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1565年6月 姉川決戦・後編<二>



永禄八年(1565年)六月 近江国(おうみのくに)姉川(あねがわ)




真柄直隆(まがらなおたか)殿討死!真柄直澄(まがらなおずみ)殿、魚住景固(うおずみかげかた)殿、敢無く討死!」


 真柄直隆が討死した報告は真柄勢の後方に続く朝倉景鏡(あさくらかげあきら)の陣に届けられた。早馬よりの火急の報告を聞いた景鏡は馬上から前面の戦いの風景を見つめると、ため息を一つ吐いて言葉を発した。


「…他愛もない。朝倉家もこの戦いで終わりか…」


 景鏡は早馬からこの報告を聞くと、突然その場で馬首を返して後ろの方に振り向かせた。するとその姿を見た朝倉景恒(あさくらかげつね)が景鏡を呼び止めた。


「景鏡殿!どこへ行きなさる!」


「決まっているだろう。最早この戦いに従う義理は無い。戦線を離脱して大野郡(おおのぐん)に戻る。」


「何を仰せになられるか!戦線離脱するなど許される筈がございませぬ!」


 景鏡の軽挙妄動ともいうべき行動を見て景恒が慎むように諫めると、景鏡は話しかけてきた景恒の方を振り返り、眉をひそめて睨みつけた。


「黙れ。最早朝倉家がどうなろうと知ったことか。わしは大野郡に戻って朝倉の名を後世に遺す。」


 景鏡は諫めてきた景恒にそう言い放つと振り返ってその場から去ろうとした。するとその時、三田村城(みたむらじょう)から一騎の騎馬武者がその場にやってきて、去ろうとした景鏡の前に立ちふさがった。


「…何者だ?邪魔だ、そこをどけ。」


 景鏡は立ちふさがった騎馬武者を睨みつけてそう言うと、その騎馬武者はそこで腰に差していた太刀を抜き、景鏡の姿を見つめながら言葉を発した。


「…潜り込むには貴様の首で良いか。」


 するとその時、騎馬武者は馬を駆けさせて景鏡に近づくと一太刀で景鏡の首を胴体から飛ばし、景鏡は訳も分からぬ表情を浮かべたまま首は地面へと落ちた。するとその様子を見ていた景恒が(おもむろ)に声を上げた。


「かっ、景鏡殿!お主何をする!」


 すると騎馬武者はその場で下馬して布で景鏡の首を包むと、再び馬に(またが)って話しかけてきた景恒の方に視線を向け、短く言葉を返した。


「騒ぐな。朝倉景鏡は信隆(のぶたか)様の下知に背いて兵を退こうとした。その様な不届き者を討ち取っただけだ。」


「不届き者だと…?」


 その騎馬武者の言葉を受けて景恒が言葉を漏らすと、そんな景恒の様子を気に留めることなく騎馬武者は手綱を引いて馬を進めさせた。するとその様子を見た景恒が騎馬武者に問いかけた。


「どこへ行く!?」


「それはお主の知ったことではない。景鏡の部隊の指揮はお前に任せるとの信隆様からのご下知だ。」


 騎馬武者は織田信隆(おだのぶたか)の下知だと言って景恒にそう言うと、腰に布で包んだ景鏡の首をぶら下げてその場を颯爽と去っていった。そしてその場に残された景恒はその場で起きた出来事をまだ飲み込めておらず、周囲の兵たちと共にただ呆然と立ち尽くしていた。




「兄者!先ほど氏勝(うじかつ)様の陣中に向かって前線への加勢を伝えて来たぞ。」


 一方その頃、そんなことなど露とも知らない高秀高(こうのひでたか)の陣中では、秀高家臣の木下秀吉(きのしたひでよし)木下秀長(きのしたひでなが)の兄弟が秀高の下知を丹羽氏勝(にわうじかつ)の陣中に伝えていた。氏勝への報告を済ませた秀長の姿を見た秀吉は秀長に言葉を返した。


「よくやった小一郎(こいちろう)!これで前線の可成(よしなり)殿や義秀(よしひで)殿の助けになるであろう。」


「聞けば既に徳川(とくがわ)勢が朝倉軍の右翼を突き崩したと聞く。あと数刻でこちらの勝ちは決まるだろうな。」


 秀長が兄の秀吉に話しかけながら後方に広がる戦の風景を見つめると、話しかけられた秀吉は首を縦に振って頷いた。


「うむ…それにしても僅か数刻で数に勝る朝倉軍を撃破するとは…我が殿はやはり素晴らしいお方じゃ。」


「まったくだな…ん?」


 するとその時、後ろを振り返っていた秀長の目にある者が飛び込んできた。よく見ると高家の旗指物である「丸に違い鷹の羽(まるにちがいたかのは)」が施された旗を刺した一気の騎馬武者が、戦いの中を縫うように現れたのである。


「兄者、向こうから来るあの騎馬武者…何か様子がおかしいぞ?」


「何?あれは味方の早馬ではないか…」


 秀吉が秀長の指さす方を見て言葉を返すと、秀吉はその直感で騎馬武者の不信な様子に気が付き、徐に駆け出して近づいて来ていた騎馬武者を呼び止めた。


「待て!そこの早馬どこに行く!」


「我は秀高様に朝倉景鏡の御首(みしるし)を献上するべく本陣に参る!お通しせよ!」


 騎馬武者がそう言うと秀吉と秀長は互いに振り返った。すると秀吉は騎馬武者に対してこう言い返した。


「朝倉景鏡だと…?朝倉景鏡の備えにまだ味方は攻め掛かっておらん!その方どこから参った!?」


 この時、味方の軍勢は二陣の真柄勢を突き崩したとはいえ、景鏡勢には一太刀も触れてはいない状況であった。その景鏡勢の大将である景鏡の首を持ってきたという騎馬武者に対して二人は益々不信感を強めた。


「…兄者!この者の顔、どこかで見た事が無いか?」


 とその時、秀長が騎馬武者の顔を覗き込んで秀吉にこう言った。秀吉は秀長と同じように騎馬武者の顔を見ると、その人相には見覚えがあった。


「…その方、まさか出奔した菅屋長頼(すがやながより)か!?」


 そう。朝倉景鏡を討ち取ったこの騎馬武者こそ、織田信隆の家来となった菅屋長頼であった。長頼は信隆からの密命を受け、秀高の陣中に忍び込んで秀高を手打ちにしようとしたが、秀吉たちの前にその人相がばれてしまったのである。


「っ!?御免!」


「待て!不届き者じゃ!その早馬を本陣に通すな!!」


 馬を走らせて駆けだした長頼の姿を見て秀吉が周囲の足軽たちに長頼を通さぬように呼び掛けた。すると長頼は再び腰から太刀を抜いて周囲から近付く足軽たちを振り払う様に太刀を振った。


「どけ!立ちはだかるのであれば斬り捨てる!」


 そう言いながら長頼はやがて秀高の本陣・上坂城(こうざかじょう)の近くまで近づいた。するとその長頼の目の前に一騎の騎馬武者が立ちはだかった。秀高家臣・竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはるの弟・竹中久作重矩たけなかきゅうさくしげのりである。


「そこの早馬、ここから先に通すわけには参らぬ!覚悟せよ!」


「ええい!邪魔だ!」


 重矩の姿を見て長頼がそう言うと、重矩は槍を構えて近づいてくる長頼に狙いを定めると、重矩は長頼の肩を突いて馬上から叩き落とし、長頼を落馬させた。


「曲者だ!この者を取り押さえよ!」


 長頼を落馬させた重矩は周囲の足軽にそう言うと、足軽は近づいて転げ落ちた長頼に麻縄を掛けて捕縛した。そして長頼の後を追いかけてきた秀吉と秀長は、長頼が捕縛されたことを受けて安堵した表情を浮かべた。




藤吉郎(とうきちろう)に小一郎、それに久作(きゅうさく)。よくやってくれた。」


 その上坂城の城内にて、秀高は小高信頼(しょうこうのぶより)三浦継意(みうらつぐおき)と共に捕縛した長頼と対面した。秀高より声を掛けられた重矩は頭を下げて秀高に返答した。


「ははっ、殿の御身に怪我がなくて安堵いたしております。」


「殿…この者は菅屋長頼にございます。」


 やがて長頼の姿を見た継意が秀高にそう言うと、秀高は継意に視線を向けて言葉を返す。


「菅屋長頼…織田信房(おだのぶふさ)の次男だったか。」


「如何にも。長頼は兄の小瀬清長(おせきよなが)と反目して勝手に名古屋(なごや)を出奔。行方をくらましておりましたが…まさか信隆の所に落ち延びていたとは…」


 そう言いながら継意が長頼の方に視線を向けると、同時に長頼に視線を向けた秀高が長頼に話しかけた。


「…長頼、何か言う事はあるか?」


 すると長頼はそれまで伏せていた視線を秀高に向けると、睨みつけるように見つめて言葉を発した。


「…然らば申し上げる。何故我が父の武功に見合う御加増を為されなかったのか?」


「信房の事か?信房が稲生原(いのうばら)での討死を憐れんでお前たち兄弟に十分に禄を加増したはずだ。それの何が気に食わない?」


「我が父は小豆坂七本槍あずきざかしちほんやりに数えられた猛者にございます!才能を重んじられる貴殿ならば…!」


「…お前か兄を城主に推挙しろとでもいうのか?」


 長頼の発言の意図を察した秀高が長頼にそう言うと、長頼はそこでパタリと言い淀んでしまった。すると秀高は長頼に厳しい視線を向けて言葉の続きを述べた。


「お前はその身勝手な思いを抱いて勝手に不満を抱き、現実を受け止める兄と仲たがいして出奔した挙句、信隆の所に駆け込んで俺の命を狙った。これほど身勝手な事が他にあるか?」


「くっ…!」


 秀高の言葉を受けて長頼が悔しがると、秀高はそんな長頼に対して最期の手向けとも言わんばかりに言葉を告げた。


「安心しろ。お前の行動で兄の禄を削ったりはしない。だから安心して首を打たれるが良い。連れて行け。」


 秀高の言葉を受けた秀吉と秀長は、重矩と共に長頼をどこかへと連れて行った。その後、菅屋長頼は竹中重矩によって人知れず首を打たれたという…


「…家臣団の中の弱みを信隆に付け入られましたな。」


 連れられて行った長頼を見送った継意が秀高にそう言うと、秀高は一つため息をついて継意に言葉を返した。


「俺もまだまだ、家臣たちの統制が取れていなかったという事か。」


「ご案じなさいますな。これよりは我ら家老衆も家臣たちの不満を見つければ逐一報告いたします故。」


「…すまない、感謝するぞ継意。」


 継意の慰めを聞いた秀高は継意に謝意を述べ、長頼が去っていった方向を一回見た後に再び視線を合戦の行われている前方に向けた。ここに、信隆が放った秀高暗殺は容易く失敗に終わってしまったのである。





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