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1565年10月 新たな城地



永禄八年(1565年)十月 山城国(やましろのくに)(みやこ)




 高秀高(こうのひでたか)屋敷にて御子が誕生した翌日、秀高は将軍・足利義輝(あしかがよしてる)にこのことを報告するべく将軍御所を訪れた。将軍御所の中の大広間にて上座の義輝に対して秀高と大高義秀(だいこうよしひで)小高信頼(しょうこうのぶより)は頭を下げて拝礼した。


「秀高、詩との間に健やかな男子が産まれた事、誠に祝着至極である。」


「ははっ、そのお言葉有難く思います。」


 将軍御所の大広間にて上座の義輝より言葉受けた秀高は深々と頭を下げながら返答した。その後頭を上げた秀高に対して幕臣の細川藤孝(ほそかわふじたか)が視線を向けながら言葉をかけてきた。


「しかし、これで秀高殿も将軍家の連枝としての名がさらに高まりましょう。」


「はい、今後も藤孝殿を初め、幕臣の方々にはよろしくお願い致します。」


 その秀高の言葉を受けて藤孝を初めその場に居並ぶ数名の幕臣が会釈をすると、そこに一人の側近が大広間に入ってくるなり上座の将軍・義輝に言上した。


「上様、細川六郎(ほそかわろくろう)様が参られました。」


「六郎が?良かろう。ここに通せ。」


 その報告を聞いて義輝が側近に下知を下す一方で、秀高はそのやり取りを脇で見ていた。やがて側近がその場に六郎と呼ばれたものを連れてくると、六郎は自身の背後に配下を引き連れて大広間の中に入り、秀高の左隣にどしっと座り込んで上座の義輝に対して頭を下げて挨拶をした。


「上様にはご機嫌麗しゅう・・・」


「如何したか六郎?何か用向きがあって参ったか?」


 六郎の挨拶を受けても冷ややかな目線で義輝が言葉を返すと、六郎はスッと頭を上げると義輝の顔をじっと見つめながら毅然とした態度で言葉を発した。


「上様は、我ら細川家の事を如何様に思っておられまするか?このような新参の者ばかりを重用し、先祖代々足利家をお支えして参った細川家を蔑ろになされる御所存か!」


 六郎は自身の右隣りに控えていた秀高の事を睨みつけながら義輝に言葉をかけた。すると義輝は少し表情を曇らせながら六郎に対して言葉を返した。


「そういきり立つな六郎。わしは決して細川家を蔑ろにしようなどとは思っておらん。」


「然らばここで、六郎さまに上様の(いみな)を頂戴いたしたい!」


「左様!六郎さまはとうに成年されてしかるべき名前があるべき物!かかる新参の男子出産を祝われる前に、我らが六郎殿に諱を!」


 と、六郎の背後から上座の義輝に迫る様に言上したのは細川家一門でもあり幕臣の一人でもあった細川晴経(ほそかわはるつね)細川輝経(ほそかわてるつね)の親子であった。するとその様子を藤孝の隣で見ていた細川藤賢(ほそかわふじかた)は同族の子の振る舞いを見るとその場にて声を上げた。


「控えられよ!上様の御前である!」


「よい藤賢。ならば六郎よ、わしの一字を与えればそれでよいのだな?」


「ははっ!」


 声を上げた藤賢を義輝が制した後に六郎の方を振り向き、その義輝からの提案を受けた六郎が声を上げて返事をすると、義輝は手にしていた扇を見つめながら六郎に向けて言葉をかけた。


「…ならばそなたにわしの「輝」の字を与え輝元(てるもと)の名を与える。今後は「細川輝元(ほそかわてるもと)」として亡き父・晴元(はるもと)が継いでいた細川京兆家(ほそかわけいちょうけ)の家督を継ぐが良い。」


「ははっ!ありがたき幸せにございまする!今後はそこの新参者に負けぬ忠誠を上様に尽くしまする!」


 その義輝の采配を受けた六郎改め輝元はその場に会釈をすると、スッとその場で立ち上がるや晴経父子を引き連れてどかどかとその場を去っていった。するとその様子を傍で見ていた秀高に対して上座の義輝は詫びを入れるように言葉をかけた。


「…すまぬな秀高。驚いたであろう。」


「いえ、私は別に…」


 秀高は義輝を心配させぬように毅然とした態度で返答すると、義輝は上座から右隣りの障子を見つめながら秀高に向けてこう言った。


「あの者は数年前に父が亡くなって以降、自身の祖先が就任していた管領(かんれい)への復権を執拗に狙っておるのだ。ああでもせねば引き下がらぬ故そうしたまでだ。」


「…畏れながら、先の管領であった細川氏綱(ほそかわうじつな)殿は既に亡くなっておられるとか。それならばどうして輝元殿に管領職をお授けになられないので?」


 他方に視線を向けている義輝に対して秀高の背後に控えていた小高信頼(しょうこうのぶより)が義輝に問うと、義輝は言葉をかけてきた信頼の方に視線を向けると自身の本心を打ち明けた。


「…応仁(おうにん)の乱以降、権勢が衰えた将軍家を本来は管領家が支えるべきところを、細川はそうせずに一族同士の争いに終始した。その様な者達に二度と管領の職務を与えてやるつもりはない。」


「上様…」


 その想いに触れて秀高がぽつりと漏らすように声を発すると、義輝は姿勢を正して明るい表情を見せた後に秀高に向けてこう言った。


「まぁ、これからの幕政は秀高のような新しき者達が加わってこそ然るべきものだ。秀高、その事を心しておくようにな。」


「ははっ、承知しました。」


 秀高がその義輝の言葉を受けて深々と頭を下げると、ふと義輝はある事を思い出して秀高に語り掛けた。


「そうだ秀高、先ごろ申し伝えていた新たなそなたの城の予定地だが、ようやく築城場所が決まった。藤孝、伝えてやれ。」


「ははっ。」


 義輝より言葉をかけられた藤孝は義輝に相槌を打つと、秀高の方に姿勢を向けて新たな築城場所について伝えた。


「秀高殿、新しき城の場所はこの京より南に位置する紀伊(きい)郡の伏見(ふしみ)の辺りに設けられると宜しかろう。」


「伏見…ですか。」



 その地名を受けて秀高は背後に控える信頼と視線を合わせた。伏見城(ふしみじょう)。それは秀高たちがいた元の世界において豊臣秀吉(とよとみひでよし)により築城されたものの、最終的には二条城(にじょうじょう)完成に伴い廃城となった幻の城でもあった。その地に城を構える事を進められた秀高は、言い表せない因果を感じ取っていたのである。



「伏見は南に巨椋池(おぐらいけ)を擁し、北に桃山丘陵(ももやまきゅうりょう)を抱える水運の要衝だ。そなたの拠点にはふさわしき場所であろう。」


「ははっ、格別のご高配を賜り恐悦至極に存じます。」


 上座の義輝の言葉を受けた秀高は視線を義輝の方に向けると、不安を感じ取られない様に毅然とした態度で頭を下げて一礼した。すると義輝はその挨拶を受け止めると頷いて答えた後に言葉を発した。


「うむ。人夫はこちらからも手配してやるゆえ、早速にも現地に赴いて縄張りにかかると良い。」


「ははっ!!」


 その言葉を受けた秀高は背後に控える信頼と大高義秀(だいこうよしひで)と共に義輝に対して頭を下げた。こうして京での拠点となる城の場所を指定された秀高は、将軍御所を去ると深く思慮しながら自邸へと帰っていったのである。




「…伏見、にござるか。」


 その日の夜。秀高邸の居間において秀高は(れい)たち正室の面々と義秀に信頼、それに三浦継意(みうらつぐおき)が集まって会談していた。その輪の中で口を開いた継意に対して秀高は頷きながら言葉を返した。


「あぁ。まさか俺たちの城の場所が伏見になるとはな…」


「その伏見は、あんたたちの世界だとどうなっているのよ?」


 静姫は秀高らに対して、秀高の元の世界における伏見城の事について尋ねた。すると秀高に代わり信頼が口を開いて問われたことについて答えた。


「伏見は豊臣秀吉(とよとみひでよし)の手によって川岸の指月(しづき)に築城された後、地震によって倒壊して木幡山に移築したんだ。けれど秀吉没後に一度落城。その後修築されたけどその数十年後に廃城となったんだよ。」


「…それに町衆の噂によれば、伏見の辺りにはかつての皇室の陵墓がいくつも存在し畏敬の存在となっているとか。そこに城を建てろと言うのは…」


「やはり、何か裏があるか。」


 信頼に続いて継意が町衆の噂を元にして発言すると、秀高は腕組みしながら言葉を発した。するとそれを聞いた義秀が秀高に対して言葉をかけた。


「将軍が俺たちを嵌めようとして言って来たって事か?」


「ともかくまずは、情報をしっかりと集めないといけないわね。」


 義秀の隣に着座していた(はな)が義秀に続いて発言すると、その言葉に続いて(まい)が秀高に対して意見を述べた。


「それと伏見の南には幕臣・真木島輝元(まきしまてるもと)殿の槙島城(まきしまじょう)があります。まずは周辺勢力の情報を得るのも大事だとも思います。」


「あぁ。ともかくまずは現地に赴き、城の縄張りを行うとしよう。」


 その秀高の言葉を隣で聞いていた玲はこくりと頷いて答えた。こうして秀高らは将軍家から指名された伏見での築城工事へと進んでいく事になったのである。





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