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1565年6月 隻眼が見据える物



永禄八年(1565年)六月 越前国(えちぜんのくに)織田(おだ)




「ヨシくん!!」


 轟音と共に大高義秀(だいこうよしひで)の後を追いかけてその場に入ってきた(はな)は、その場に仰向け倒れ込んでいる義秀を見かけると織田信隆(おだのぶたか)と信隆の背後で火縄銃を構えていた明智光秀(あけちみつひで)を尻目に義秀の側に駆け寄った。


「ヨシくん、しっかりしてヨシくん!」


「…騒ぐな華。俺は大丈夫だ。」


 するとその場に倒れていた義秀が、華の言葉に反応してすぐに言葉を返したが、その義秀の姿を見て華が声を掛けた。


「でもヨシくん、左目が…」


 この時、義秀の左目は閉じられていたが(まぶた)の隙間から血が流れていた。あの時、光秀が義秀を狙って放った火縄銃の銃弾は左目に命中しており、それを受けた義秀はその弾みでどうっとその場に倒れ込んだ。だが義秀は声を掛けた華に対して気丈に振る舞う様に立ち上がった。


「…こんなことで弱音を吐いていたら、鬼大高の名が廃るぜ。」


「くっ、今度は心臓を狙う!」


 そう言って光秀が信隆の前に出て、再びじりじりと近づいてくる義秀に火縄銃を構えたその時、義秀は目にも止まらぬ速さで刀を鞘から抜き、火縄銃を構えた光秀の左の二の腕から先を即座に斬り落とした。


「ぐ、ぐぁぁっ!!」


「光秀!!」


 義秀の一閃を受けた光秀が火縄銃を落とし、斬り落とされた箇所を右手で囲う様にその場で(もだ)えると信隆が声を発した。すると義秀は一の腕を斬り落とした光秀に対して睨みつけるように言葉を吐き捨てた。


「俺の邪魔を…すんじゃねぇ…っ!」


「ヨシくん…」


 義秀が息を荒げながら光秀に言葉を返した様子を見て、後ろにいた華が義秀の事を心配するように言葉を発した。するとそんな様子を見て信隆が義秀の事を見つめながら言葉をかけた。


「…そんなにも、この私が憎いのですか?」


「当たり前だ…てめぇを逃がせば…この国の戦乱は…っ!?」


 そう言ってじりじりと近寄っていた義秀がいきなりその場にうつ伏せに倒れ込んだ。するとそんな様子を見て再び華が義秀の側に駆け寄り、倒れ込んだ義秀の身体を返して上体を起こした。


「ヨシくん!しっかりしてヨシくん!」


「信隆様っ…この隙に二人をっ…!」


 その様子を見て光秀が二人を殺すように信隆に進言すると、信隆は二人の様子を見た後にその光秀の問いかけを首を振って否定した。


「…結構です。この隙に逃げましょう。」


「しかし…!」


 光秀は信隆に食い下がるように言葉をかけると、信隆は光秀の肩に手を掛けて振り返ると、背後の義秀らに視線を送りながらこう呟いた。


「…私にはまだ、高秀高(こうのひでたか)を討つという使命があるのですから。」


「…ははっ。」


 光秀はこの信隆の言葉を聞くとそれを受け入れ、信隆と共にその場を去っていった。するとその時に小高信頼(しょうこうのぶより)(まい)が駆け込んできて倒れている義秀に近づいた。


「義秀!大丈夫?しっかりして!」


「てめぇ…逃がすかっ…」


 義秀がなおも去っていく信隆に対して右手を差し伸ばすと、信頼はその右手を握って息が荒い義秀に呼びかけた。


「義秀、あまり動かないで!華さん、早くここを出ましょう!」


「えぇ。分かったわ…」


 華は信頼の意見を受け入れると妹の舞と共に気を失った義秀を支え、やがて信頼と共に義秀の両脇を抱えて燃え盛る織田館の広間を後にした。そして信隆はその後、配下の家臣たちと共に海路で越前を脱し、上杉輝虎(うえすぎてるとら)を頼って越後へと向かって行ったという…




「ん?ここは…」


 その翌日、織田館の一件で気を失った義秀は、はっと気がついて見える右目を見開き、周囲の状況を確認するように見まわした。すると、その傍らにいた一人の医師が仰向けになっていた義秀にこう告げた。


「お加減は如何ですかな?ここは越前の北ノ庄(きたのしょう)でございます。」


 義秀が仰向けになって布団の上に寝ていた場所は北ノ庄にある旧朝倉景行(あさくらかげゆき)の館。織田の地からは北東の位置にあった。その館の中の広間で医師にそう告げられた義秀であったが、その医師が義秀に対して改めて自己紹介をした。


「申し遅れました。(それがし)、元朝倉(あさくら)家臣で医師を務める大月景秀(おおつきかげひで)と申しまする。華さまや信頼様の申し出を受けて義秀さまの治療を致しました。」


「そうだったのか…それで俺の左目は?」


 名乗ってくれた景秀に義秀が自身の左目について尋ねると、景秀は義秀に対して自身の知見を述べた。


「単刀直入に申せば弾は取り除きました故大事には至りませんでしたが、もう左目が見える事は…」


「それは分かっていたことだぜ。」


 光秀の銃弾を左目に受けた義秀であったが、この時幸運だったのは銃弾が左目の位置でとどまり、その奥に銃弾が届かなかったことであった。その為銃弾の摘出は容易に終わって治療を施された後に義秀の左目には布製の眼帯がかけられていた。


「そうか…俺は隻眼になっちまったって事か。」


 義秀が自身の左目に掛けられていた眼帯を触りながらそう言うと、景秀はふっと微笑みながら義秀に言葉を返した。


「何を仰せになられまするか。命があればきっとどうにかなりまする。」


「へっ、医師とは思えねぇ言葉だな。」


「はっはっはっ。そうかも知れませぬな。」


 義秀の言葉を受けて景秀が笑って受け止めると、その場の襖を開けて華と信頼夫妻が入ってきた。


「ヨシくん…もう大丈夫?」


「あぁ。どうにかな。」


 その光景を見て景秀が空気を読んでその場を去ると、義秀の周囲に華と信頼夫妻が座って布団に寝ている義秀を囲んだ。すると義秀が左目を覆う眼帯を触りながらこう言った。


「しかし隻眼か。あれじゃねぇか?三国志(さんごくし)夏侯惇(かこうとん)も隻眼だったろう?」


「うん。しかも同じ左目に傷を負ったんだ。」


 義秀が夏侯惇の事を持ち出した後に信頼が答えると、義秀は口角を上げながら華たちに冗談を飛ばした。


「なら鬼大高じゃなくて、今後は「盲大高(もうだいこう)」っつったほうがいいかもな。」


「もう、ヨシくんったら…ふふっ。」


 その義秀の冗談を聞いた華や信頼たちは次第に笑い始め、その場の空気は和やかになった。するとその義秀に対して舞が話しかけた。


「そうだ義秀さん、先程朝倉景隆(あさくらかげたか)殿が子息の朝倉景健(あさくらかげたけ)殿を連れてお越しになられましたよ。」


「そうか、じゃあすぐにでも…」


 そう言って義秀が布団から(おもむろ)に上体を起こそうすると、傍にいた華が手で制した。


「こらヨシくん。怪我人はゆっくりしてなきゃダメよ?」


「でも景隆が来たんなら…」


 義秀が華にそう言うと、その言葉に信頼が義秀の疑問に答えるように言葉を返した。


「大丈夫だよ。義秀が寝てる間に朝倉一門と家臣の処遇を決めておいたんだ。景隆殿や景健殿、それに亡き義景(よしかげ)殿の妻子は高政(たかまさ)殿の預かりとし、その家臣団も浅井家の家臣団として組み込むことにしたんだ。」


「じゃあこの越前は…?」


「越前国は丸ごと高政殿の所領となり、浅井家の領国として統治する事にしたんだよ。」


 義秀が横になっている間。信頼は義秀の名代として朝倉景隆ら朝倉家一門や譜代家臣の処遇を諸将や浅井高政(あざいたかまさ)と取り決め、既に決裁が終わったことを知った義秀は再び布団に寝転がるように横になった。


「なーんだ。じゃあ俺なんか必要なかったじゃねぇか。」


「…そうとも言えないわよ。」


 するとその義秀の言葉に反応した華が神妙な面持ちをしながら、義秀の顔を見つめてこう言った。


「もし、あの光秀の銃弾をヨシくんじゃなくてヒデくんが受けて、尚且つそれが左目じゃなかったらどうなってたかしら?」


 その言葉を聞くと、その場の空気は一気に張り詰めたが、義秀は華の言葉を聞くと布団に横になりながら華に答えを返した。


「…もしそうだったら、俺はあいつが受けるはずだった物を俺が受けたって事になるな。」


 そう言うと義秀は再び上体を起こすと、眼帯を付けながら華や信頼夫妻の顔を見た後に言葉を続けた。


「なら、少しは身代わりに慣れてホッとしてるぜ。まぁ。これからの槍働きはより厳しくなるとは思うがな。」


「大丈夫よ。ヨシくんならきっと戦えるわ。」


「へっ、よく言うぜ。」


 華の言葉を聞いて義秀が笑って答えると、張り詰めていた空気は再び和やかになって信頼夫妻の顔にも笑顔が戻った。こうして肝心の信隆には逃げられたものの、義秀らは越前・そして若狭(わかさ)を手中に収める事に成功したのである…





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