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1566年1月 流行り作りと不穏な噂



永禄九年(1566年)一月 伊賀国(いがのくに)伊賀上野城(いがうえのじょう)




 一方その頃、所領の伊賀に帰国中の小高信頼(しょうこうのぶより)はというと、かつての仁木氏館(にきしやかた)を改修した居城・伊賀上野城にいた。そこで信頼は懐妊した(まい)尾張(おわり)より呼び寄せた自身の子・茶々丸(ちゃちゃまる)と生活していた。


「舞、お腹の子の様子はどうかな?」


 伊賀上野城の本丸にある本丸館にて、信頼は妻である舞に対して言葉をかけた。すると舞は信頼の方を向くとすぐに言葉を返した。


「はい、とても健やかにしています。」


「そう。それは良かった。」


「しかし殿もこれで茶々丸様に続きのご懐妊。これで小高家も安泰という物にございまする。」


 こう発言したのは信頼の家臣の富田知信(とみたとものぶ)である。信頼はこう発言した知信の方を振り向くと、首を横に振って言葉を返した。


「知信、そんな大層な物じゃないよ。こうしてまた、僕たちの元に子供が産まれて来てくれるだけでも嬉しいんだ。」


「何を仰せになられます。殿もこうして一城の主となったのであれば御家の繁栄を為さねばなりませぬ。」


 信頼の言葉に驚いた知信が諫めるように信頼に言葉を返すと、信頼はそんな知信に対して諭すように発言した。


「知信。僕の願いは秀高の天下統一だ。それに貢献できるのであれば、僕はそれだけで十分だよ。」


「殿…」


 この信頼の発言を聞いて知信が言い返す言葉が無くなってぽつりと言葉を発すると、その居間の中に一人の家臣が入ってきた。


「殿、失礼いたします。」


 こう言って居間の中に入ってきたのは、伊賀受領後に信頼の与力として秀高から遣わされた塙直政(ばんなおまさ)である。秀高に代わって信頼の事を殿と呼ぶ直政は居間の中に入ると信頼に対してこう報告した。


「殿、百地丹波(ももちたんば)殿がお見えになっておりまする。」


「そう。直ぐにここに通して。」


 信頼の答えを聞いた直政は会釈をした後に居間から出ると、居間の中に来訪した百地丹波こと百地三太夫(ももちさんだゆう)を通した。三太夫は信頼夫妻の目の前まで来るとその場に胡坐(あぐら)をかいて座り信頼に会釈した。


「これは信頼様。ご壮健の様で何よりにござる。」


「三太夫殿、今日来てもらったのは他でもありません。三太夫殿は伊賀忍(いがにん)の元締め、その三太夫殿にお願いしたい事があって呼び寄せました。」


「ほう、そのお願いとは?」


 三太夫は信頼からこの言葉を聞き、面を上げてその用向きを尋ねると信頼は三太夫に対して用向きの内容を告げた。


「実は秀高と計らって、畿内全域に僕たちの領内で生産した特産品を交易で売り込もうと思ってるんです。そこでその手始めに畿内全域で流行りを作りたいと思うんです。」


「流行りを作る?」


 三太夫が信頼の言葉を復唱する様に言葉を発すると、信頼はその言葉に頷いた上で言葉を続けた。


「そうです。交易というのは流行りの品目が高く取引されると聞きます。これを利用して物の流行りを作った上で畿内の市場に領内の特産品を売り込み、特産品の需要を確保しようというんです。」


「三太夫殿、これが因みに大殿の領国で生産される特産品の品目にござる。」


 信頼の側にいた知信がそう言いながら一つの書物を三太夫の目の前に差し出した。三太夫はそれを手に取ってその内容に目を通すと、その書物には秀高らが交易品として扱おうとしようとしている特産品の概要が書かれていた。


「…なるほど、刀や灯油用の荏胡麻(えごま)、綿織物に真桑瓜(まくわうり)等を売り込むのですな?」


「その通りです。そこで忍び衆である三太夫殿配下の伊賀忍びによってこれらの流行りを畿内全域に流布し、特産品を売りに来る交易商人の商売の手助けをしてほしいのです。」


 この信頼の依頼ともいうべき頼みを聞いた三太夫は開いていた書物を閉じて床に置くと、信頼に向けて会釈しながら答えた。


「なるほど…それならば容易き事にございまするが畿内は(さかい)会合衆(えごうしゅう)の力が強いと聞きまする。会合衆を敵に回す可能性がありまするぞ?」


 すると、信頼は三太夫の目の前に置かれた書物を手に取り、それを膝の上に乗せながら三太夫の顔を見つめて言葉を返した。


「問題ありません。むしろ他国の特産品を流して交易を盛んにすることが、単純に考えて堺の利益につながるはずです。利権に縛られるあまりそれが分からない会合衆ではないはずです。」


「承知いたしました。そこまで仰せになられるのであれば早速にも行動しましょう。二ヶ月ほどあれば成果は目に見える形になるでしょう。」


「はい。よろしくお願いします。」


 頭を下げた三太夫に対して信頼が言葉をかけると、三太夫は頭を上げて信頼に対してこう語り掛けた。


「…そういえば信頼殿。一つお伝えいたしたきことがございまする。」


「なんでしょうか?」


 その言葉を聞いて信頼が問い返すと、三太夫は一回その場から周囲を見回した後に、信頼や舞、それに信頼配下の家臣たちに対してある情報を伝えた。


「これは徳川(とくがわ)殿の配下・服部(はっとり)父子から伝えられた情報にございまするが、何でも槙島(まきしま)城の真木島輝元(まきしまてるもと)は裏で三好長慶(みよしながよし)と誼を通じておるとの事。その証拠として服部父子が掴んだものがございます。」


 その情報を告げられて驚きの表情を信頼らが見せていると、その情報を告げた三太夫が懐から一通の密書を取り出し、それを信頼らの目の前の床に置いた。


「これは?」


「それは服部父子の配下の忍びが槙島城より盗んだ密書にて、その内容は秀高殿の京での動向や将軍家の動き、並びに京に駐在する秀高殿の軍勢の数を事細かく報告せよとの三好からの書状にございます。」


 三太夫からその事実を知った信頼は密書を手に取ると密書の封を解き、中に入っていた書状を広げて中身を確認した。その中身は三太夫が申し述べた内容と寸分違わぬ物にて、その書状の差出人の所に書かれていたのは三好家一門・安宅冬康(あたぎふゆやす)三好康長(みよしやすなが)の連署花押であった。


「それが真であれば、真木島は三好と内通しておるという事でござるか。」


「如何にも。」


 密書に目を通している信頼の脇で直政が三太夫に事の重大性を問うと、三太夫は首を縦に振って頷いた。するとその言葉を聞いた後に密書を床の上に置いた信頼が言葉を発した。


「…これは少し泳がせましょう。真木島は曲がりなりにも将軍家の幕臣。これだけの理由で真木島を(とが)めることは出来ません。」


「そうですね…もう少し確証が出てくれば将軍家も容認してくれるんでしょうけど…」


 信頼の言葉に続いて舞が自身の意見を述べると、その言葉を聞いた三太夫が信頼に対して問うた。


「然らば、服部父子に今しばらく内偵をさせましょうか?」


 この渡りに船ともいうべき申し出を聞いた信頼は目を輝かせるように喜ぶと、直ぐに頷いて答えを述べた。


「はい。本当ならば稲生衆(いのうしゅう)にやらせるべきなんでしょうけど、生憎三好領内や信隆(のぶたか)の行方を追う諜報に従事しているため、服部殿のお力が借りれるのであればありがたい限りです。」


「承知いたしました。その旨を服部父子や徳川殿にお伝えするとしましょう。」


 その旨を受け取った三太夫はそう言うと信頼らに対して頭を下げたのであった。こうして真木島輝元の動向を服部父子に探らせる一方で三太夫ら伊賀忍たちは畿内全域に秀高らの領内で生産された特産品の情報を触れ込み、畿内全域に交易品の流行りを引き起こさせたのであった。





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