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1565年6月 姉川決戦・前編<一>



永禄八年(1565年)六月 近江国(おうみのくに)姉川(あねがわ)




 永禄(えいろく)八年六月三日。遂に姉川河畔にて高秀高(こうひでた)勢五万四千対織田信隆(おだのぶたか)勢四万が激突した。秀高勢の先陣である長井道勝(ながいみちかつ)勢二千には、既に独断専行を行って川を渡河してきた富田長繁(とだながしげ)前波景当(まえばかげまさ)の軍勢合わせて六千が攻め掛かっていた。


「行けぇーっ!高秀高畏れるに足らず!一気に攻め込めぇ!」


 長井勢に果敢に攻め込んだ長繁が馬上から刀を振るって味方の足軽に呼びかけると、近づいてきた長井勢の足軽を切り伏せた。これに続くように景当も馬上から槍を振って長井勢の足軽を一突きで刺し殺した。


「くっ、さすがに分が悪いか…」


 この味方の劣勢を、軍勢の中央で馬上から見ていた道勝が(ほぞ)を噛むように悔しがっているとその長勝に秀高本隊の方角から旗本の深川高則(ふかがわたかのり)が馬を走らせて駆け寄ってきた。


「道勝殿!殿より伝令にござる!「無理して踏みとどまること無く、万が一持たない様ならば後退せよ」との事!」


 その言葉を聞いた道勝が高則の方に馬首を翻して反応すると、視線を攻め掛かる朝倉勢の方に向けて呟いた。


「そうか、殿はそう仰られたか…ならばやむを得まい!者ども、ここは兵を退くぞ!」


 もはや多勢に無勢の状況で味方の不利を悟った道勝は、残る将兵に撤退を下知し高則と共に戦場から後退していった。この戦いで長井勢は軍勢の半数を喪失し、朝倉勢先陣の勢いの前になすすべもなく潰走したのである。


「はっはっは!!高秀高の先陣を破ったぞ!このまま二段目も打ち破れ!!」


 この勝利に気をよくした長繁は笑い飛ばした後に味方に次に控える敵へ攻め掛かるように下知。自身は手綱を引いて馬を駆けさせた。長井勢を蹴散らした富田・前波勢が次に攻め込むのは二段目の久松高俊(ひさまつたかとし)の軍勢である。




「殿!一段目の長井勢が打ち破られたとの事!」


 その高俊勢の中央部にて先頭から駆けてきた久松高俊の家臣・川口宗勝(かわぐちむねかつ)が馬に乗る高俊に対して味方の劣勢を告げた。するとその報告を受けた高俊は馬上から前線の方角を見つめた。


「そうか…やはり厳しいか。」


「殿、先程長秀(ながひで)殿が申した大殿の下知に従い、万が一不利になったのならば、無理をせずに引き上げましょうぞ。」


 既に高俊らには先程の長井勢同様、馬廻の毛利長秀(もうりながひで)が万が一の際には後退せよという秀高からの命令を伝えていた。その事を言われた高俊は自身の側にいる宗勝に言葉を返した。


「あぁ。だがその前に、ここで何もせずに潰走するわけにはいかん。宗勝、何としても敵将の一人は討ち取って来い!」


「ははっ!」


 この下知を受けた宗勝は意気込んで返事をし、そのまま(きびす)を返して前線の方角へと戻っていった。やがて得物の刀を片手に前線に戻った宗勝は立ちはだかる朝倉の兵たちを薙ぎ倒し、やがて視線の先に一騎の武将を見つけるとその武将に大声で呼び掛けた。


「そこに見えるは敵将か!我こそは久松高俊が家臣、川口久助宗勝かわぐちきゅうすけむねかつなり!」


 するとその名乗りに反応した武将が手綱を引いて宗勝の姿を見ると、手にしていた刀を一振りして自身も声を上げて名前を名乗った。


「はっ、ひよっこが偉そうに!前波景当が弟、前波吉継(まえばよしつぐ)が相手になろう!」


 そう言うと吉継は手綱を引いて自身が乗る馬を駆けさせ、目の前にいる宗勝に襲い掛かった。すると宗勝は素早い動きで刀を納めると地面に落ちていた槍を拾い、即座に構えると斬りかかってきた吉継の隙を見て一突きで胴体を突いた。


「ぐあっ…」


 宗勝の槍を受けた吉継は悲鳴を上げ、槍を突き刺した宗勝は吉継を馬上から引きずり落とした。その後宗勝は息絶えた吉継の首を手早く取ると周りに聞こえる声で声を上げた。


「前波吉継、この川口宗勝が討ち取った!」


 この声を聴いた味方の将兵は喊声を上げて奮い立ち、目の前から押し寄せる朝倉勢に抗う様に戦った。


「…殿!敵将を討ち取って参りましたぞ!」


 その吉継を討ち取った宗勝が首を持って高俊の所まで戻ってくると、高俊は周囲の状況を馬上から見渡した後に帰ってきた宗勝の方を振り向いた。


「でかした宗勝!だがどうやらここまでの様だ。ここは潔く兵を退くぞ!」


「ははっ!」


 吉継を討ち取られても朝倉勢の勢いが止まらないことを悟った高俊は、即座に味方に後退の指示を下して宗勝と共に戦場を後退していった。一方、長井勢に続いて久松勢を打ち破った富田・前波勢であったが、景当は弟の死を悔やんでいた。


「…くそっ!まさか我が弟が討ち取られようとは…」


 景当が馬上でそう呟くと、長繁が近づくと景当を慮って声を掛けた。


「戦ゆえ致し方あるまい。それよりも二段目も我らが打ち破った。このまま秀高本陣に突き進もうぞ!」


「…心得た。」


 意気込んだ長繁の言葉を受けると景当は気を取り直すように頷き、そのまま手綱を引いて次に控える敵に攻め掛かった。この長井勢と久松勢が潰走した時、ようやく朝倉勢の二陣と三陣が姉川の渡河を終え、長繁たちの後に続くべく進軍しだしたのだった。




「秀高、長井勢と久松勢が破られたみたいだよ。」


 その長繁らが目指す秀高本陣のある上坂城(こうざかじょう)の城内で、帳の下ろされた陣幕の中に入ってきた小高信頼(しょうこうのぶより)床几(しょうぎ)に腕組みをしながらどっしりと座る秀高に味方の戦況を告げた。


「そうか…味方の損害は?」


 秀高が目を(つむ)りながら信頼に味方の損害を尋ねると、自身の床几に座った信頼が秀高にその損害を詳しく告げた。


「主だった将達の討死は無いけど、両部隊合わせて数百が討死。これに負傷した兵を合わせれば一千~二千ほどの損害を受けたね。」


「おい、こんな本陣でどしっとしてる場合じゃねぇだろ!すぐにでも朝倉勢を押し返さねぇとまずい事になるぜ!」


 その損害を聞いて大高義秀(だいこうよしひで)(おもむろ)に声を上げて秀高に話しかけると、秀高は閉じていた目を開けて視線を義秀の方に向けた。


「慌てるな義秀。まだ動く時じゃない。」


「…秀高、何を待ってやがる?もしかして敵の後方に回った部隊を待ってるって言うのか!?」


 やや劣勢気味の味方の戦況を聞いてもなお、目の前の机の上に置かれた絵図を見つめる秀高の不気味な様子を見て、義秀がその意図を予測するように言葉を発すると、その陣幕の中に颯爽と風を切って忍びの伊助(いすけ)が現れた。


「…殿。」


「伊助か…敵の状況は?」


 秀高が絵図を見つめながらこの場にやって来た伊助に尋ねると、伊助は一回首を縦に振った後に敵の状況をつぶさに伝えた。


「敵・朝倉勢の先陣は三段目の森可成(もりよしなり)勢に襲い掛かりました。また後方に続く朝倉勢の二陣・三陣は既に姉川の渡河を終えております。」


 すると秀高はふっとほくそ笑んだ後、絵図に向けていた視線を三浦継意(みうらつぐおき)の方にスッと向けた。


「よし…継意(つぐおき)三河(みかわ)殿の軍勢に合図を送れ。それと早馬を横山城(よこやまじょう)に走らせろ。」


「遊軍を回すのですな?」


 秀高の言葉を受けた継意がその意図を察して秀高に尋ねると、秀高はその問いかけに頷いて答えた。


「そうだ。待機する軍勢のうち、稲葉(いなば)勢と氏家(うじいえ)勢をこちらの右翼から朝倉軍の側面を突くように下知を頼む。」


「承知致した。」


 秀高の下知を受けた継意は床几から立ち上がると、陣幕の外に待機する早馬にその事を伝えに行くために外に出て行った。それを見送った後に秀高は義秀の方を振り向いて言葉をかけた。


「義秀、待たせたな。お前たちの出番が来たぞ。本隊の兵から四千を割いて、急いで三段目の可成勢救援に向かってくれ。」


「よっしゃ!ようやく前線で槍を振えるぜ!(はな)!それと甚四郎(じんしろう)たちは俺について来い!」


 義秀の言葉を聞いた正室の華は義秀の言葉に頷くと、スッと床几から立ち上がって外に出て行く義秀の後を追いかけていった。その様子を見ていた竹中半兵衛(たけなかはんべえ)が秀高の方を振り向いて語り掛けた。


「…あとは味方の奮戦を祈るだけですね。」


「あぁ。万が一苦戦するようならば四段目以降の部隊を投入する事も出来る。だけど今は、図に乗る朝倉勢を姉川の南岸に誘い込めればそれで十分だ。」


「…ここが朝倉勢の墓場となる訳ですな。」


 秀高の言葉を聞いた木下秀吉(きのしたひでよし)が絵図を見つめながら言葉を発すると、その言葉を聞いた秀高はこくりと頷いて再び視線を絵図に向けた。その秀高の脳内にはしっかりと朝倉勢撃破の算段が形となっていたのである。





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