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1564年11月 上洛に向けての謀議



永禄七年(1564年)十一月 尾張国(おわりのくに)名古屋城(なごやじょう)




 永禄(えいろく)七年十一月。秋の収穫を終えた農村部において来る冬に備え始めた頃、高秀高(こうのひでたか)の居城である名古屋城に美濃(みの)伊勢(いせ)志摩(しま)、そして飛騨(ひだ)の各城主たちが本丸御殿の大広間に参集した。来る上洛に際し各城主たちと評議し合う為である。


「…さて、皆も聞いてはいると思うが今回、将軍・足利義輝(あしかがよしてる)様より上洛の御教書(みぎょうしょ)を拝領した。我らはこの御教書を(もっ)て今後の目標を(みやこ)への上洛と定める。」


 大広間に参集した各城主並びに名古屋在府の重臣たちに対して秀高は評定の冒頭にこう語った。すると、城主の中からはおぉと感嘆の声が上がった。


「殿、いよいよ京への上洛を行うのですな!腕が鳴りまする!」


 こう発言したのは北伊勢の城持大名で長島(ながしま)城主の滝川一益(たきがわかずます)である。それに続いて発言したのは同じく南伊勢の城持大名である大河内(おおこうち)城主の北条氏規(ほうじょううじのり)であった。


「して殿、上洛の期限はいつ頃にて?」


「あぁ、それについては数年のうちに上洛せよとある。だが上洛というのは直ちに軍勢を率いて上洛すればいいという訳じゃない。信頼(のぶより)。」


「うん、分かった。」


 と、上座の秀高は下座の最前列に控える小高信頼(しょうこうのぶより)に視線を向けた。すると信頼は上座の秀高に代わって上洛の際に立ちはだかる懸念事項を伝え始めた。


「今回の上洛の大きな障害は大きく分けて二つある。まずは上洛の進路上にある大名達への接触をどうするかだ。」


「進路上の大名、か。」


 信頼の言葉を聞いて隣に座る筆頭家老・三浦継意(みうらつぐおき)が腕組みをしてそう言うと、信頼は腕組みをした継意に視線を向けながら頷いて答えた。


「はい。差し当たって最優先で対処しなきゃならないのは北近江(きたおうみ)浅井(あざい)南近江(みなみおうみ)六角(ろっかく)です。浅井は信隆(のぶたか)が逃げ込んだ越前(えちぜん)朝倉(あさくら)と盟友関係にあり、六角は代々管領代(かんれいだい)を務めた名家。この二つにどう対処するかです。」


「どうするって、踏みつぶせばいいだろうが。」


 と、継意の正反対の位置に座る大高義秀(だいこうよしひで)が隣の信頼の言葉に反応して発言する。するとそれを聞いた信頼が義秀の方を振り向いてこう言う。


「義秀、今回はあくまで上洛が目標なんだよ?今までの領土を広げるだけの戦とは違って将軍家の命令がある上洛はいわば将軍家からの命令なんだ。他所と戦う時間は無いよ。」


 すると、その三人の後方に席を与えられて着座している客将の本多正信(ほんだまさのぶ)がその場に聞こえるように発言した。


「如何にも。並大抵の大名ならば将軍家の御教書の存在を知らせれば我らを京まで通してくれるでしょう。されど…」


「されど何だ?」


 秀高は正信が発した言葉に引っ掛かって正信に問い返した。


「はっ、信頼さまが仰せになられた通り浅井は朝倉の盟友であり六角は管領代の自負から我らを阻止するのは目に見えております。ならば彼らが交渉で道を開ける可能性はまず無いかと。」


「ほら見ろ信頼、どっちにしろ叩くしかねぇじゃねぇか。」


「いや、ただ叩くだけに(あら)ず。」


 正信の意見に同調して義秀が発言した直後に、その義秀の意見を否定するように正信が発言した。


「ここは硬軟織り交ぜて対処するが宜しいかと。浅井も六角もどこかに抜け穴はございましょう。」


「抜け穴か…そう言えば半兵衛(はんべえ)、お前の弟あてに浅井から書状が来ているだろう?あれはどこからの書状だ?」


 と、秀高は竹中半兵衛(たけなかはんべえ)の弟である竹中久作(たけなかきゅうさく)あてに届けられている浅井からの密書を思い出して差出人を尋ねた。


「ははっ、浅井新九郎(あざいしんくろう)が家臣、遠藤直経(えんどうなおつね)から届けられています。内容は今後の両家の為に気脈を通じたいとの旨にございます。」


「気脈を通じる、か。」


 すると、その話を聞いていた木下秀吉(きのしたひでよし)が秀高に向かって自身が仕入れた情報を伝えた。


「殿、聞けば新九郎殿はかつて六角義賢(ろっかくよしかた)より一字を拝領して浅井賢政(あざいかたまさ)と名乗っていたそうでござるが、六角家との野良田(のらだ)の戦い以降は賢の字を捨てたそうにございます。」


「…もしそれが真であれば、現当主の新九郎と結んで浅井家を協力関係に導くことも可能かと。」


 秀吉の言葉を聞いて正信が秀高に向けてこう進言すると、その進言を聞き入れた秀高は首を縦に振って頷いた後に半兵衛にこう指示した。


「半兵衛、久作に命じて浅井新九郎と連絡を取り合う様にしてくれ。それと同時に浅井家中に探りを入れてくれ。」


「探り…なるほど、信隆の動向を探る訳ですか。」


 半兵衛が秀高の発言の意図を見抜いてこう言うと、秀高は首を縦に振って頷いた。


「そうだ。朝倉に信隆がいるという事は恐らく朝倉・六角・浅井の三家で俺たちの上洛を阻もうとするはずだ。その尻尾をできれば早くつかんでおきたいと思ってな。」


「畏まりました。その旨密かに直経殿に伝えておきましょう。」


 半兵衛が秀高に対してこう返答すると、今度は信頼が秀高に対して発言した。


「秀高、六角家の御家騒動は耳に入っているかな?」


「あぁ、それは伊助(いすけ)一政(かずまさ)から報告を受けている。観音寺城(かんのんじじょう)の城中で後藤賢豊(ごとうかたとよ)が謀殺された話だろう?」


「実はそれについて興味深い書状がこちらに送られてきたんだ。」


 信頼は秀高にそう言うと懐から書状を取り出し、それを側近の津川義冬(つがわよしふゆ)に手渡しさせて義冬にその書状を秀高の元まで届けさせた。


「信頼、これはどこからの書状だ?」


「差出人は近江六角重臣・日野(ひの)城主の蒲生定秀(がもうさだひで)殿だよ。内容は昨今の六角父子の失政と傲慢に辟易し、時が来ればこちらに寝返りたいとの申し出なんだ。」


 信頼からの説明を聞いた秀高は、目の前に置かれた書状の封を解き手紙を広げて中身を確認した。その手紙に書かれた内容は信頼が申したことと寸分の違いも無い内応の申し出の書状であった。しかし…


「殿、畏れながらその書状は少し考えた方が宜しいかと。」


 書状を見る秀高に対してこう発言したのは氏規であった。


「蒲生殿は六角家の重臣でありながら、数年前に我らが滅ぼした関盛信(せきもりのぶ)、並びに神戸具盛(かんべとももり)にそれぞれ息女を嫁がせておりました。神戸の正室は実家に送り返されましたが、関の正室は盛信と運命を共にしたのです。」


「そうか…あの妻がそうだったのか…。」


 この氏規の言葉を聞いた義秀が亀山城(かめやまじょう)攻略の際の事を思い出してそう呟くと、そのまま氏規は言葉を続けた。


「自身の娘を死なせた我らに対して、内応を申し出るほど甘くはないと思われまするが?」


「…なるほど、これに関しては裏を取った方が良い。という訳だな?」


 秀高が氏規に対して言葉を返すと、その言葉を聞いた氏規は首を縦に振って頷いた。


「如何にも。六角家は配下に甲賀衆(こうかしゅう)を置いており、これら忍びを駆使した謀略の可能性もありまする。ここは慎重を期さねばなりますまい。」


「分かった。この事は直ちに稲生衆(いのうしゅう)に命じて裏取りを行わせよう。」


 秀高はこの氏規の進言を聞き入れ、後に南近江の中に稲生衆を派遣して国内の情勢を探ることにした。同時に秀高は稲生衆に命じて他の六角重臣にも離反や内応を働きかけたのであった。


「さて…信頼、もう一つの障害は一体なんだ?」


 と、浅井と六角への対処を固めた後に秀高は信頼が口にした、二つの大きな障害の内のもう一つの障害について尋ねた。


「うん、もう一つの懸念は兵站に関する事だよ。」


「兵站、にござるか?」


 この信頼の言葉を聞いた曽根(そね)城主の稲葉良通(いなばよしみち)が信頼に対して尋ねた。すると信頼は良通の言葉を聞いて頷いた後に再び発言した。


「そうだよ。例えば良通殿、戦となった時に兵糧(ひょうろう)馬草(まぐさ)、武器弾薬はどのように補給しているかな?」


「兵糧などでござるか?例えば領内では民からの献上を受け、逆に敵地に赴いた時にはその地で収奪する事が主でござるな。」


 良通からその返答を聞くと信頼は良通の言葉を聞いた上でこう答えた。


「うん、普通はそうだよね。でも今後、戦って制圧した土地の民の事を思えば収奪に頼るんじゃなくて、安定的にこれらの軍需物資を戦で戦う軍勢に供給できるようにしたいんだ。」


「されど信頼殿、その安定化させるには一体如何なる手を使うので?」


 その信頼の言葉を聞いた氏規が信頼に問い返すと、信頼は氏規の方を振り向いてこう告げた。


「それは、後方支援専門の部隊を作るんですよ。」


「後方支援専門の部隊ですと!?」


 その信頼の発言を聞いたその場の重臣や城主たちは一様に驚いた。そしてこの信頼の提案が今後の高家の戦略を大きく変換させる一手になるのである…





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