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1565年2月 新九郎と秀高



永禄八年(1565年)二月 美濃国(みののくに)関ヶ原(せきがはら)




 明けて永禄(えいろく)八年二月、ここ美濃国不破郡(ふわぐん)の関ヶ原にある山中村(やまなかむら)高秀高(こうのひでたか)の姿があった。来る上洛に際して美濃の隣国・近江(おうみ)への工作を進めていた秀高はこの山中村の一件の庄屋にてある人物と密かな会談を行うべく名古屋城(なごやじょう)からこの地に赴いていた。


「殿、この中におられます。」


 案内された庄屋の玄関先にて接触を務めていた竹中半兵衛(たけなかはんべえ)よりそう告げられた秀高は首を縦に振って頷くと開かれた木戸の中に入ってその人物と対面した。


「お初にお目にかかります。尾張(おわり)名古屋城主・高民部少輔秀高こうみんぶのしょうひでたかにございます。」


「これは秀高殿、お初にお目にかかる。浅井新九郎(あざいしんくろう)にございまする。」


 秀高の目の前に立っていた人物こそ、近江小谷城(おだにじょう)の城主である浅井新九郎その人であった。新九郎は城内に潜伏する織田信隆(おだのぶたか)配下の虚無僧の目を掻い潜り、家臣の遠藤直経(えんどうなおつね)磯野員昌(いそのかずまさ)と共にこの関ヶ原まで赴いていたのである。


「新九郎殿、こちらからの呼び掛けに応じていただきありがとうございます。」


「何の、尾張を始め東海(とうかい)五ヶ国の大大名となられた秀高殿に一目会いたいと思いはるばるここまで参り申した。ささ、座敷の上に。」


 新九郎はそう言うと秀高を庄屋の座敷の上へと誘い、それを受けた秀高は新九郎の誘いに乗って草履を脱いで座敷の上に上がり、新九郎の真正面の位置に着座した。秀高はその場に腰を下ろすと来訪の目的を切り出した。


「新九郎殿、早速だが本題に入ろうと思う。既に聞き及んではいると思うが我ら高家は先年将軍家より息女を娶り、その際に足利義輝(あしかがよしてる)公より上洛の要請を承った。」


「ははっ、その事は存じておりまする。」


 秀高が新九郎に対して本題を話し始めた様子を、秀高に同行してきた半兵衛や木下秀吉(きのしたひでよし)小高信頼(しょうこうのぶより)が秀高の後方でその言葉に耳を貸していた。その中で秀高は更に言葉を新九郎に投げかけた。


「しかし我らを仇敵と付け狙う織田信隆は越前(えちぜん)朝倉義景(あさくらよしかげ)の元に逗留し、近江の六角承禎(ろっかくじょうてい)六角義賢(ろっかくよしかた)の法名)父子や新九郎殿の御父君にまで手を伸ばしていると聞く。」


「…」


 新九郎は秀高より父・浅井久政(あざいひさまさ)の事に関する事を聞くと内心気まずさを感じてやや俯いた。その様子を見ながら秀高は慎重に新九郎へと言葉を投げかけた。


「だがその浅井家の現在の当主である新九郎殿ご自身からの接触を受け、我らとしては一回新九郎殿と話し合っておこうと思いこうして面会することとなった。新九郎殿、間違いないか?」


「はっ、その旨に相違ありませぬ。」


 新九郎が秀高の言葉に応じてすぐさま返事を返すと、それを聞いた秀高は本題の核心の部分に触れ始めた。


「まず確認しておきたいのだが…新九郎殿、浅井家は我らの上洛の際にはどのような道を取られるだろうか?」


「ははっ、我ら浅井家の答えは決まっておりまする。」


 新九郎はそう言うと徐に秀高に対して頭を下げ、会釈をした後に秀高にこう宣言した。


「この浅井新九郎、並びに浅井家中は秀高殿のご上洛のお供を致したく思いまする。」


「新九郎殿、その言葉に嘘偽りはありませんね?」


 その言葉を聞いて秀高の後方にいた信頼が秀高に代わって新九郎に言葉を返すと、頭を上げた新九郎は信頼の方を振り向いて首を縦に振った。


「如何にも。新進気鋭の秀高殿に歯向かったところで浅井家はひとたまりもなく滅亡するでしょう。隠居の父が何を為そうと何の意味もありませぬ。」


「それは本当にそう言っているのか?」


 と、秀高は新九郎のこの言葉を聞いた上で、逆に新九郎にある事を問い返すべく言葉を発した。


「新九郎殿、貴方の浅井家と越前の朝倉家は祖父の浅井亮政(あざいすけまさ)公の頃よりの長い付き合い。新興勢力の我らと手を組むことを拒み、先祖代々の恩がある朝倉家を頼る家臣も多いはずだ。」


「…如何にも。」


 秀高の言葉を聞いていた新九郎は痛い所を突かれたとばかりに表情を曇らせていき、それでも秀高に対して声を振り絞って言葉を返した。


「もし万が一浅井と高で同盟を結び、上洛戦の最中に朝倉軍の南下に呼応して御父君が兵を挙げたらば、家臣の大半は御父君に味方をするに違いない。」


「畏れながら秀高殿、我ら浅井家臣一同その様な薄情者の集まりではありませぬ!」


 そんな事を言った秀高に対して毅然と声を上げて反論したのは新九郎の後方に控える磯野員昌であった。


「たとえ今の浅井家の面々がそのような態度を取ったのであれば、我ら一同が不届き者をすべて倒して殿の元に浅井家を一つにする所存!」


「失礼だがあなたは…?」


「浅井家臣、磯野員昌にござる!」


 話しかけられてきた員昌の名前と言葉を聞いた秀高は改めて員昌の方を振り向き、諭すようにこう言った。


「磯野殿、我々も事前にあなた達浅井家中の事は忍びを通じて概ね知っている。浅井家中の中で海赤雨三将(かいせきうさんしょう)の三重臣や浅井政澄(あざいまさずみ)殿や浅井政元(あざいまさもと)殿などの浅井一門衆が公然と我々に反発している事をな。」


「秀高殿、ならば言わせていただきまするが浅井の家臣団全てが秀高殿に批判的ではありませぬ!ここにいる(それがし)や直経殿、藤堂虎高(とうどうとらたか)殿に新庄直昌(しんじょうなおまさ)殿などは殿の意に従い秀高殿と同盟を結ぶことに賛成しております!」


 員昌が秀高に意気込んでそう言うと、新九郎の背後にいた直経以下数名の浅井家臣が員昌の言葉に応じ首を縦に振って頷いた。その決意のほどを聞いた秀高は目の前の新九郎に視線を向けると念を押すように尋ねた。


「…ならば新九郎殿、もしわれわれが上洛の軍勢を起こした後に、御父君が朝倉と呼応して背後を強襲した時はどうするつもりだ?」


「その時は…父を討ち、我ら浅井の覚悟のほどを秀高殿にお見せ致す!」


 そう言った新九郎の瞳の奥に宿る闘志を感じた秀高は新九郎の顔をじっと見つめた後、秀高はその場で瞼を閉じた後、やや俯きながらある事を語りかけた。


「…新九郎殿、今から俺が話すことを黙って聞いてくれるだろうか?」


「はっ、何の事にございまするか?」


 秀高からそう言われた新九郎はその事を了承して内容を尋ねると、秀高は腕組みをして目を閉じたまま内容を語り始めた。


「…ある所に小さな領地を持つ若き領主がいた。その領主は先祖代々の付き合いがある近隣の大領主を見放し、父や家臣たちの意見を跳ね除けて勢力を拡大している君主と手を結んだ。」


「…」


 この秀高のたとえ話を新九郎や背後に控える浅井家臣は固唾を飲んでその内容に耳を貸していた。


「しかしその数年後、その若き領主は大領主に味方するように促す父や家臣たちに押されて盟約を結んだ君主を裏切った。その結果、裏切りに怒った君主によって一族もろとも滅亡の憂き目にあった。」


「…秀高殿、その若き領主というのはまさか?」


 その例え話をすべて聞いて理解した新九郎が秀高の方をじっと見つめてそう言うと、秀高はようやく目を開けるとそのまま新九郎へと視線を向けた。


「…新九郎殿、如何に貴方が浅井家の当主であるとはいえ実権の大半は御父君が握っていると言っても良い。その様な状況下で先ほどの言葉を言った以上は、浅井家中に混乱を起こすことを覚悟の上で言ったんだな?」


「如何にも!この浅井新九郎、例え父殺しの汚名を被ろうとも浅井家の為に秀高殿と手を取る道を選びまする!」


「…分かった。ならば新九郎殿、その言葉を俺たちは信じるぞ。」


 秀高は新九郎よりその言葉を聞くと首を縦に振って頷き、新九郎の目の前に右手を差し出した。それを見た新九郎は自身の右手で秀高の右手を取ると互いに握手を交わして見つめ合った。その様子を見た浅井の家臣たちは皆一様に胸をなでおろし、一方の信頼ら高家の家臣団もその風景を見守るように見つめていた。


「じゃあ新九郎殿、あとの差配はここにいる半兵衛と藤吉郎(とうきちろう)に託す。半兵衛と藤吉郎、両名とも新九郎殿に良い方策を示してやってくれ。」


「ははっ、しかと承りました。」


「殿、この場は我らにお任せあれ!」


 半兵衛と秀吉からこの言葉を受け取ると秀高は両名の方を振り向いて頷き、同時にその旨を聞いていた新九郎もその場を去る秀高に対して見送る様に言った。


「それでは秀高殿、上洛の時を心待ちにしておりますぞ。」


「あぁ、それまで息災でな。」


 こうして秀高はその後の仔細全てを半兵衛らに一任すると、信頼と共に土間に降りてから庄屋の外に出て繋ぎとめていた馬に跨って山中村を後にしていった。しかし秀高と信頼の乗る馬の脚は名古屋ではなく別の方向へと向かっていたのである…





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