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1566年1月 交易を盛んに



永禄九年(1566年)一月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 明けて永禄(えいろく)九年一月十日。高秀高(こうのひでたか)は京の秀高邸にて新年を過ごした。それから数日たったこの日、秀高の元に尾張(おわり)から二人の客人が来訪していた。一人は高家の商人司(あきんどつかさ)である伊藤屋(いとうや)の主・伊藤惣十郎(いとうそうじゅうろう)。もう一人は秀高より綿栽培を任された綿屋六兵衛(めんやろくべえ)であった。


「二人とも、遠路はるばるこの京までよく来てくれた。」


「いえ、秀高殿もご壮健のようで何よりでございます。」


 秀高邸の広間にて上座に着座する秀高は、下座にて尾張から来訪した二人に声を掛けた。この時、大高義秀(だいこうよしひで)小高信頼(しょうこうのぶより)の夫妻はそれぞれ領地へと帰還していた。自身に返事を返した惣十郎の言葉を聞いた秀高は、視線を惣十郎の隣に座る六兵衛に送った。


「六兵衛、この京の様子はどうだ?目新しいものばかりだろう?」


「はっ。はるばる尾張から参った(それがし)には刺激が多すぎまする…」


「はっはっはっ、それもそうか。だが今後の為にも京の雰囲気を知っておく必要もある。しっかりとその風景を目に焼き付けて行ってくれ。」


「ははっ。」


 六兵衛の返答を聞いた秀高は再び視線を惣十郎の方に向けると、来訪の用向きともいうべき本題を切り出した。


「それで惣十郎、かねてからの策はどうなった?」


「はっ、殿の命に従って領国の特産品を調べ上げ、ここに見本のいくつかを持参いたしました。どうぞ中庭の方に。」


「うん、分かった。」


 秀高は惣十郎の言葉に頷いて答えると、家臣たちと共に惣十郎の招きの下、広間の中から縁側の先に広がる中庭へと出た。するとその中庭には机の上に幾つかの特産品がざるの中に置かれており、それを一目で見た北条氏規(ほうじょううじのり)は声を上げて反応した。


「おぉ…これが殿の領内で生産される特産品の全てにございますか。」


「はっ。氏規様の領地である伊勢(いせ)南部の特産品も取り揃えておりまする。」


 中庭に置かれた机の上に広がる特産品の数々を、惣十郎が手で指しながら言葉を発した。中庭に降りた秀高ら一同はそれぞれ目の前に広がる特産品の一つ一つに視線を送った。するとその中で秀高が一つの植物の枝を手に取ると惣十郎に尋ねた。


「…惣十郎、これは何だ?」


「それは荏胡麻(えごま)にございます。荏胡麻の主産地はこの山城(やましろ)備中(びっちゅう)にございまするが、我が尾張でも少数ですが生産しておりまする。主に蝋台(ろうだい)の灯油に重宝致しておりまする。」


 この時代、油というのは大変貴重であり尚且(なおか)つ油の原材料ともなる荏胡麻は日用品としても需要は大いにあった。しかしこと畿内(きない)の市場に出回るのは京がある山城の荏胡麻が(ほとん)どであり、尾張産の荏胡麻はなかなか畿内の市場には出回っていなかったのだ。


「なるほど荏胡麻か…殿、灯につかう荏胡麻の油は大変重宝致します。これを定期的に生産すれば儲けも生じましょう。」


「そうか…ん?これは…」


 荏胡麻の枝を手にしていた秀高は稲葉良通(いなばよしみち)より言葉を受けた後、荏胡麻の枝を置いて別の特産品に目移りした。するとそれを察した惣十郎が、秀高の視線の先に合った特産品について解説した。


「それは美濃(みの)真桑(まくわ)で生産されている真桑瓜(まくわうり)と申します。主に食用として扱っており、さっぱりとした甘味が特徴にございます。」


 この真桑瓜は「甜瓜」とも書かれている果物で、惣十郎の言う通り食用として美濃国内で扱われていた。するとその解説を聞いた良通が秀高に対してこう発言した。


「殿、真桑瓜は大変美味にございまするぞ。こと周囲の村では夏場の際に代用の食物として扱われており、漬物としても扱える代物にござる。」


「そうか…美濃の出身である良通がそう言うならば間違いないな。」


 良通より真桑瓜の実用性を聞いた秀高が確信を持つようにそう言うと、秀高の隣で佐治為景(さじためかげ)が一振りの打刀(うちがたな)を手に取り、鞘から刀身を抜くとその刀筋を見て言葉を発した。


「ほう、美濃伝(みのでん)の刀にございますな。」


「はい、そちらは長井道勝(ながいみちかつ)様の所領であらせられる(せき)のご城下の刀工が拵えた一振りにございます。美濃国内の戦乱が収まったことで関の刀工たちも存分に腕を振るって美濃伝の刀を打っております。」


「なるほどな。こうした刀を交易に回すのも面白そうだ。」


 その見事な刀筋に感動した秀高が惣十郎の言葉に答えるようにそう言うと、秀高の隣で氏規が一つの木の器を手に取って惣十郎に尋ねた。


「惣十郎、この漆器(しっき)は?」


「それは飛騨国内の大工が拵えた盆を塗師が透漆(すきうるし)で仕上げた物にございます。この見事な漆器を特産品として取り扱いたいと思いますが、何か良き名はございませぬでしょうか?」


「そうなのか。さて、何と名付けようか…」


 惣十郎の言葉を聞いていた秀高が、氏規が手に持つ漆器を見つめながらその名を考えていたところ、たまたまこの席に居合わせていた木下秀吉(きのしたひでよし)が秀高に対して発言した。


「殿、(それがし)が以前(さかい)に出向いた折、この漆器と似たような漆器を見かけ申した。確か春慶塗(しゅんけいぬり)と申しておったはずにございます。」


 秀吉よりこのことを聞いた秀高は、再び視線を漆器の方に向けてじっと見つめながら言葉を発した。


「春慶塗か…ならばこれはさしずめ飛騨春慶(ひだしゅんけい)と言った所だな。」


「なるほど…然らば飛騨春慶として取り扱いいたしましょう。」


「うん。そうしてくれ。」


 惣十郎に対して秀高が言葉を発すると、それを聞いた惣十郎が秀高に対して言葉を返した。


「殿、この他にも飛騨国内の良質な材木のほか、伊勢海老(いせえび)などの魚介類が領内にて特産品として生産しておりまする。」


「…これほどの数があれば交易には不自由致しませぬな。」


 惣十郎の言葉を聞いていた可成が、目の前に広がる特産品の数々を見つめながら秀高に言葉を発すると、秀高はそれに頷いて答えた。


「うん。これに六兵衛の綿織物を組み合わせれば金子の収入は問題なくなるだろう。だが…」


「この京を初め畿内(きない)にこれらの需要を触れ込む必要がありまする。」


 秀高の言葉に続いて六兵衛がこう発言すると、秀高はその言葉に頷いた後に言葉を発した。


「六兵衛の言う通りだ。これらの特産品の需要を生み出すにはまず畿内の民衆の目に触れさせる必要がある。それに既存の商人勢力との交渉も必要だろう。」


(さかい)会合衆(えごうしゅう)でございますな…」




 会合衆…和泉(いずみ)国の自治都市・堺の実権を掌握する組織であり堺の自治や交易の差配などを行っていた。その影響力は堺に留まらず畿内全域に及んでおり、会合衆が認めた交易以外を徹底的に排除するなど保守的な商人集団であった。


 一方でこの会合衆は三好(みよし)家に援助を行っており、畿内における三好家の軍事行動を後方で支援していた側面を有していた。それまでの勢力を誇る会合衆が、秀高が行おうとしている交易策の一番の障害となるのは間違いなかったのである。




「自分たちの利権を保持しようとする会合衆の事だ。今は問題ないだろうが後々、摩擦が生じるだろうな。」


 秀高が今後の見通しを口に出して語ると、それを聞いていた氏家直元(うじいえなおもと)が秀高に対して発言した。


「殿、ご案じなさいますな。それに関しては伊賀に帰国中の信頼殿が良き方策を施すことにございましょう。」


「あぁ、そうだな。」


 直元の言葉を聞いて秀高が納得するように返答すると、その言葉を聞いた後に惣十郎が秀高たちに対してこう呼びかけた。


「さて皆様、今宵はこの伊勢から上がった魚介類で御膳を拵えさせていただきました。何卒お召し上がりください。」


「ありがとう惣十郎。その言葉に甘えるとしよう。」


 秀高は惣十郎の言葉に答えると、家臣たちと共に中庭から広間へと戻り、そこで惣十郎が用意した御膳に口を付けた。その用意された御膳の美味に秀高らは酔いしれ、同時に秀高はこの交易の成功を心の中で確信していたのだった。





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