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1565年5月 六角父子の最期



永禄八年(1565年)五月 近江国(おうみのくに)武佐(むさ)




「お、大殿!!あれを!」


 観音寺城(かんのんじじょう)より勢い良く出陣した六角承禎(ろっかくじょうてい)六角義弼(ろっかくよしすけ)父子が率いる軍勢八千であったが、蛇砂川(へびすながわ)の北岸・西生来(にししょうらい)の付近に差し掛かった時、高秀高(こうのひでたか)の本陣へと攻め掛かる六角勢の目の前に驚きの光景が飛び込んできた。


「ば、馬鹿な!」


 馬に乗る承禎の目の前に広がっていたのは、六角勢に背後を見せていた秀高本陣ではなく、本陣の正面をこちらに向けて旗本が本陣の前に展開され、それだけではなく秀高本陣の左右には秀高配下の軍勢が鶴翼(かくよく)の陣形に沿って布陣していたのである。


「大殿!どうやら我々の行動は筒抜けだったようにございまするぞ!」


「うろたえるな定武(さだたけ)!ここまで来て撤退など出来るはずがあるまい!」


 言葉をかけてきた平井定武(ひらいさだたけ)に対して気丈にもそう言っていると、そこに六角勢の後備えに控えていた大谷吉房(おおたによしふさ)が馬を駆けて走り込んできた。


「大殿!!観音寺城が襲撃を受けておりまする!」


「何だと!?」


 その吉房の言葉に驚いて承禎が馬首を観音城の方角に返すと、その目の前に広がっていたのは数刻前まで籠っていた自分の城・観音寺城に黒煙が立ち上り、六角の旗指物である「鶴の丸」の旗が次々と倒され、代わりに秀高の旗指物である「丸に違い鷹の羽」が掲げられた光景だった。


「か、観音寺城が…」


「ち、父上!箕作城(みつくりじょう)が!」


 馬に乗る義弼の言葉に反応した承禎が馬首を箕作城の方に向けると、箕作城も観音寺城同様の光景が広がっていた。


「まさか…攻め落とされたとでも言うのか!?」


 この光景を見て定武が声を上げると、その中で吉房が承禎に意見を述べた。


「大殿!これでお分かりになったでしょう!我らは高秀高に謀られたのでござる!」


「ば、馬鹿な…あの成り上がりにこのような…」


 とその時、蛇砂川の南岸に布陣する秀高勢の旗本の中から大高義秀(だいこうよしひで)が馬に乗って得物の槍を携えながら現れた。


「はっはっはっ!!六角承禎!まんまと秀高の計略にかかりやがったな!?」


「…下郎が!この六角承禎に話しかけるなど図が高いわ!」


 その言葉に反応した承禎が軍勢の前に出て弓を携えながら言葉を返すと、義秀は承禎の姿を見かけると馬を進めて川岸まで進んでこう呼びかけた。


「はっ!笑わせるんじゃねぇ!そんな傲慢な態度と口調がこの結果を招いたんだ!所詮てめぇは張り子の虎だったって訳だなぁ!?」


「おのれ…下郎が調子に乗りおって!!」


 承禎はそう言うと馬首を進めて義秀に襲い掛かろうとした。するとそれを見て傍らにいた三雲定持(みくもさだもち)が制止させるように声を掛けた。


「なりませぬ大殿!あれは敵の挑発にございまするぞ!?」


「黙れ!あのような言葉を受けておきながら黙っているなど、近江源氏(おうみげんじ)の名が廃るわ!」


すると、その様子を見ていた義秀が槍を返して切っ先を地面に突き刺すと、遠い先にいる承禎を指さして小高信頼(しょうこうのぶより)から聞いた事を元にこう言った。


「承禎!それに息子の義弼!てめぇら確か弓の腕前は一人前だと耳にしたことがあるが、その弓の腕前磨きにかまけて領主としての為すべき事を忘れてるんじゃねぇのか?」


「何だと…!」


 その言葉を聞いた承禎が更に怒ると、義秀はそんな様子の承禎などお構いなしに更に話を続けた。


「所詮弓の腕前しか能の無ぇやつが、領主として当たり前のことが出来てねぇから自分たちの家臣に手を掛けたり、大勢を見誤って家を滅亡させかけているんだろうが!!」


「おのれ…もう許さんぞ!」


 遂に堪忍袋の緒が切れた承禎は家臣たちの制止を振り切って馬を駆けさせた。そして手にしていた弓に矢を番えると、目の前の義秀に向けて言い放った。


「この六角承禎が腕前、しかとその身で思い知れ!!」


 すると義秀は地面に刺していた槍を引き抜くと手綱を引きながらほくそ笑んだ。


「ふん、てめぇの矢を喰らう訳にはいかねぇ。俺は下がらせてもらうぜ。」


 そう言うと義秀は馬首を返して旗本たちの所へと帰ろうとした。それを見た承禎は更に怒りついには蛇砂川に踏み入って対岸に渡り始めた。


「父上!ご自重なされよ!ええい、我らも追うぞ!」


 義弼は傍にいた定武や定持にそう言うと、父の後を追うよう軍勢を前進させた。一方、承禎の怒りを一身に背負う義秀は川岸から離れて茂みの辺りまで来ると馬首を返して承禎を待ち受けた。


「この下郎が!その場で我が弓の冴えをとくと見よ!」


 承禎がそう言って蛇砂川を渡り終えたその時、義秀は合図をするように槍を高く掲げた。すると茂みの中から二段に整列した鉄砲足軽が整然と現れ、その銃口を承禎に向けた。


「放てぇ!!」


 義秀が声を上げて合図を振うと、鉄砲足軽は義秀に迫りくる承禎に向けて引き金を引いた。そしてその場に轟音ともいうべき銃声が鳴り響き、それと同時に承禎の身体に数多もの銃弾が浴びせられたのである。


「ぐ、ぐわぁぁぁ…」


 承禎は数多もの銃弾を一身に受けて(うめ)き声を上げると、馬上からその場にもんどりかえって転げ落ちた。その光景を川を渡っている最中で目撃した義弼は倒れた父に対して呼び掛けた。


「ち、父上ぇーっ!」


「六角承禎は討ち取ったぜ!この機会に一気に六角勢を討ち取れぇ!」


 義秀が承禎の死を確信して周囲に呼びかけるようにそう言うと、弾込めを終えた鉄砲足軽が今度は標準を渡河中の義弼らに合わせて引き金を引いた。


「ぐうっ!」


 その銃弾を受けて渡河中の義弼の周りにいた武士たちに次々と命中し、その中で定武にも銃弾が命中して馬上から川の中にその姿を消した。


「さ、定武!おのれよくも!」


「若殿…いえ殿!左右の敵が動き始めましたぞ!!」


 周囲の様子を窺っていた吉房が義弼にこう呼びかけた。この銃声を合図にするように左翼から西美濃四人衆(にしみのよにんしゅう)安西高景(あんざいたかかげ)勢が、右翼からは丹羽氏勝(にわうじかつ)三浦継高(みうらつぐたか)織田信包(おだのぶかね)勢が中央の六角勢に攻め掛かってきたのである。


「ええい、何としても父上の亡骸を回収せねば!」


「そのような事をしている暇はありませぬ!ここは一刻も早くこの死地を脱する事を考えなさいませ!」


 父の承禎の亡骸に近づこうとした義弼を吉房が一喝すると、その時義弼の目の前から騎馬武者が襲い掛かってきた。これこそ茂みに待機する義秀の背後から現れた(はな)が指揮する旗本の騎馬隊であった。


「あ、あれは女子!?という事は…あれが大高御前(だいこうごぜん)か!?」


「ええい、女子がいけしゃあしゃあと!!」


 華の姿を見て言葉を発した吉房とは別に、華の姿を見た義弼は逆上して馬を駆けさせ、近づいてくる華に弓の標準を合わせた。


「女子が戦に出てくるなど…恥を知れ!!」


 義弼が馬を駆けさせて弓に矢を番え、華に標準を合わせて矢を引き絞って矢を放った。しかしその矢は華の右頬をかすめて通り過ぎ、頬に切り傷を作りながらも華は一気に義弼に近づくや薙刀で義弼の胴体を貫いた。


「ぐ、ぐはっ…」


 義弼は薙刀を受けて血反吐を吐くと、華によって薙刀を抜かれた拍子で父同様に馬の上から転げ落ちた。


「と、殿…」


 吉房が僅か数刻の間に起こった惨劇ともいうべき光景を目の当たりにして血の気が引いたような表情をしていると、その六角勢を左右に別れた秀高勢が囲い込むように包囲した。その状況を見た義秀は茂みから馬を進めて六角父子を亡くした主なき六角勢にこう呼びかけた。


「六角勢に伝える!秀高に弓を引いた六角承禎父子はこのように討ち取った!もうこれ以上無駄な抵抗はするんじゃねぇ!降伏するなら武器を直ぐに捨てろ!」


 吉房ら六角勢にそう呼び掛けた義秀の片手には、家臣の桑山重晴(くわやましげはる)より貰い受けた承禎の首が掲げられ、そして華も自身の手で取った義弼の首を掲げて六角勢に降伏を呼び掛けた。


「…定持殿、如何致す?亡き六角父子に忠節を尽くされるか?」


 周囲を囲まれた六角勢の中で吉房は定持に近づいて存念を尋ねた。すると定持は首となった六角父子を見つめ、はぁとため息をついてこう言った。


「…忠誠を尽くすべき大殿が亡くなったのではこれ以上の抵抗は無意味であろう。皆の者、武器を捨てよ。」


 定持は周囲の足軽にこう呼びかけると、自ら率先して手に握っていた刀を捨てて恭順の意を示した。それを見た吉房も一回首を縦に振って頷いた後、自らも得物の槍をその場に捨てた。


「…よし、主だった将は縛り上げろ!足軽共は兵装を解いて故郷に返してやれ!」


「ははっ!」


 その下知を受けた旗本たちは六角勢の武将たちに縄をかけ、足軽たちは武装を解いて故郷に返してやった。ここに近江佐々木源氏(おうみささきげんじ)の名門・六角家はあえなく滅亡したのである。




「面を上げろ。」


 その後、秀高の本陣の中で徳川家康(とくがわいえやす)浅井新九郎(あざいしんくろう)同席の元で六角勢の中で主だった武将である定持と吉房が面前に引き出された。


「…さて、三雲定持に大谷吉房。六角父子は武運(つたな)く討死を遂げた。この上は俺の家臣になって共に働かないか?」


 この申し出を受けた両名はしばらく黙っていたが、やがて定持が口を開いてこう言った。


「…もはや忠節を尽くす六角家はこの世にはありませぬ。ならばここは心を入れ替え、秀高殿…いや殿にお仕えいたしまする。」


「よく言ってくれた。これからよろしく頼むぞ。定持。」


 その言葉を受けた定持は秀高に頭を下げて恭順の意を示した。すると続いて吉房が秀高を見つめて言葉を開いた。


「…秀高殿、一つお願いの儀がござる。」


「用件を聞こう。」


 すると吉房は新九郎の方に視線を向けながら秀高にある事を頼み込んだ。


「この大谷吉房、浅井新九郎殿の家臣になりとうございまする。」


「何?新九郎の家臣に?」


 秀高が吉房の提案を聞いて驚くと、吉房は秀高の言葉に頷いて答えた後に更に言葉を続けた。


「去る数年前、(それがし)はそこの新九郎殿と野良田(のらだ)の戦いで刀を交え、その強さを身に染みて知っておりまする。秀高殿のお言葉はありがたき仕儀なれど、ここはどうか新九郎殿の家臣になる事を御認め頂けませぬか?」


 この吉房の想いを知った秀高はしばらく考え込んだ後、吉房に視線を向けた後に頷いて答えた。


「…そう言う事ならば俺は良いが、新九郎殿はどうだ?」


 と、秀高より話しかけられた新九郎は秀高の方を向くとすぐに返答した。


「秀高殿がそう仰られるのであれば、吉房は我が家臣と致しまする。」


 その言葉を聞いた秀高は頷くと、吉房の方を振り向いてこう言った。


「じゃあ大谷吉房、今後はこの浅井新九郎の家臣として誠心誠意務めてくれ。」


「ははっ!某の我儘(わがまま)を聞いて下さり、ありがたき幸せに存じまする!」


 吉房は秀高にそう言うと新九郎の方に視線を向けた。すると新九郎もその視線に反応して吉房に首を縦に振って答えた。こうしてここに秀高は迅速果断の速さで六角家を滅亡に追い込み近江南部を手中に収め、上洛に王手をかける事になったのである…





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