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1565年5月 いざ上洛



永禄八年(1565年)五月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)八年五月二十日。いよいよ高秀高(こうのひでたか)による(みやこ)への上洛の出陣日当日となった。秀高の居城・名古屋城には秀高本隊の六千余りの軍勢が集結し、名古屋城本丸の広場にて秀高一行の出馬を待つのみとなっていた。


「秀高、旗本衆の出陣準備は全て終わったよ。」


 名古屋城本丸にある本丸御殿の中の広間にて、床几(しょうぎ)に座って新たに新調した伊予礼製(いよざねせい)当世具足(とうせいぐそく)に身を包みその上から陣羽織を羽織る秀高に対し小高信頼(しょうこうのぶより)が報告を告げた。


「そうか…(れい)、それに(しず)も準備は良いか?」


 秀高は自身の隣に控える正室の玲と静姫(しずひめ)に対して問うた。すると静姫は今回の上洛にて旗頭となる詩姫(うたひめ)の方に視線を向けながら秀高に言葉を返した。


「えぇ、詩姫に付き従う侍女たちの支度も済ませているし、私たちが乗る輿を担ぐ人夫も万事支度は整っているわ。」


「あとは秀高くんの出陣の下知が下ればすぐにでも行動できるよ。」


 静姫に続いて玲が秀高に返答した後、静姫から視線を受けていた詩姫が秀高にこう言葉をかけた。


「殿、いざ京へ参りましょう。」


「よし、分かった。」


 詩姫の言葉を受け取った秀高は床几から立ち上がると、信頼や玲たち正室一同、そして上洛に同行する徳玲丸(とくれいまる)熊千代(くまちよ)を伴い本丸御殿の表玄関を出て旗本衆が待つ広場へと出た。


「おぉ秀高。待ちくたびれたぜ。」


 その広場には既に大高義秀(だいこうよしひで)(はな)夫妻や信頼に同行する信頼正室の(まい)ら秀高の親友たちを初め、筆頭家老の三浦継意(みうらつぐおき)から木下秀吉(きのしたひでよし)などの譜代家臣に加え、客将の本多正信(ほんだまさのぶ)真田幸綱(さなだゆきつな)一党などが一堂に勢揃いしていたのである。


盛政(もりまさ)重勝(しげかつ)。名古屋の留守居は任せたぞ。」


 その中で秀高は今回の上洛には同行せずに本拠の名古屋留守居役を務める山口盛政(やまぐちもりまさ)山口重勝(やまぐちしげかつ)らに対して言葉をかけた。


「ははっ!本拠の尾張を含めた国元は我らに任せ、殿はご存分に戦って来てくだされ!」


「必ずや、国元はお守り致します!」


 盛政と重勝は話しかけてきた秀高に対して勇ましい意気込みを述べた。この返答に秀高は満足し、二人の手をしっかりと握ると後事を託すように強く握手したのだった。


「…(とく)さん、それに(うめ)さん。子供たちの世話をお願いします。」


 続いて秀高はこの上洛に際して友千代(ともちよ)以下秀高の子女たちと義秀夫妻・信頼夫妻の子供たちの世話を託す徳と梅に話しかけた。


「分かりました。お子様たちのお世話はお任せを。」


「しっかりと養育しますで、殿のご武運をお祈りしております。」


 徳に続いて梅がそう言うと、その梅の傍にいた義秀の嫡子・力丸(りきまる)が徳玲丸と熊千代に対して言葉をかけた。


「徳玲丸様、それに熊千代!今日から帰ってきたらお土産話を聞かせてくださいませ!」


「あぁ、分かった力丸。」


 話しかけてきた力丸に対して徳玲丸は力丸の前に歩み出ると利決まりの手を取って握手を交わした。この様子を見ていた父親の義秀が力丸に対してこう告げた。


「力丸、くれぐれも徳さんや梅さんに迷惑を掛けんじゃねぇぞ。」


「はい!心得ておりまする!」


 すると、そんな力丸に対して徳玲丸の後方に立っていた熊千代が力丸に対し言葉をかけた。


「力丸殿、京から帰ってきたらまたお手合わせを願いますぞ!」


「おう!そなたも達者で返ってくるのだぞ。」


 この様子を秀高は親の立場で微笑ましく見つめていた。するとそこに名古屋城内で庇護されている帰蝶(きちょう)がその場に現れた。


「秀高殿、上洛なさるという事でお見送りに参りました。」


「これは…わざわざありがとうございます。」


 話しかけてきた帰蝶に対して秀高が返事を返すと、帰蝶はその場にいた徳玲丸に視線を向けて優しい口調で語りかけた。


「徳玲丸殿、この上洛の場で父上の背中をしっかりと見ておくのですよ。」


「はい。畏まりました帰蝶さま。」


 徳玲丸からその言葉を受け取った帰蝶は視線を秀高の方に移すと、それに反応した秀高が帰蝶に対してこう発言した。


「帰蝶さま…貴女の亡き夫・織田信長(おだのぶなが)の悲願であった京への上洛に向かいます。どうかその行く末をしっかりと見ていてください。」


「はい。ご武運をお祈りいたします。」


 帰蝶のねぎらいの言葉を受け取った秀高しっかりと首を縦に振って頷くと、そのまま広場にて待機する旗本衆の方を振り返って大きな声で言葉を発した。


「よし!これより我らは将軍・足利義輝(あしかがよしてる)公の御教書(みぎょうしょ)に従い、京へと上洛する!いざ出陣!」


「おぉーっ!!」


 この秀高の下知を受け取った旗本の足軽や武士たちは奮い立つように気勢を上げた。その気勢を受け取った秀高は自身の馬に跨ると、義秀たちの前に出て自ら先頭に立って旗本衆を率い名古屋城の本丸大手門を出て行った。そしてその後姿を盛政や帰蝶など那古野に留まる者たちは皆頭を下げて見送ったのであった…




「父上、今日はこの後どちらまで向かわれるのですか?」


 名古屋城を出発してから数刻後、秀高と同じ馬の鞍の中に納まる徳玲丸が父の秀高に対してこの事を尋ねた。


「ん、今日か。今日はこのまま清洲城(きよすじょう)に入ってそこで織田信包(おだのぶかね)の軍勢と合流するつもりだ。」


「清洲城という事は…於菊丸(おきくまる)様と会えるのですね?」


 秀高の前に座る徳玲丸が後ろにいる秀高の方を振り向いてそう言うと、秀高は首を縦に振って言葉を徳玲丸に返した。


「そうだ。於菊丸とは清州に移ってからは滅多に会う事もなかっただろう。しっかりと言葉を交わしてやれ。いずれはお前の家臣になるんだからな。」


「はい、分かりました。」


 徳玲丸がしっかりとした返事を秀高に返すと、その秀高の近くに信頼が馬を寄せて近づいた。


「秀高、秀高の出陣を聞いて国内の諸将がそれぞれの集結地点に向けて進軍を開始したよ。」


「そうか…ところで伊勢(いせ)志摩(しま)の諸将の集結地点はどの辺りだ?」


 と、秀高は近づいてきた信頼に対して北条氏規(ほうじょううじのり)滝川一益(たきがわかずます)ら別動隊の集結地点を確認した。


「伊勢志摩の諸将は(かね)てからの予定通りに鈴鹿峠(すずかとうげ)から侵攻するために、伊勢亀山城(かめやまじょう)を集結地点としているよ。」


「よし、ならば亀山城に早馬を送れ。鈴鹿峠への進軍はこちらからの指示を受けてから進めとな。」


「うん、分かった。」


 この秀高の下知を受け取った信頼は手綱を操って馬首を返すとその場から下がって早馬に下知を伝えに行った。


「…殿、宜しゅうございまするか?」


 その場を去った信頼と入れ替わる様に馬を操って秀高に近づいてきたのは秀吉であった。馬を進める自身の左隣から呼び掛けられた秀高は秀吉の方を振り返った。


藤吉郎(とうきちろう)か。どうかしたのか?」


「いえ、近江(おうみ)に潜入した半兵衛(はんべえ)殿は上手くやるのかと思いましてな…」


 その不安そうな雰囲気を感じ取った秀高は、秀吉の不安を払拭させるように言葉を直ぐに返した。


「案ずるな。既に一政(かずまさ)に命じてこちらの出陣を伝えに行かせた。あとは半兵衛の策に任せるだけだ。」


「だと良いのですがな…」


 秀吉がそう言うと、その雰囲気を見ていた徳玲丸が秀吉にふとこんな言葉をかけた。


「サル、そなたにそんな顔は似合わないぞ。」


「…はっはっはっは!いや、実にその通り!くよくよしたところでどうにもなりますまい。」


 その徳玲丸の言葉を受けて一瞬呆気に取られた秀吉だったが、徐々に明るさを取り戻して徳玲丸や秀高に対してこう言った。


「大丈夫だ藤吉郎。今孔明(いまこうめい)渾名(あだな)を持つ半兵衛ならば新九郎(しんくろう)殿と共に上手くやってくれるさ。」


「えぇ、そうですな。」


 秀吉は秀高の言葉を受けると微笑み、秀高の側にいながら馬の足を進めた。こうして秀高はその日のうちに清洲城へと入ったが、上洛への道のりはまだまだ始まったばかりであった…





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