1566年1月 騎馬鉄砲隊
永禄九年(1566年)一月 若狭国後瀬山城
永禄九年一月十二日。ここは大高義秀の領国となった若狭国。その義秀の居城である後瀬山城へ義秀は小高信頼同様、尾張より義秀の子供たちを呼び寄せ、領主となった若狭国の統治に当たっていたのである。
「新しい部隊の編成にございまするか?」
その後瀬山城内の本丸館にて、義秀の口から発せられた言葉を聞いて一人の家臣が言葉を発した。この家臣はかつて若狭武田の家臣であったが今は高秀高の命令で義秀の与力となった逸見昌経である。
「そうだ。既にこのことは秀高を初め諸将には伝えているんだが、俺は今までの戦を踏まえてより強力な兵隊を揃える必要があると思ったんだ。」
「ほう、してその強力な兵隊とは?」
その義秀の言葉を聞いて反応したのは昌経同様、義秀の与力として秀高から付けられた元若狭武田家臣・粟屋勝久である。するとその勝久の言葉を義秀の隣で聞いていた華が義秀の代わりに勝久に返答した。
「そう言うと思って、実は今日既に用意させているんです。」
「奥方様、それは真にございまするか?」
この華の言葉を聞いて昌経が反応すると、それを聞いていた義秀が首を縦に振って頷き、下座の昌経に対して言葉を発した。
「あぁ。この麓の練兵場にその部隊を待機させている。今からその麓の練兵場に向かうぜ。」
「は、ははっ。」
義秀はスッと立ち上がって昌経らを従えると、華と共に広間の外へと出て行った。そして本丸を出て城外に出ると、山城である後瀬山城の麓にある練兵場へと向かって行ったのである。
「おう重晴!それに重政!用意は出来ているか!」
義秀は麓の練兵場の中に入ると練兵場の広大な広場の中にいる二人の武士たちに声を掛けた。一人は義秀の家臣である桑山重晴。そしてもう一人はこれまた義秀の与力として派遣された木下秀吉の親族・小出重政である。
「はっ!既に万事整えてございます!」
広場の中にいる重晴が義秀の呼びかけに答えるように言葉を発すると、義秀はその声を受け取ると大きな声で重晴に言葉を発した。
「よっしゃ。直ぐにでも見せてくれ!」
「ははっ!」
その義秀の合図ともいうべき言葉を受け取った重晴は、手にしていた軍配を大きく上に掲げると、勢いよくそれを振り下ろした。すると義秀らから見て右側の方から一騎の騎馬武者が右から左へと勢いよく駆けていき、その中で徐に馬上から火縄銃を構えると走っている馬の上から火縄銃の引き金を引いた。すると放たれた銃弾は騎馬武者の前方にあった木製の的をいとも簡単に木っ端微塵にした。
「な、なんと!?騎馬の上から鉄砲を!?」
そのあまりにも神業ともいうべき光景を目の当たりにした昌経らは一様に声を上げて驚いた。するとその様子を見て義秀がニヤリと笑いながら昌経らに対してこう告げた。
「驚いただろう。これこそ新たな兵、騎馬鉄砲隊だ!」
義秀が昌経たちに向けて披露した新たな兵。それは騎馬鉄砲隊というそれまでの戦の常識からかけ離れた革新的な備えであった。当世具足に身を包んだ騎馬武者は馬上槍を片手に持つ一方で、下部に負革を装着した火縄銃を抱え、先程の轟音はこの騎馬武者が馬上から火縄銃を構えて狙い打ったものであった。
「これは…物凄い物にございますな。」
驚き入っている昌経とは対照的に余りの光景に感嘆した勝久が義秀に対してこう言った。すると義秀はその言葉を聞いて高らかに笑った。
「はっはっはっ、驚くのはまだ早いぜ?重政!」
「はっ!弾込め!」
すると今度は、重政の脇に待機していた一人の武士が、合図とともに後ろを振り返り、手に持っていた火縄銃に弾を込めて後方にあった二枚の的に銃口を構えた。そして引き金を引いて一つ目の的を打ち抜くと、なんと弾込めもせずに引き金を引いて二つ目の的を打ち抜いた。
「なんと!?二発連射できるというのですか!?」
するとその光景にさすがの勝久も驚いて声を上げると、義秀はその反応を見てふっとほくそ笑んだ後、勝久の方に視線を向けつつ頷いて答えた。
「そうだ。これは俺と秀高で話し合って独自で進めていた技術だ。」
そう言うと義秀は自身に近づいてきた武士よりその火縄銃を受け取ると、それを昌経や勝久に見せつけるように公開した。
「見ろ。普通の火縄銃は砲身が一つだがこの火縄銃は砲身が二つ。それとこのように火縄ではなく燧石を用いている。」
義秀が昌経らに見せた火縄銃はまさに衝撃を持って受け止められた。まず義秀が手に持つ火縄銃はそれまでの銃身が一つに対して左右に二本の銃身が備え付けられていた。これはいわゆる連式銃と呼ばれるもので、秀高らがいた元の世界での散弾銃を元にして設計されたものであった。
そして銃身の中の弾に衝撃を伝える引き金の部分はそれまでの火縄ではなく燧石を使った機構が採用されていた。これは西洋ではフリントロック式と呼ばれるものでこの時代の日本では正しくオーバーテクノロジーともいうべき代物であった。これら戦国の人々から見てそれまでの火縄銃の常識を打ち砕くこの一挺の銃を見て昌経らは存分に虜となっていた。
「なんと…このような物が産まれれば鉄砲の需要はさらに高まりますぞ!?」
義秀の手に持つ火縄銃をみて昌経が言葉を発すると、義秀の脇にいた華が冷ややかな目線で火縄銃を見つめながら昌経に対して言葉を返した。
「ですが、これはあくまで試作段階の火縄銃。正式に生産するにはいろいろと試験を行わなければならないのです。」
「その通りだ。ま、だがこの騎馬鉄砲隊には既存の火縄銃でも十分なくらいの威力がある。その為にもまずは馬の耳を慣れさせないとな。」
義秀はそう言うと銃を片手に持ちながら後方に待機していた騎馬武者に視線をやった。するとそれを聞いて重晴が義秀に答えを返すように発言した。
「なるほど…馬は敏感な生き物。かような音を耳元で聞いては驚いてしまうでしょう。」
「あぁ。そこで今後、馬の厩舎を鉄砲の射撃場近くに移転して馬の耳を慣れさせる。そうすれば実戦の際に驚いて落馬するなんてことは無くなるはずだ。」
「確かに…直ちにそうさせましょう。」
義秀が示した方策を聞いて勝久が相槌を打つと、それに頷いて答えた義秀がある事を思い出してそれを言葉に発した。
「あぁそれと、これはまだ内緒にしておいて欲しいんだが…」
そう言うと義秀は自身の周囲に家臣を集めさせ、円を描くように並ばせるとその中で改めて口を開いた。
「実はこっそり、浅井の傘下の国友の鉄砲鍛冶を何人か招いてるんだ。それが到着すればこの火縄銃を騎馬鉄砲隊用に短くしようと思ってるぜ。」
「短く?」
その義秀の言葉を聞いて昌経が反応すると、義秀は手に持つ火縄銃を見つめながらその理由を語った。
「知っているとは思うが火縄銃は弾込めに時間がかかる。尚且つ馬上だと敵の格好の餌食になる。そこでこの銃身を短くすることで馬上でも容易に扱えるようにするんだ。」
この構想にも元になっているものがある。それは元の世界ではこの時代より直ぐ後に登場した馬上筒と呼ばれるものである。その名の通り馬の上から放てるように設計されたこの火縄銃は、通常の火縄銃よりも短くされていることで馬上から狙い撃つことが容易となっている。義秀は騎馬鉄砲隊に装備させるものとしてこの馬上筒を取り入れようとしたのである。
「ほう…もしそれが完成すれば殿の部隊はより確固としたものになりましょう。」
その義秀が示した理由を聞いて勝久が反応すると、義秀はそれに頷いた上で家臣たちに対して言葉を発した。
「おう!そのためにもお前たちの協力が必要だ。よろしく頼むぜ!」
「ははっ!!」
こうして後瀬山の城下にて義秀の腹案ともいうべきものが実用化されるべく研究が始まった。その後国友からの鉄砲鍛冶を迎え入れた義秀は火縄銃の短縮化に取り組むとともに、自身の試作した新式火縄銃の実戦投入に向けるための試行錯誤に自ら加わったのであった。