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1566年6月 久秀参上



永禄九年(1566年)六月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




「上様、お召しにより参上いたしました。」


 永禄(えいろく)九年六月五日。高秀高(こうのひでたか)は将軍・足利義輝(あしかがよしてる)のお召を受けて勘解由小路町(かげゆこうじちょう)にある将軍御所に足を運んだ。そして義輝が待つ大広間の中に入った秀高はそこで、上座に腰を下ろす義輝の目の前の下座に胡坐(あぐら)をかいて座る一人の武将に目が行った。


「おぉ秀高か。近う寄れ。」


 義輝のいる上座から一段下がった下座の左脇に、細川藤孝(ほそかわふじたか)ら幕臣が居並ぶ中で秀高は義輝より声を掛けられると、ゆっくりと腰を上げて前へと進み、武将の右脇に腰を下ろして胡坐をかいた。それを見た義輝は上座から武将を扇で指しながら秀高に紹介した。


「秀高、紹介しよう。松永久秀(まつながひさひで)だ。」


「お初にお目にかかる。大和(やまと)多聞山(たもんやま)城主・松永弾正少弼久秀まつながだんじょうしょうひつひさひでにござる。」


「松永弾正…!?」


 義輝からその名を聞いた秀高は大いに驚いた。そう、秀高の目の前にいる武将こそ、秀高のいた元の世界で主家乗っ取り・将軍弑逆(しいぎゃく)・大仏殿焼き討ちといった悪事を働き梟雄(きょうゆう)として恐れられた松永久秀、その人であったのだ。


「うむ、そなたならば存じてはおろうが、この者はかの三好長慶(みよしながよし)の配下であり、わしや幕府にとっては仇ともいうべき存在だ。だがこの度、一身上の都合によって長慶の元を離れ、将軍家の直臣となる為に参ったのだ。」


 上座から義輝が久秀に視線を送りながら秀高に向けてそう言うと、久秀は上座の義輝の方に姿勢を向けると諫めるように言葉を義輝にかけた。


「上様、そのように申されてはわしの立つ瀬が無くなりまする。」


「そうか?わしや幕臣の中にはこのように思う者も少なからずおるのだ。それくらいはわかっておったのではないか?」


 義輝の言葉を聞いた久秀は静かに頷くように頭を下げた。それを見た秀高は久秀の方に姿勢を向けると改めて自身の名前を名乗った。


「久秀殿、お初にお目にかかります。高左近衛権中将秀高こうさこのえごんちゅうじょうひでたかです。」


「ほう…貴殿が桶狭間(おけはざま)以降、疾風怒濤(しっぷうどとう)の如く諸国を席巻した高中将(こうのちゅうじょう)殿にござるか。」


 秀高の名乗りを受けた久秀は秀高の方を振り向いて言葉を返すと、秀高の外見を確認する様にその全身を見回すと秀高に対して言葉を続けた。


「ふむ、確かに顔立ちはまだ若いが一廉(ひとかど)の風格を有しておる。麒麟児(きりんじ)とはかくある物であろうな。」


「いえ、そう言って頂けるとは恐縮です…」


 久秀から駆けられた言葉を聞いて秀高が謙遜してこう言うと、上座の義輝が久秀の方に視線を向けながらも秀高に対してある事を伝えた。


「久秀は此度、三好家から離れて幕臣と相成ったことにより、暫くはこの地に逗留する事になった。」


「そうなのですか?」


 義輝からの言葉を聞いた秀高が驚きの表情を見せながら反応すると、義輝はその言葉を聞いた後に首を縦に振って頷いた。


「うむ。久秀、後日再び謁見する事を許すゆえ今日は下がるが良い。」


「ははっ。それでは秀高殿、今日はこれにて。」


 義輝のこの言葉を受け取った久秀は返事を返した後、秀高に別れの言葉を告げた後に立ち上がって、大広間の外に出てその場から去っていった。やがて久秀の足音が消えていった後、義輝がその場に残った秀高に対してある事を問うた。


「…秀高よ、久秀をどのように思った?」


 すると秀高はその義輝の問いに対して、久秀が去っていった方向を見つめながら自身の直感で語った。


「第一印象だけでは何とも言えませんが…並大抵の者ではない事だけはしっかりと分かりました。」


 その答えを聞いた義輝は上座で手にしていた扇を開くと、その扇を見つめながら秀高に対してある事を語った。


「ふむ。既にそなたも聞き及んでおろうが、先月三好家の家中で十河重存(そごうしげまさ)が長慶によって自害させられた。それによって立場を無くした久秀は弟の内藤宗勝(ないとうむねかつ)と共に幕府の元へと転身して参ったのだ。」


「内藤宗勝…?」


 秀高が義輝の口から出た人物の名前を復唱するように言うと、それを聞いた藤孝が脇から補足を付け足すように話し始めた。


「久秀の弟で元は松永長頼(まつながながより)と名乗っており申したが、今は丹波(たんば)守護代の内藤家の家督を継ぎ八木城(やぎじょう)の城主となっておりまする。」


「なるほど…」


 藤孝の話を聞いて秀高が相槌を打つと、続いて藤孝の隣に着座していた柳沢元政(やなぎさわもとまさ)が秀高に向けて発言した。


「先ほど上様も申されましたが、この松永兄弟は三好長慶の配下として、長きにわたり幕府に辛酸を舐めさせてきた仇敵にございます。それが重存の切腹を契機に、いきなり幕府に転進を願い出て来るとはあまりにも信じられませぬ。」


「…それは上様も同じ考えでしょうか?」


 元政の発言を受けて秀高が上座の義輝に向けてこう問うと、義輝は広げた扇をピシャリと閉じた後に秀高に対してある事を下知した。


「…秀高よ、そなたにある事を頼みたい。京に在留する松永久秀と、これから京に上ってくる内藤宗勝両名をそなたが饗応してやってくれ。」


「この私がですか?」


 秀高が驚いた感情を見せたまま反応すると、義輝は秀高の言葉に頷いて答えた後に言葉を続けた。


「我らはどうしても、あの松永兄弟に少なからず遺恨がある。だがそなたは逆に松永兄弟に対しては何の遺恨もない。そこでそなたらが松永兄弟を饗応して奴らの本心を探って欲しいのだ。」


「ですが饗応と言っても何をしたら…」


 と、秀高が義輝の言葉を受けてその場で困惑し始めると、それに対して元政の隣にて着座していた細川藤賢(ほそかわふじかた)が秀高に対して助け舟を出すように発言した。


「聞けば秀高殿は、茶の湯をたしなまれると聞きまする。松永弾正は数寄者(すきしゃ)として名を馳せておられる故、秀高殿が茶の湯を振る舞えば大層喜ばれましょう。」


「それに加えて饗応の席でも振る舞えば、松永兄弟も秀高殿に対しては警戒心を緩めるに相違ありませぬ。何卒、我ら幕府に成り代わりお願い申し上げる。」


 藤賢の言葉に続いて藤孝が秀高に頼み込むように言うと、それを受けた秀高は義輝の方に姿勢を向き直し、頭を下げて承服の意を示して言葉を発した。


「…分かりました。この私の饗応で喜んでくれるかどうかわかりませんが、ご下命を受けたからには精一杯のおもてなしをさせていただきます。」


「うむ。松永兄弟にはこのことを伝えておく。そなたは屋敷に帰って家臣らと饗応の打ち合わせを行うと良い。」


「ははっ。」


 義輝からの言葉を聞いて会釈をした秀高は、直ちにスッと立ち上がって大広間を後にした。その後秀高は将軍御所を出ると留めてあった馬に(またが)り、そのまま自邸へと帰っていったのである。




「饗応、ですか。」


 その日の夜、蝋台(ろうだい)の上にある薄暗い蝋燭(ろうそく)の灯火が灯る秀高屋敷の居間の中で、秀高より饗応の一件を聞いた筆頭家老・三浦継意(みうらつぐおき)が反応して言葉を発した。


「あぁ。いきなりの申し出だが上様からの依頼とあっては断るわけにもいかない。」


「じゃあ早速にでも準備をしなくちゃね。」


 秀高の言葉を聞いて(れい)が相槌を打つように反応すると、秀高はその言葉に頷いて答え、目の前にいた津川義冬(つがわよしふゆ)に視線を向けるとすぐに下知を飛ばした。


「義冬、お前に饗応役を任せる。兄の義近(よしちか)や弟の長秀(ながひで)と協力して準備をしてくれ。」


「ははっ、お任せくださいませ。」


 義冬が会釈を売って答えを返すと、その言葉の後に小高信頼(しょうこうのぶより)がある事を思いつき、秀高に対してその事を諮る様に意見した。


「そうだ秀高、ついでだから領内の特産品を用いた料理にしようよ。先ほど若狭(わかさ)から(かに)も届いた事だしね。」


「それは豪勢な御膳になりそうね。」


 その言葉を聞いて静姫(しずひめ)が反応した後に視線を秀高に向けると、その視線を感じた秀高は首を縦に振って頷いた。


「そうだな。信頼、御膳に関しては義冬らと協力して進めてくれ。」


「うん、分かった。」


 こうして秀高屋敷は急に決まった松永兄弟饗応の為に動き始めた。来訪までは僅かの期間しかなかったが京在留の秀高の家臣たちが協力し合い、松永兄弟の饗応に粗相がないように取り計らったのであった。





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