84 入寮
無事にパーティーが終わった。
セシルはハーロー男爵夫妻と同じ馬車で帰るとのことなので、今はシーラと一緒に公爵邸に帰っている。
「アグニ、今日はどうだった?」
濃紺のドレスに流れる艶やかな髪は、夜空に流れる天の川のようだ。
「どうもこうも……まず、疲れたよね。」
「そう。それで正解よ。」
俺の答えにシーラはにっこりと笑った。
「芸獣と戦う以上に人との会話は疲れるものなの。これは芸素を使わない『芸』なのよ。あなたもこの先この戦い方を学ばなければならないわ」
「………シーラはすごいな。シーラはずっとこの世界で戦って今の立場を築き上げたんだな……」
シーラは慈しむような優しい笑顔を見せた。
「……私は望んでこの世界にいるのよ。」
「…そういえば今日なんで来たの?来ないって言ってなかったっけ?」
「そろそろまた表に出ようと思ったの。あとシリウスに行ってきてくれって言われたのよ。」
「え?シリウスが?」
シーラが少し困ったような顔をしつつも嬉しそうな顔で教えてくれた。
「『シーラは僕にはない影響力を持ってる。アグニはあのシーラが目をかけている人物なんだって見せつけてきて。これは僕にもできないから』ですって。まったく困っちゃうわよね?」
俺はこの国の宰相であり天使の血筋であるシャルル公爵の後ろ盾を得ている。それに各国の主要人物からの推薦状もある。もう十分すぎるくらい守られている。
なのに…社交界の頂点に位置するシーラが俺に目をかけていると見せつけた。もうこれでよほどのアホじゃない限り、俺に直接喧嘩を売るような人間はいないはずだ。
俺は……とことん大事にされてるんだな……
むず痒い温かさを感じた。
けどきっと、このじんわりと広がる嬉しさが『幸せ』なんだ
・・・・・・
『やあ!楽しかったかい?』
シリウスはソファに身体を預けたまま笑顔で聞いてきた。
「…まぁーね。ただいま。」
「はぁ〜やっぱ休んじゃだめね。久しぶりで疲れたわ」
シーラがシリウスの隣に座った。シリウスは自分が飲んでいた葡萄酒をシーラに手渡した。
『シーラありがとうね。どうだった?』
シーラは葡萄酒を受け取り、わざとらしく俺に視線を送った。
「きちんとしてたわよ。あ、けどブガランの子とは一段と親しくしてたかしら?」
『一つ上にブガランの王子がいるね。どうしたの?』
「……なんか…たぶん俺嫌われた。」
『…………ぷっ』
「おーい!笑い事じゃないんだよ!!結構がっつり嫌われたっぽいんだよ!」
『まぁそれは自分でどうにかしてみなさい。初めての対人トラブルじゃないか!もっと楽しみなよ!』
「えぇ〜………」
1番一緒に考えてほしい問題だったのに…
『ところで君の学年にシルヴィア公国の天使の血筋がいたろう?挨拶したかい?』
あぁ、あの代表生の子か!
「え?してないけど?するべきだった?」
俺の答えにシーラとシリウスが苦笑いした。
『うーん、まぁ、みんな最初に挨拶しにいくよね。だって天使の血筋なんだもん。』
「アグニ、あなた挨拶してなかったの?てっきりし終わってると思ってたわ」
「え?まじ?そんなやばい??」
するとシリウスがため息をついて説明を重ねた。
『君はまだ天使の血筋がどんな存在かわかってないようだね?いいか?神の子孫なんだよ?誰かの家に入ったらまず家主に挨拶をするし、教会に行ったらまず神に祈るのと同じ。その場に天使の血筋がいて、これから先、否が応でも関係性が近くなるのであれば挨拶しに行かなきゃいけないんだよ。』
な、なるほど……!!
そうやって考えればいいのか!!!
「………次会った時に必ず挨拶する。」
『あぁ、そうしなさい。それと……』
シリウスが身体を前のめりにして真剣な表情をした。
『いいかい?学院での芸の授業は絶対にシルヴィア以上の力を出してはだめだよ』
「………え? あ、そっか………」
俺が天使の血筋だということは知られていない。ただの能力者が天使の血筋以上の芸を出すのはあまりにも不自然だし、下手したら向こうの矜持を傷つけてしまう。
『理由は言わなくてもわかったようだね?どんなに能力が高くても、普通の人は芸で「天使の血筋」を超えられない。例え超えられたとしても、超えてはいけない。この世界の暗黙のルールだ。』
「……なんだか随分と生きにくい世界なんだな。」
『ふふっ。それが社会で生きるってことなのかもね』
そっか……。まぁそうだよな。うん…
シーラが場を和ませるように優しく言った。
「アグニ、学院の子はみんな、頭がいいわ。勉強ができるっていう意味ではないわよ?この社会の…世界の在り方を知ってるってこと。そしてその分、温厚で社交的な子が多いわ。あなたも気張らずに、楽しんで学院生活を送ってちょうだい」
「…うん、わかった。ありがとう、シーラ!」
『さ、明日は入寮だ。もう子どもは準備して寝な』
「ははっわかったよ。じゃあ、おやすみ!」
「『 おやすみ〜 』」
・・・・・・
そして入寮日
シリウスとシーラに見送られ(シーラは半分寝てる状態だった)、大量の荷物とともにクルトに学院まで送ってもらった。
まず俺がこれから住む寮に行って荷物を整理した後、セシルに学院の中を案内してもらう予定だ。そんで今日の夜ご飯は学年全員で食べるらしい。通常は各自寮での食事だが、今日は初日ってことで特別らしい。
なので今日の夜からこの学院生活がスタートすると言っても過言ではない!!
俺の住む寮は円柱のレンガ造りの4階建て。レンガの暖かい色合いの上に鮮やかな緑色の蔦が張っていた。
寮の前に馬車を止め外に出ると、すぐに中からふくよかな体型の婦人が出てきた。
「まぁ〜初めまして!おはようございます!あなたが編入生のアグニね?」
とても安心する笑顔だった。
「はい!アグニと申します!よろしくお願いします!」
「まぁ〜!よく来たねぇ!ここの寮母のカリナといいます!あなたが一番乗りよ!ほらおいで。中を案内します!」
「あ、はい!ありがとうございます!!!」
とりあえず小さめの荷物を両手いっぱいに持ってカリナの後に続いた。カリナは俺の様子を見て驚いた顔をした。
「まぁ…!お手伝いの方は呼ばれてないの?」
「え??あ、荷物運ぶのにってことですか?」
「ええ、そうよ?」
そっか!全然考えてなかった……!!
貴族の子女は自分で物を運ばないのか!
「あ~俺んちは自分でやろうって方針なんです……?」
口から出まかせをいうとカリナは明るい笑顔で俺を褒めた。
「まぁ~それは素晴らしい!ここには執事も従者もいません。もちろん食事は出るし、各部屋の掃除も行いますけど、自分でやらなきゃいけないことが多いわ。けどあなたなら大丈夫そうね!1年生の頃はね、服はもちろん、靴さえも自分で履けない子は少なくないのよ~」
「へぇ~!!まじですか!そりゃあ大変すね!」
……まって。15歳にもなって靴履けんの?
はっ!!……これこそが文化の差なのか?!
長く一人暮らしをしてた俺とはそりゃ違うか〜
そんなことを思いつつ、寮の中に入った。この建物の中心にらせん階段があり、各階にはそれで行ける。3階と4階が個人の部屋、2階に共通の風呂場等、1階に団欒室やダイニングがある。この寮は男子寮で、合計6名が住めるようになっている。
俺の部屋は4階だった。部屋の中は落ち着いた色の木目調で、ベッドや机、タンスや本棚などがもうすでに備え付けられていた。
普通になかなか広いな!!
まったく苦にならずに生活できる!
それになんかおしゃれだな!!
カリナが俺の顔を見ながら質問してきた。
「どうかしら?お家と比べるとだいぶ狭いと思うけど、みんな部屋の大きさは一緒よ。慣れるまで我慢して頂戴ね。」
「え?!いや全然!広いし、おしゃれだし…ここで生活できるなんてすんげぇ嬉しいです!」
俺の答えにカリナが安心したように笑った。
「あら、それはよかったわぁ!じゃあ他の階も案内するから、荷物を置いたらもう一度出てきてくれる?」
「はい!!!」
・・・・・・
「あ、セシル!」
「アグニ」
待ち合わせ場所にはすでにセシルが待っていた。
「遅くなってごめん!……セシル、制服似合うな!」
セシルの制服は、灰色の入った落ち着いた紫をベースに、ボタンやタイを焦げ茶色で統一していた。スカートの長さが膝の中央くらいなのは、焦げ茶の革のブーツが見えるように計算されてるからだろう。
「……ありがとう。アグニもいい感じ…」
「ほんと?よかった!」
「じゃあ、よく使うとこ…案内するね…」
「ああ!よろしく頼む!」
・・・
「あら、セシル!ご機嫌よう。」
数名の女子が反対側から歩いてきてセシルに声をかけた。
「みんな…ご機嫌よう。あ、アグニ…同級生だよ」
「あ、ほんと?」
女子はみんな面白そうな目つきで俺に話しかけてきた。
「あら?もしかして……噂の編入生?」
「昨日シャルル様やアルベルト様と喋ってらしたわよね?」
「シーラ様とも親しいそうよ!!」
「まぁ…!!」
女子の一人が俺の前に出てきて片手を差し出した。
「私はバルバラよ。バルバラ・クレルモン。どうぞよろしくね」
「ああ!俺はアグニ!こちらこそよろしく!」
「あなたコルネリウスとも喋ってたわよね?もう親しくなったの?」
「え?まぁうん。昨日ね。」
俺の答えに周りの女子らが騒ぐ。
「やっぱコルネリウスは違うわね!社交的で明るいし、気遣いもできるもの!」
「ほんと!もしシルヴィア様がいらっしゃらなければ間違いなくコルネリウスが代表生よね!」
「みんなのまとめ役って意味ではもう十分代表生よ!」
「間違いないわ!」
へぇ~!コルネリウスもてもてじゃん!
あいつやるなぁ~!!!
「あ、皆さん!シルヴィア様の馬車よ!」
女子の一人が窓の外を見て声をあげた。俺もみんなも外を見ると、縁が金色に装飾された黒色の馬車が門の中に入っていった。そしてその後、同じ装飾の荷馬車が2台続いた。
「え?なんであんないっぱい荷物持ってきてんだ?部屋に入るか?」
俺の疑問にバルバラが答えてくれた。
「シルヴィア様は天使の血筋専用の寮におられるの。通常、学院では従者を付けてはいけないのだけど、天使の血筋は一人だけ従者を置くことが許されているわ。きっとその方の荷物もあるのでしょう。」
「え?天使の血筋の寮には従者も住むの?」
「ええそうよ。しかもその寮の部屋、とても素敵なんですって!もちろん私たちは見たことがないけれど。」
「一度でもいいから入ってみたいわ!」
「お庭が素晴らしいそうよ?」
「温室もあるって聞いたわ!」
「部屋もきっと可愛いのでしょうね!」
へぇ~そうなんだ。
けど、なんか……逆に気が休まらなそうだな…
ずっと従者がいるって、どんな感じなんだろ?
「アグニ…そろそろ…」
セシルが俺の腕を引っ張った。
「ああ、そうだね。ごめんみんな!まだ学院の中見てないからそろそろ行くな!また後で!」
バルバラが元気に手を振ってくれた。
「は~い!じゃあ、また!」
「「「 さようなら~! 」」」
その後セシルに運動場や実験室、講義室、治癒室などを案内してもらった。
そして夜になり、俺たちは食堂へと向かった。
この後は学年全員で夕食だ。
さぁ〜気合入れて頑張ろ!!!