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1566年6月 茶の湯の持て成し



永禄九年(1566年)六月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 そしてそれから数日後の永禄(えいろく)九年六月十日。高秀高(こうのひでたか)は自邸に松永久秀(まつながひさひで)内藤宗勝(ないとうむねかつ)の兄弟を招き、二人を饗応によってもてなした。その第一段階として、秀高は自邸に建設させた茶室に二人を招き入れ、独学で学んだ茶の湯を振る舞ったのである。


「それにしても、簡素な茶室の作りにございまするな。」


 ここは秀高屋敷の一角にある秀高が趣向を凝らして作った茶室である。その中に入って茶室の作りを見回した久秀が言葉を発して反応すると、秀高はその言葉に頷いた後に言葉を発した。


「えぇ。この茶室の作りが個人的に好みなものですから。」


「ところで秀高殿は、どこで茶の湯をお学びに?」


 秀高が茶釜を目の前に茶碗にお湯を注ぎ始めた(かたわ)らで久秀よりこの言葉を受けると、余りの言葉に驚いたのか一瞬動きが停まった。


「え?えぇと…」


 久秀の言葉を受けて返答に困った秀高は、茶室の中に居合わせていた小高信頼(しょうこうのぶより)に視線を向けた。するとその困惑ぶりを汲み取った信頼は、秀高に代わって久秀に対して返答した。


「…実は秀高と僕は故郷が同郷でして、そこで茶道の師匠から作法は全て学びました。」


「ほう、その作法を授けた師匠の名は?」


 久秀が矢継ぎ早に信頼に対して問うと、信頼は務めて冷静に久秀に対して淡々と言葉を返した。


「それが、名乗るほどの者ではないと言って僕たちに口外を禁ずると言われてるんです。」




 ここまで信頼と秀高が茶を(にご)すには訳があった。秀高と信頼は実は元の世界では同じ茶道部に入部していたが、その茶道部の流派が遠州流茶道えんしゅうりゅうさどうと呼ばれる、久秀の時代から見れば後の人物である小堀遠州(こぼりえんしゅう)によって創始された茶道を学んでいたからである。


 その為この時代では広まっていないことを知っていた信頼は、久秀の問いに対して終始茶を濁すように答えていたのであった。




「それはまた珍しい。その様な流派があるとはなぁ兄上?」


 その問いを受けて久秀の脇に座っていた宗勝が反応すると、久秀はそれに頷いた後に言葉を発した。


「ふむ、そのような事をするのは紹鴎(じょうおう)殿ではなかろう。では秀高殿の流派はいわば独学という訳ですな?」


「はい。お恥ずかしい限りですが…」


 久秀の問いかけに言葉を返すと、秀高は再び動きを始めて作法通りにお茶を点て始めた。その中で返答を受けた久秀は微笑みながら秀高に向けて言葉を返した。


「いえいえ、茶の湯は振舞った者の()()びを楽しむもの。そこに決まった作法などは本来ありませぬ。そこに一つの茶のみがあればそれで良いのです。」


「そうですか…」


 久秀のこの言葉を受けると、秀高はその言葉を受け止めながらも作法通りにお茶を点てると、かき混ぜていた茶筅(ちゃせん)を畳の上に置いて茶碗を回した後にそれを久秀の目の前に差し出した。


「…どうぞ。」


「頂きまする。」


 目の前にお茶を差し出された久秀は家主の秀高に対して会釈を返すと、茶碗を手に取って作法に(のっと)って回し、その後に口を付けてお茶を飲んだ。そしてお茶を飲み終えると自身の前に茶碗を置いた後に秀高に言葉を返した。


「結構なお手前にござる。」


「ありがとうございます。」


 久秀の言葉を受けて秀高が会釈して返事をすると、久秀の目の前の茶碗を受け取って作法に則って次のお茶を点て始めた。するとお茶を飲んだ久秀が立派な立ち振る舞いでお茶を点てる秀高に視線を向けながら言葉を発した。


「しかし、茶の湯もさることながら秀高殿は正に数寄者(すきしゃ)の名にふさわしいですな。」


「そう言って頂けると幸いです。」


 秀高が久秀の言葉を受けて謙遜するように言葉を返すと、久秀がその場である事を思い出すように手をポンと叩いた。


「おぉそうじゃ。秀高殿、今日は秀高殿に差し上げたい物が…」


 そう言うと久秀は着ていた肩衣(かたぎぬ)の襟元から一つの小包を取り出すと、その中にしまわれていた一つの茶入れを取り出し、それを秀高の目の前に出した。


「久秀殿、この茶入は?」


 目の前に置かれた茶入れに目が行った秀高が、茶杓(ちゃしゃく)を茶釜の側に置いて茶入れを手に取ると、それを見た久秀が秀高にその茶入れのことを話し始めた。


「これは九十九髪茄子(つくもかみなす)という唐物(からもの)の茶入れにて、ここで見事な茶を頂いた秀高殿に是非とも差し上げたく存ずる。」


「九十九髪茄子!?」


 その茶入れの名を聞いて反応したのは秀高ではなく信頼であった。信頼は声を上げた後に秀高に対してこの茶入れについて説明し始めた。


「…この九十九髪茄子は漢作と呼ばれる唐物の中でも出来の良い茶入れで、かつては足利義満(あしかがよしみつ)が所持していたことでも知られる大名物(おおめいぶつ)の一つだよ。」


「大名物?」


 その単語に反応した久秀が信頼に問うた。信頼が発した大名物という分類は元の世界では江戸時代(えどじだい)の後期に指定された枠組みであり、この時代にはその単語が無かったのである。


「あ…いえ、こちらの話です。お構いなく。」


 その単語に気が付いた信頼は取り繕う様に言葉を発した。その言葉を聞いた久秀は疑問に思いつつも信頼の答えに反応した。


「左様か…されどこの茶入れの由来を御存じとは信頼殿も茶の湯に興味が?」


 するとこの言葉を受けて信頼は姿勢を正し、問いかけてきた久秀に返答を返した。


「あ、はい。秀高とは同じ師匠の下で学んでいましたので、そこで茶器のことは大体知っているんです。」


「左様にござるか。」


 言葉を発した久秀の傍らで、差し出された九十九髪茄子を食い入るように見つめていた秀高は久秀に対して尋ねた。


「…久秀殿、本当にこんなものを頂いて宜しいんですか?」


 すると久秀は秀高の方に姿勢を向けなおすと、その問いかけに久秀は首を縦に振って答えた。


「構いませぬ。そもそも茶器というのは誰が使っていたか程度の物で値打ちが変わる代物。茶の湯を楽しむ者にとって価値は興味を引きませぬ。わしがこれを献上するのは、単にこの茶入れが好みではないからです。」


 久秀は秀高に対してこう言うと、秀高の手中にある九十九髪茄子や秀高が愛用していると思われる茶釜などの茶道具を見つめながら言葉を続けた。


「…それにもし今後、秀高殿が大成すればこの茶入れの値打ちは上がっていきましょう。要は価値は作る物にて、今秀高殿のご愛用の茶器が今後値打ちが高まることもあり得まする。しかしそれは我ら数寄者には何の影響もありませぬ。己の好みにあった茶器を使う。それが茶の湯をたしなむ者の矜持(きょうじ)にござる。」


 その言葉を受けた秀高は久秀の想いを受け止めるように頷くと、九十九髪茄子を傍らに置いた後に久秀に謝意を述べた。


「…分かりました。折角のご厚意、ありがたく頂戴します。」


「そう言っていただけると(かたじけな)い。」


 その言葉を聞いた久秀は微笑んで返答をした。こうして九十九髪茄子を貰い受けた秀高はそれを茶釜の側に置き、再び姿勢を茶釜の方に向けて宗勝へのお茶を点て始めた。その中で茶杓で茶碗にお湯を注いだ後に秀高は久秀に対してある事を言った。


「…そう言えば、先日久秀殿のご家来衆から立派な(たか)を一羽貰い受けましたが…?」


「あぁ、あれは大和の山中で手に入れた立派な鷹にて、今後是非とも秀高殿の鷹狩りに使って頂ければと思いましてな。」


 この来訪に先んじて、秀高は松永家臣・結城忠正(ゆうきただまさ)より一羽の立派な鷹を献上された。その風格に驚いた秀高はそれを貰い受けると、鷹匠(たかじょう)の遣い手でもある客将・本多正信(ほんだまさのぶ)に面倒を見させていた。その贈り主である久秀の言葉を聞いた秀高は腕を動かしながらも言葉を返した。


「鷹狩り、ですか…畏れながら鷹狩りはあまりやったことが無くてですね…。」


「なんと、鷹狩りをやっておられぬと?」


 その言葉に宗勝が声を上げると、秀高は声を上げた宗勝に目を向けながら発言した。


「いえ、領国の見聞という目的ならば遠乗りで済む話と思っていたので、余り重要視していなかったんですよ。」


 すると、その言葉を聞いた宗勝が姿勢を秀高に向けると、毅然とした態度で秀高に説くように話し始めた。


「これは異なことを(うけたまわ)る。鷹狩りは古くより権威の象徴ともいうべき行事にござる。秀高殿が一たび鷹狩りを行うと号令をかければ諸国の諸大名が進物の中に鷹を献上する事が増えましょう。」


 その言葉を受けた秀高は茶碗に抹茶を入れ、茶筅でお茶を点てながら脇に座る宗勝に対してこう語った。


「…そう言えば、鷹を預けた客将・本多正信は鷹狩りに長けていると聞きます。今度正信に対してその鷹狩りについての作法を聞いてみるとします。」


「是非そうしなされ。一回行ってみるだけでも価値観が変わる物ですぞ。」


 宗勝のこの言葉を秀高が受けると、秀高は茶筅を置いてお茶を点て終えると、再びそれを宗勝の前に差し出した。それを宗勝は会釈した後に両手で取り、口を付けてそのお茶を飲み干すと、満足したように微笑んで茶碗を床に置き、点てた秀高に対して言葉を返した。


「結構なお手前にござる。さすがは中将殿。」


「ありがとうございます。」


 秀高はその返事を聞くと独学ともいうべき茶道が成功したことに安堵した。この茶を受けて松永兄弟は好印象を持ち、秀高に心を許すようになったのである。





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