたいことがござる。お近づきのしるしに是非ともお耳に入れて頂ければ幸いにござる。」


「何ですか?」


 秀高がその問いかけに反応すると、久秀は注ぎ終えた銚子を畳の上に置いてその内容を語った。


「秀高殿は、細川六郎(ほそかわろくろう)…今は輝元(てるもと)と名乗っておるか。その者を御存じでござろう。」


「えぇ、私も御所で見かけましたが…」


 細川輝元(ほそかわてるもと)の事について問われた秀高が返答を返すと、久秀は秀高の顔を見つめながら次の言葉である事実を伝えた。


「あの者、実はかつて三好家で人質として預かっておりましてな。先の御所襲撃の詫びに三好家が幕府に返還したのですが、その裏では未だに三好と繋がりを持っておりまする。」


「それは本当ですか!?」


 その情報を聞いて秀高が大いに驚くと、久秀は秀高の方に顔を近づけながら忠告をするように語りかけた。


「…秀高殿、くれぐれも輝元とその一派の動向には注意なされよ?もしかすれば、その者を使って三好が何か仕掛けて来るやもしれぬ故。」


「…分かりました。その事、覚えておきます。」


 秀高は久秀の忠告を聞くと、なみなみと注がれた盃の中の酒を一口で呷った。そして酒を飲み干した後、秀高は盛大な宴の最中で久秀より伝えられた情報を反芻(はんすう)する様に繰り返したのであった。





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