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1565年6月 姉川決戦・後編<四>



永禄八年(1565年)六月 近江国(おうみのくに)姉川(あねがわ)




 西上坂(にしこうざか)で戦う朝倉(あさくら)勢と高秀高(こうのひでたか)徳川家康(とくがわいえやす)勢に東上坂(ひがしこうざか)の方角から勝鬨が聞こえてきた時には、既に戦況は朝倉勢の劣勢となっていた。そしてその追い打ちをかけるように聞こえてきたこの勝鬨によって朝倉勢の備えは一気に恐慌状態に陥った。


「くっ、怯むな!何としても踏みとどまるのだ!」


 この情勢を見て左翼二陣の武田信豊(たけだのぶとよ)勢の加勢に来ていた山崎吉家(やまざきよしいえ)は怯みつつあった味方を督戦するように呼び掛けていた。するとそこに吉家の弟の山崎吉延(やまざきよしのぶ)が馬を駆けて近づいてきた。


「兄上!敵の加勢じゃ!次々と波のように襲い掛かってくるぞ!」


 吉延の報告を聞いて吉家が別方向を振り向くと、気が付けば自身の三方向から敵が迫ってきており、この状況を見た吉家は背後にいた吉延に言葉を返した。


「吉延、そなた直ちに景健(かげたけ)殿の備えに向かい、この戦況を伝えて参れ。」


「兄上は?」


 すると吉家は得物の槍を構えて、目の前から来る敵を睨むように鋭い視線を向けながら返答した。


「わしはしばらくここに留まる。朝倉家の武士の意地、秀高に思い知らせてやるわ。」


「…然らば、このわしも残ろう。伝えに行くなど早馬でも出来る。兄上をここにはおいていけぬ!」


 吉家の覚悟を聞いて吉延も得物の太刀を片手にそう言うと、吉家は吉延の振る舞いを見て小さな声でつぶやいた。


「…愚か者が。」


 吉家はそう言うと弟の吉延と共に迫ってきた秀高勢の足軽相手に奮戦し始めた。するとその奮戦が功を奏して若狭武田の将兵も徐々に秀高勢と互角の戦いを見せるようになってきたのである。




「殿!新たな援軍です!横山城(よこやまじょう)の麓から来た稲葉良通(いなばよしみち)殿と氏家直元(うじいえなおもと)殿の軍勢が朝倉軍に襲い掛かっております!」


 その頃、秀高の旗本を指揮する大高義秀(だいこうよしひで)の元に家臣の桑山重晴(くわやましげはる)が援軍の来訪を馬上の義秀に告げた。すると義秀は目の前の騎馬武者を一突きで倒すと、槍を掲げて声を上げた。


「よっしゃ!このまま若狭武田(わかさたけだ)の備えに襲い掛かる!続け!」


 義秀はそう言うと(はな)と共に若狭武田勢に襲い掛かった。そして義秀はそこで若狭武田勢の前面に立つように奮戦する山崎兄弟の姿を見たのである。


「ここを通りたくば、この山崎吉家と弟の吉延を越えて行け!」


 吉家が迫り来る秀高勢にそう言いながら戦っていると、その様子を見た華が義秀に近づいて話しかけた。


「ヨシくん、あれは恐らく朝倉家中でもその人ありと噂される山崎吉家と弟の山崎吉延よ。」


「へぇ、あれが…だれか討ち取ろうって奴はいねぇか!」


 義秀はそう言って旗本たちに呼びかけると、その声に反応して神余高政(かなまりたかまさ)神余高晃(かなまりたかあきら)の兄弟が名乗りを上げた。


「然らばその相手、我らにお任せあれ!」


「おぉ、高政に高晃か!お前たちに任せたぜ!」


 義秀は神余兄弟の姿を見てそう言うと、義秀の許しを得た神余兄弟は各々得物の槍を下げて山崎兄弟の所に向かった。その中で弟の高晃は吉延の前まで来ると、吉延は秀高勢の足軽を倒した後に高晃の姿を見かけた。


「はっ!貴様などに討ち取られるほどわしの力は衰えておらんぞ!」


「その首、この神余高晃が頂戴致す!」


 高晃は吉延の威風に怖気づくことなく槍を構えて襲い掛かった。すると吉延は構えの隙を見せずに高晃と数合打ち合った。その中で高晃は吉延の武勇に触れると一歩吉延から間合いを取って言葉を漏らした。


「くっ、なかなか手強い…」


 すると吉延は手にしていた太刀をぶんぶんと振り回し、高明らを見つめながら挑発するように言葉を投げかけた。


「どうした?その腕前ではこの吉延を討ち取れんぞ!」


「おのれ…ならば!」


 すると高晃は再び吉延に襲い掛かると、数合打ち合った後に槍の石突(いしづき)で吉延の手から太刀を落とし、直ぐに槍を返して吉延の胴体に槍を突き刺した。


「ぐあっ!こ、この吉延が…」


「吉延!」


 吉延の悲鳴を聞いて吉家が振り返ると、吉延は力を無くしてその場に転がった。するとその時吉家の前に兄の高政が槍を片手に襲い掛かり、吉家は襲い掛かってきた高政と数合打ち合うと槍の柄で(つば)迫り合いを行って高政に顔を近づけた。


「…その方、なかなかやるな。」


「貴殿こそ、さすがは朝倉宗滴(あさくらそうてき)配下として加賀一向一揆(かがいっこういっき)相手に武名を上げただけはある。」


 すると高政は(つば)迫り合いを解いて間合いを取ると、再び槍を構えて目の前の吉家の姿をじっと見た。


「だが殿の為、貴殿を討ち取って名を上げさせてもらう!」


「…殿の為、か。」


 高政の言葉を聞いた吉家が短くそう言うと、吉家も再び槍を構えて高政に言葉を返した。


「ならば互いに信じる者の為、勝ちを譲る訳にはいかんな。」


 吉家はそう言うと馬を駆けさせて高政に近づき、高政も同様に吉家に近づいて互いに槍を突き出した。そして近づいたお互いが別方向に過ぎ去った後、吉家は手から槍を地面に落とした。


「み、見事…」


 吉家はそう言うと馬上から転げ落ち、地面にそのまま落馬して息絶えた。すると高政は馬首を返して落馬した吉家の姿を見るとこう言った。


「山崎吉家…良き敵だった。」


「よくやったぜ二人とも!これで朝倉勢は大いに動揺するはずだぜ!」


 この一騎打ちを見ていた義秀が神余兄弟に向けてそう言うと、高政は義秀の方を振り返って言葉を発した。


「義秀殿、このまま一気に朝倉勢を討ち果たしましょう!」


「おう!者ども続け!朝倉勢を一人も逃がすな!」


 義秀はそう言うと再び馬上から槍を振い始め、次々と敵を打ち倒していった。この山崎吉家・吉延兄弟の討死によって、それまで士気を取り戻しつつあった若狭武田勢は再び絶望の淵に叩き落とされることになるのである。




「…殿、山崎吉家殿と弟の吉延殿が討ち死にしました。」


 その山崎兄弟の討死を若狭武田勢を指揮する信豊に伝えたのは若狭武田家臣の粟屋勝久(あわやかつひさ)であった。信豊は報告しに来た勝久に視線を向けるとすぐに見方の状況を問うべく言葉を返した。


「そうか。味方の状況は?」


「既に右翼は二陣を破られ、朝倉景鏡殿の跡を継いで指揮する朝倉景恒(あさくらかげつね)殿が徳川勢と対峙していますが、徐々に後退しつつあるとの事。」


「殿、最早朝倉家もここまでかと。」


 信豊の側でそう言ったのは同じ若狭武田家臣の逸見昌経(へんみまさつね)であった。信豊は昌経からそう言われると馬上から昌経の方を振り返って言葉を返した。


「まさか、逃げよとでも言うのか?」


「すでに味方の劣勢は明らか。万が一義景(よしかげ)が実権を取り返した所で朝倉に過日の勢いはありませぬ。ここは若狭に退いて今後の方策を練るべきかと。」


「殿、ここは潔く若狭へと帰還しましょう。」


 この昌経の意見に同調する様に勝久がそう言うと、信豊はため息をついてこう言った。


「…分かった。息子の行動が正しかったという事か。」


 信豊は呟くようにそう言うと、周囲にいた味方に対して呼び掛けるように声を上げた。


「もう朝倉家に義理立てする事もない!我らはこれより若狭に退く!撤退じゃ!」


 この信豊の下知を受けた若狭武田勢は義秀らの攻勢を受けつつも姉川を渡河して若狭へと撤退していった。しかしこの戦いによって若狭武田勢は半数が討死し、これによって朝倉勢の敗北は決まったようなものだった。




「…熊千代(くまちよ)、もう決着はついたようだ。」


 この血戦繰り広げられる姉川より遠く離れた横山城(よこやまじょう)の本丸。ここからこの戦いの様子を見ていた秀高の嫡子・徳玲丸(とくれいまる)は戦の様子をじっと見つめていた熊千代に対して話しかけた。すると熊千代は話しかけてきた兄の徳玲丸の方を振り向いた。


「兄上、やはり父上はすごい方だ。数に勝っていた朝倉勢を僅か一刻半で打ち破るとは…」


「当然にございまする。我が殿なればたとえ十万が相手でも勝機を見いだせましょうぞ!」


 熊千代の言葉に反応して言葉を返したのは、秀高より横山城の守備を任されていた三浦継高(みうらつぐたか)であった。するとその継高の言葉に秀高の第二正室である静姫(しずひめ)が継高の方を振り返って言葉をかけた。


「継高、それは言い過ぎよ。でも相手が仕掛けてきたとはいえ、朝倉の大軍をこうも簡単に撃破するとは流石ね。」


「はい。これでこそ兄が見込んだお方ですわ。」


 この静姫の意見に賛同する様に第三正室の詩姫(うたひめ)が言葉を発すると、その中で熊千代は再び視線を姉川の方角に向けてじっと見つめた。


「…」


 するとその様子を見た熊千代の実母でもある(れい)が熊千代の側に近づいて熊千代に話しかけた。


「どうかな熊千代。すこしは父上の見方は変わったかな?」


「…いえ。(むし)ろすっきりしました。」


 熊千代は母である玲の問いかけにそう答えると、兄の徳玲丸に視線を向けながら母に対して言葉を返した。


「いままで私は武士たるものは力こそが全てだと思っておりました。されど此度の父上の戦いを見て、戦になる前に手を打っておくことが大事だと改めて実感しました。」


「そう…それなら良かった。」


 その言葉を聞いて玲は納得するように頷き、そして徳玲丸もまた熊千代の顔を見つめながら一回頷いた。そして熊千代と徳玲丸は再び視線を姉川の方に向け、父の戦いぶりを焼き付けるようにその光景を見つめたのであった。





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