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1565年6月 伊賀平定



永禄八年(1565年)六月 伊賀国(いがのくに)仁木氏館(につきしやかた)




 伊賀国境にて高秀高(こうのひでたか)の軍勢に散々に打ち破られた伊賀守護・仁木義視(につきよしみ)は這う這うの体で逃げ帰り、単騎で落ち延びるとその日の夕刻には居館である仁木氏館の門前に戻って来たのである。


「開門!仁木義視の帰還であるぞ!」


 仁木氏館の門前まで来た義視は馬上から開門を告げるが、その声に反応して門が開くことはなく、あまつさえ館の中は不気味なまでに静まり返っていた。


「どうした!早う開門せぬか!」


 しびれを切らすように義視がなおも声を上げると、櫓門(やぐらもん)の上の櫓台に森田浄雲(もりたじょううん)がぬうっと現れて門の下にいる義視に声を掛けた。


「これは守護殿、率いた軍勢は如何なされた?」


「浄雲か!秀高の軍勢は間もなくここに押し寄せてくる!早急に防備を固めよ!」


 すると浄雲はその言葉を受けるなり、義視の方を見つめながらも声を上げてその場で笑い始めた。


「はっはっはっ。我らの忠告を聞かずに戦に出て、逃げて帰ってくるやそのような申し分を為されるとはな。」


「黙れ!さっさと開門せよ!」


 その行動を見て怒った義視は馬上から櫓台の浄雲に指を差しながらなおも開門を促した。すると浄雲はその場で右手を上げた。そうするとその傍に武装した足軽たちが一斉に姿を見せ、義視に厳しい視線を浴びせた。


「守護殿、残念ながらもうこの館の中に守護殿の下知に従うものはおりませぬぞ。」


「浄雲!貴様このわしに謀叛を起こす気か!」


 浄雲の行動を見た義視が更に怒りに燃えてこう言うと、浄雲は務めて冷静に義視を見つめながら言葉を返した。


「これは異なことを。我ら国人は何の力もない貴殿を守護に奉戴したのですぞ?それをそのように申されるとはな…」


「問答無用!者ども、その不届き者を成敗せよ!」


 義視が浄雲の側にいた足軽たちに下知を飛ばしたその時、浄雲の周囲にどこからともなく一斉に足軽たちが現れ、馬上の義視に向けて各々が手に持つ槍や刀の切っ先を向けた。


「な、何をする!?」


「…この国にとって最早不届きなのは守護殿、貴方でござるよ。」


「な、何じゃと…?」


 浄雲の言葉を受けて義視が櫓台の浄雲を見つめると、浄雲は冷ややかな視線を義視に向けながら言葉を発した。


「守護殿、等持院(とうじいん)殿(足利尊氏(あしかがたかうじ))に従って九ヶ国の守護を拝命した先祖をお持ちならば、最期ぐらいは神妙になさいませ。」


「じょ、浄雲…」


「連れていけ。地下牢に閉じ込めておくのだ。」


 その下知を聞いた足軽たちは馬上の義視を下馬させて、その場で縄で縛り上げて館の地下牢へ収容した。こうしてここに国人に奉戴された仁木義視は、国人たちによってその座を引きずり降ろされることになったのである。




「面を上げてくれ。」


 その数刻後、恭順の意を表明した仁木氏館に入城した秀高と徳川家康(とくがわいえやす)の軍勢は、そこで浄雲や植田光次(うえだみつつぐ)滝野貞清(たきのさだきよ)ら秀高に恭順の意を示した国人たちの歓待を受けた。


高民部少輔秀高こうみんぶのしょうひでたかだ。お前が森田浄雲か?」


 主のいない仁木氏館の広間の中で、上座に座る秀高が下座に控える浄雲に対してこう言うと、浄雲は頭を上げて秀高に返答した。


「ははっ。森田浄雲にございまする。そして後ろに控えるのが秀高殿に対し連名で記した面々にございまする。」


 そう言うと浄雲はその場に控えていた面々を秀高や両脇に控える諸将たちに引き合わせた。その中には先程の二人に加えて大舘義実(おおだちよしざね)、そして二人の忍びが控え、その中の一人が頭を上げて秀高に発言した。


「秀高殿、お初にお目にかかる。百地三太夫(ももちさんだゆう)と申しまする。」


「おぉ、貴方がかの有名な百地丹波(ももちたんば)殿か。これは初めまして。」


 秀高はその場で三太夫よりの言葉を聞くと、三太夫に対して挨拶を返した。すると三太夫は脇にいたもう一人の忍びの方に視線を向けながら秀高に言葉を返した。


「秀高殿、ここに控える藤林正保(ふじばやしまさやす)共々、秀高殿に恭順の意を示し申す。」


「そのお言葉、ありがたく思う。伊賀忍は三河(みかわ)殿の大事な配下。恭順の意を示してくれるだけで嬉しく思うぞ。」


 この秀高の言葉を聞くと三太夫と正保は深々と秀高に頭を下げ、改めて恭順の意をその場で示したのであった。それを見た秀高は再び視線を浄雲の方に向けた。


「…それで浄雲、肝心の仁木義視はどうした?」


「ははっ、仁木義視はこの館の地下牢に閉じ込めており申す。義視の処遇は秀高殿に一任いたす所存。」


 浄雲より義視の処遇を一任された秀高は、その場で少し考えた後に視線を浄雲の方に向けて返答した。


「そうか、ならばこうしよう。伊賀にはいずれこちらから領主を送る。仁木義視の身柄は(みやこ)へと送り、将軍家の差配に任せる事とする。」


「ははっ。承知いたしました。」


 この秀高の処置を聞いた浄雲はそれを受け入れるように頭を下げた。するとその浄雲に対し秀高はある事を尋ねた。


「それはそうと浄雲、連盟にはお前たちの名が記されていたが、伊賀国人の全てじゃないだろう?」


「ははっ…秀高殿もご存じの通り、先の戦の際にも義視の号令に従った豪族はごまんとおりまする。」


「それに国内のほとんどの豪族は誼を通じるどころか、旗色や模様眺めをしたりする者や徹底的に反抗の意を示す物に別れておりまする。」


「よく分かった。」


 浄雲の言葉に続いて貞清が秀高に対して発言すると、秀高はそれらの内容を聞いた上で返事を返し、その下座に控えていた浄雲らに対してこういう下知を告げた。


「ならばお前たち六人の者達に命ずる。その者達を(ことごと)く討ち滅ぼせ。」


「根絶やしにござるか?」


 そのあまりにも突拍子な下知を受けた浄雲が不意を突かれたように驚き、頭を上げて秀高に問い返すと、秀高は浄雲やその場の面々に視線を向けながらこくりと首を縦に振った。


「これから先、伊賀国内にその様などっちつかずの態度をするような者は不要だ。誼を通じたりこうして入城した際に馳せ参じてくるのならばまだしも、領地に籠って従う姿勢を見せない者達など到底信用できない。」


 秀高は浄雲らを冷たい視線で見つめながらそう言い、片やその言葉を聞いていた浄雲らの中には神妙な面持ちでこの言葉を聞き入っていた者もいた。


「よってすべてを討ち滅ぼした上でお前たち六人を国内の郡代に任命し、その郡代たちの上にこちらから送る領主を据える。伊賀国は今後、国人の自治ではなく領主の統治に従ってもらう。これはその為の行動だ。」


 秀高は国人たちに対し、義視を廃して新たな領主を置く以上は、今までの傀儡(かいらい)としての役割ではなく、きっちりとした上下関係を持つ関係にするというような事を告げた。その申し出を下座の浄雲らは噛みしめるように受け止め、その中で浄雲が秀高に対して返答した。


「…承りました。もとより秀高殿に帰参した以上は無事では済まぬと分かっており申した。その下知、謹んで従いまする。」


「よろしく頼んだぞ。」


 その後、浄雲ら秀高に恭順の意を示した六人は、各々の軍勢を率いて国内に点在する諸豪族を討ち果たした。これによって今まで国人自治を行って来た伊賀国はその体制を取りやめ、高秀高とその新たな領主の元で生活していく道を取ったのであった。




「随分思い切ったことをしたわね。」


 その日の夜。仁木氏館の奥の間で酒を飲んでいた秀高に対して静姫(しずひめ)銚子(ちょうし)を片手にこう言った。すると秀高は盃をお膳の上に置いて静姫に対して言葉を返した。


「…伊賀国は元々、国人の影響力が強い土地だ。本領安堵しておいて今後同じような事が起これば支配体制が揺らぎかねない。厳しいようだがこれは大事な行動なんだ。」


「まぁ、領主を送った直後に国人の一揆が起きようものなら、私たちの顔に泥を塗られたに等しいわね。」


「そのような事態にならぬ為にも、厳しい処置も必要ですわ。」


 静姫に続いて秀高の上洛に随伴していた詩姫(うたひめ)が言葉を発すると、秀高は視線を詩姫の方に向けながら再び盃を手に持った。


「あぁ。苛酷なようだが時には必要な事だからな…」


 秀高は詩姫に対してそう言うと、静姫と正反対の位置に座っていた第一正室・(れい)より酒を注いでもらい、それを一口で飲み干した後に言葉を発した。


「…それよりも先ほど早馬が報せを持ってきた。義秀(よしひで)信隆(のぶたか)と対峙した際に左目を失ったそうだ。」


「えっ?義秀くんが左目を?」


 その言葉を聞いて玲が心配そうに言葉を発した。すると秀高はそんな玲の方を振り向くと、早馬から聞いた情報を元に玲に言葉を返した。


「命に別状はないみたいだが、結局信隆を逃がしてしまったそうだ。」


「…なかなか決着はつかないわね。」


 義秀の負傷と共にまたしても逃げ延びた織田信隆(おだのぶたか)について静姫が言葉を発すると、その言葉を聞いて秀高は静かに頷いた。


「だが、朝倉義景(あさくらよしかげ)は腹を切り、朝倉家の一門と家臣団は浅井高政(あざいたかまさ)に所領丸ごと与えるとの事だ。一方でこちらは若狭武田(わかさたけだ)の所領である若狭(わかさ)一国を手に入れた。これでもう上洛の邪魔をする奴はいない。」


「いよいよ(みやこ)も目の前ですわね。」


 その秀高の言葉を聞いて詩姫がそう言いながら、手に銚子をもって秀高の盃に酒を注いだ。それを受けた秀高は詩姫に視線を向けながら言葉を返した。


「あぁ。そのためにもまずは大津(おおつ)に向かい、幕臣たちと入京の打ち合わせをするとしよう。そうすればそこで義秀の軍勢とも合流できるしな。」


「うん、そうだね。」


 その言葉を聞いて玲が声を発すると、その後に秀高は盃を呷って飲み干した後に玲の方に視線を向けて頷いて答えた。こうして伊賀国の事が片付いた秀高はその翌日には伊賀上野(いがうえの)を発し、一路(みやこ)の玄関口でもある大津へと向かって行ったのであった。





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