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1565年5月 上洛軍集結



永禄八年(1565年)五月 美濃国(みののくに)大垣城(おおがきじょう)




 永禄(えいろく)八年五月二十三日。(みやこ)への上洛を行う高秀高(こうのひでたか)は前日に到着していたこの城にて美濃(みの)飛騨(ひだ)から来る軍勢の到着を待っていた。ここ大垣城本丸の中に(そび)える三層の天守閣の側に(たたず)む本丸館の中で秀高は諸々の報告を受けていた。


「秀高、今日中にも飛騨から金森可近(かなもりありちか)の軍勢と東濃(とうのう)より遠山綱景(とおやまつなかげ)の軍勢が到着するよ。」


 その本丸館の広間の中で秀高に対し小高信頼(しょうこうのぶより)が報告を述べていた。するとこの報告を聞いてこの大垣城の城主である氏家直元(うじいえなおもと)が秀高に対して発言した。


「既に大垣城の城下には美濃国内の軍勢を始め、尾張(おわり)の軍勢も参集しております。あとは徳川(とくがわ)殿の到着を待つのみですな。」


「でもよ秀高、こんなにゆっくり進軍していて大丈夫なのかよ?」


 と、そんな秀高に対して意見を述べたのは大高義秀(だいこうよしひで)であった。


「いくら浅井新九郎(あざいしんくろう)がこっちに付くって言ったってあまり時間を掛けたら朝倉(あさくら)六角(ろっかく)に準備させる時間を与えるだけじゃねぇか。」


「…朝倉義景(あさくらよしかげ)は当分動かない。」


「何だと?」


 義秀の言葉を聞いて秀高が腕組みをしながらそう言うと、その言葉を聞いて義秀が驚きの余り秀高に問い返した。


伊助(いすけ)からの報告だと、どうやら義景の嫡子・阿君丸(くまぎみまる)が病に臥せっているとの事で出陣準備を行っていないそうだ。こちらが近江に入っても朝倉軍がすぐに越前(えちぜん)の国境を踏み入ってくることはないだろう。」


「それが真であれば、やはり朝倉義景に大局を見据える眼は無いようですな。」


 筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)が秀高の側で呆れ返るように発言すると、それを聞いた上で秀高は更に言葉を続けた。


「それに六角承禎(ろっかくじょうてい)は動けない。」


「はぁ?それはどういう事だ?」


 この秀高の言葉を聞いて義秀が疑問符を付けるように問い返すと、秀高は義秀の方を振り向きながら言葉を返した。


「既に六角領南部の日野(ひの)蒲生定秀(がもうさだひで)ら蒲生一族が六角家からの動員令を跳ね除け、領地にて引きこもり始めたそうだ。これに後藤(ごとう)進藤(しんどう)も同調して招集を撥ねつけたらしい。」


「しかしその状況では、殿が以前からお考えである六角父子を野戦に引きずり出すことは困難ではありませぬか?」


 自身の私見を述べた秀高に対して家臣の木下秀吉(きのしたひでよし)が懸念されることを問うと、その事に対して秀高に代わって信頼が発言した。


「その心配はいらないよ。おそらくこれらの裏に僕たちがいる事を承禎や義弼(よしすけ)も知っているはず。これらの苦境を打破するにはこちらと一戦交えるしかないと彼らも思っているだろうね。」


「それにこっちもわざと承禎たちを挑発する。」


「挑発とは?」


 信頼の発言の後に言葉を発した秀高に対し、継意がその内容を秀高に問うた。


「既に俺が妻子を伴っての上洛だとは近江や越前には流しているが、より確実に成功させるためにも、この場にいる皆に一芝居を打ってもらいたい。」


 そう言うと秀高はその場にいた一同に対して一芝居の内容を全て伝えた。すると家臣たちは秀高の考えを聞くと、徐々にその内容に得心し始めた。


「なるほど…それが上手く行けば、六角軍はあえてこちらに野戦を挑んで参るでしょうな。」


「いやそれどころか、名門・六角家の矜持(きょうじ)を持つ六角承禎ならば、そのような態度を取られて黙っているはずがあるまい。」


 既に秀高の元に参陣していた安西高景(あんざいたかかげ)森可成(もりよしなり)を始め、その場に勢揃いした諸将が口々に勝算を感じて発言し始めた。その空気の中で秀高は諸将に対して呼び掛けるように発言した。


「皆、この一芝居が成功するかどうかは皆の協力が必要だ。おそらく甲賀忍(こうかしのび)を擁する六角承禎は必ずこちらに忍びを忍ばせてくるだろう。その忍びにこの一芝居を流せば、きっと承禎父子は血眼になるはずだ。」


「分かったぜ。そう言う事なら俺は喜んでその芝居に乗っかるぜ。」


 諸将を代表して義秀が賛同を示すように発言すると、それに諸将も続いて首を縦に振った。その場で一同が秀高の策に乗っかる事を承諾するとその場に馬廻の深川高則(ふかがわたかのり)が現れた。


「殿、ただいま徳川家康殿が軍勢九千、大垣城下に到着したとの事にござりまする。」


「何、もう到着したのか?」


 思わぬ報せを報告してきた高則に対して秀高が言葉を発すると、高則はそれに返事を返して言葉を続けた。


「はっ。早馬の報告によれば三河勢は十九日に岡崎(おかざき)を出陣し、それから四日をかけてこの大垣に到着したとの事。」


「そうか…到着したのならばそれで良い。早速家康殿をここまで連れて来てくれ。」


「はっ!」


 高則は秀高からの下知を受け取るとすぐにその場を去って家康一行を出迎えに向かった。しばらくすると高則は家康はじめ徳川軍の将を引き連れて本丸館の広間へと案内してきた。


「おぉこれは三河(みかわ)殿。遠路はるばるよくぞ参られた。」


「何の、少輔(しょうほ)殿の上洛の手伝いなれば遅れるわけには参らぬと思い、三河衆を引き連れて参った次第。」


 秀高はその場に着た家康の言葉を聞くと馬廻に上座に家康が座る床几を用意させ、そこに腰かけるように家康を促した。家康はその促しを受けると床几に腰を掛け、家康に付き従って来た家臣団も秀高の方に座りなおした高家の家臣団と対面する様に床几に着座した。


「まずは少輔殿。浅井新九郎殿がこちらに付いたとの事、祝着至極に存じ(たてまつ)る。」


「さすがは三河殿、既にその事は耳に入っていたか。」


 家康の情報網の強さを感じて秀高がこう言うと、家康は謙遜しながらも秀高に言葉を返した。


「いえ、特段大したことはありませぬ。それにしても浅井が算段通りこちらに付いたのであれば、まずは上々と申すべきかと。」


「あぁ、これで上洛への門が開いたも同然だ。さて、これからの予定だが…」


 秀高が家康にそう言うと、秀高は馬廻達に目配せをして広間の真ん中に机を(こしら)えさせ、その上に絵図を広げると家康や徳川家臣団に向けて今後の行動を説明した。


「今日はこのまま大垣に逗留し、いよいよ明日は関ヶ原(せきがはら)から中山道(なかせんどう)を通って松尾山(まつおやま)を過ぎて近江国内に入り、磯野員昌(いそのかずまさ)が城主を務める佐和山城(さわやまじょう)へと入城する。」


「磯野員昌…新九郎派の家臣にございますな。」


 秀高の説明を聞いて家康がこう発言すると、秀高はそれに反応して首を縦に振った。


「えぇ。新九郎の信任厚い員昌の佐和山城ならば、浅井軍との合流も容易かつ六角攻めの際の前線基地ともなる。合流場所としてはこの上ない格好の場所だ。」


「承知致した。然らばその旨を将兵に伝えておきましょう。」


 家康が秀高の言葉を聞いてそう言うと、家康は秀高に対してこう言った。


「それはそうと少輔殿、御家中に客将として弥八郎(やはちろう)本多正信(ほんだまさのぶ))がお世話になっているとか。」


「あぁ。今は城下に逗留する軍勢の視察を行っているが、徳川の元から当家に来てからも存分に役立ってくれているんだ…」




 家康と秀高が客将となっている正信の事について話している同じころ、大垣城の城下では話の話題になっていた正信本人が大垣城下で逗留する味方の軍勢の視察を行っていた。


「…おぉ、弥八郎ではないか!」


「その声は…新十郎(しんじゅうろう)殿!」


 ふと、自身の名を呼ばれた方向を振り向いた正信の目の前に立っていたのは、徳川家臣の大久保新十郎忠世おおくぼしんじゅうろうただよであった。


「三河の一向一揆の後、どこへ行ったかと思えばここで世話になっていたとはなぁ。」


「新十郎殿、気苦労をかけて申し訳ござらぬ。」


 正信が忠世に対して詫びるように言うと、忠世は手を振って否定しながら言葉を返した。


「何の何の。いずれそなたが主家に帰るときは、わしが口添えいたす故案ずるな。」


「はい、その時は良しなに…」


 正信の言葉を聞いて忠世がその場を去ろうとすると、忠世はふとある事を思い題して正信にその用件を伝えた。


「おぉそうじゃ。そなたの弟の三弥右衛門(みやえもん)もこの軍勢に加わっておる故、時があれば挨拶を交わすと良い。」


「おぉ三弥右衛門が…折り合いを見てそう致します。」


 忠世はその言葉を聞くと頷いて答え、颯爽とその場を去っていった。その後大垣城に金森・遠山勢が着陣し、軍勢が勢ぞろいしたことを確認した秀高は翌二十四日に大垣城を進発。中山道を経由して近江へと入っていったのである。





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