55 同居人
「……んっ」
「あ、起きましたか?」
あの女性が倒れた後、シリウスと二人で彼女を彼女の部屋に運びこんで寝かせた。
そして今俺はシリウスから、「目覚めるまで待機」という最重要役得任務を与えられている。こんな任務を与えてくださったシリウス様を崇めたくて仕方がない。
けど彼女からしたら、起きて一番最初に目にしたのが知らんガキでさぞかし驚いたことだろうと思い、早々に自己紹介に移ることにした。
「あ、俺、アグニっていいます。今この家に住んでます。シーラさん…であってますか?」
俺がそう聞くとベッドから上半身だけ起こし、魅惑的な笑顔で答えた。
「シーラでいいわよ。アグニ、ね。よろしく。」
なっ!!!エガオ…!!!
笑顔は凶器にもなるのか…!
人自体にすら免疫が無いのに、こんな絶世の美女に微笑まれたら、もうあわあわしかできない。
「あ、今シリウス…でかけてて。たぶんすぐ帰ってくると思います。」
「なぁに?敬語もいらないわよ。ふふっ。」
「え、あ、そう……シーラさん、じゃなくてシーラ、ここに住んでたんだね?」
そう。森の家の同居人は、シーラだったのだ。
今現在シーラが寝ている部屋は、その同居人の部屋である。
シリウスの野郎は事前にそれを俺に伝えるってことができなかったのか。
「ええ、そうよ。あのアホがあなたに会いに行く前までここで一緒に住んでたのよ。一年で帰るって言っておいて、あのバカ、一年以上も手紙も連絡も言伝も一切無し!だから私、探しに行ってたのよ。けどすぐ町から居なくなるし…帝都に居続けてくれて助かったわ。」
えええええええええ……
シリウスの野郎…!!!!
よくこの人を置いていけたな!
「そうだったんですね…すいません俺全然知らなくて…ご迷惑をおかけしました…っ!!」
「敬語、無しって言ってるでしょう?」
そう言って美貌の女性は俺の口に手を当てた。俺の心臓はとうに爆ぜている。
「ごめん…。あ、そうだ。これ、なんかよくわからないけどシリウスからお花…」
そう言って俺はシリウスから預かった花を数本シーラに渡した。花束ですらない。けれどもシーラはその花を受け取り、花も恥じるくらい、美しく微笑んだ。
「ふふっ…『ごめん』じゃないわよ。ほんとに…」
「え?なに?」
「いいえなんでもないわ。ありがとうアグニ。それと一つ頼んでもいいかしら?」
「いくらでもどうぞ!」
「ふふっ。ありがと。このお花を生けるコップか花瓶か、なんでもいいから持ってきてくれる?」
『これでいい?』
シリウスが小さい花瓶を片手にシーラの部屋に入ってきた。
シーラはシリウスを見て、笑顔のまま、ため息をついた。
「いいわよ、お水入れて」
『はいはい』
シリウスは花瓶の中に芸で水を満たした。そしてシーラの枕元の机に置く。
シーラは丁寧にその花瓶に花を入れた。
「あ、じゃあ俺そろそろ行くわ。シーラ、お大事にね。」
「あら、どこに行くの?」
「ちょっと出かけたいところあって。夜になる前に戻るから!」
『アグニ、気を付けてね』
「はいよ~。行ってきます!」
「『 いってらっしゃい。 』」
シリウスとシーラの二人に見送られて、俺は部屋を後にした。
・・・
「それで?謝る気はあったのね?」
シーラが花を見ながら言うと、シリウスは頭を掻き申し訳なさそうな顔をした。
『いやぁ…なんかつい…忘れちゃって…ごめんね』
「よく私の事忘れられるわね?そんな言い訳が通用するの、あなただけよ」
『いや、忘れてないよ。連絡するのを忘れてたってことね』
「どっちも一緒だわ」
『そうだよね……』
シーラはベッドの上で腕を組んでシリウスを見る。
「けど……彼なのね?」
『うん、そう。』
「思ってたよりずっと格好良くてびっくりしちゃったわ。それに言ってた通り、あなたと同じ色の瞳なのね。」
『ああ』
「彼は自分が天使の血筋なのは知ってるの?」
『ああ、もう知ってる。彼の名前はシュネイだ。』
「えっ…シュネイ……!!!?」
『ね、僕もびっくりしちゃったよ。まさか生きてたなんて。』
「……そうね……」
『なに?そんなに驚いた?』
「何言ってるの当たり前でしょう?まだ驚いてるわよ。」
『ははっ。僕も最初そうだったな。』
シーラは優しい笑みでシリウスを見た。
「けど…嬉しいわね。」
シリウスもそれに答えるようにシーラを見た。
『うん。やっと、やっとだ。最初の一歩が動いたんだ』
「……えぇ。」
『シーラ』
シリウスは真剣な眼差しで、金色の目をシーラに向けた。
『 ここにいるかい? 』
シーラは少し目を見張り、その後、花が綻ぶように笑った。
「何言ってるの。もちろんよ」
シリウスは悲しそうな、けれど、どこか安心したような顔をした。
『…そうか。』
「シリウス、私のことは気にしないで。けれども!今回みたいに連絡が一切ないのは勘弁よ。私がそれを嫌がることはわかってるでしょう?」
『ははっ。ああ、わかったよ。』
「それといつも通り、お土産もね。」
『はいはい。』
・・・
コンコン…
「シリウス、シーラ、ただいま」
『あれ?アグニ?』
「あら。もうこんなに時間が経ってたのね。」
その日の終わりを告げるかのように濃い橙色が部屋を彩っていた。
「シーラ、これ。シリウスからシーラは短剣を持つって聞いて…」
俺は余った素材と、帝都で買った素材を組み合わせて誰にあげるでもなく短剣を作っていた。今俺がでかけていたのは、その短剣を置かしてもらっていたフェレストの鍛冶場へ行っていたからだ。
透明度のある白縹色の剣の芯に金色の線が見える。また刀身の側面と柄には群青色と金の模様が入ってる。思った通り、シーラの綺麗な青い目とよく似た色だった。
「これ、私に?」
「うん。もしよかったら、貰って。」
シーラは貰った剣を見て驚いているようだった。
けれどもすぐ、その美しい顔を上げて俺に礼を言った。
「アグニ、ありがとう。使わせてもらうわ。」
「あぁよかった。うん、是非使ってあげて」
「ええ。嬉しいわ。ありがとう。」
「あ、それと今更だけど、俺もここに住んでいい?」
俺が聞くとシーラもシリウスもきょとんとした顔でこちらを見てきた。
『え?なんで?』
「え?だってここシーラの家でもあるんだろ?ならシーラにも許可貰わなきゃだろ?」
俺的には物凄い当たり前のことを言ったと思ったのだが、どうやらシーラには面白かったらしい。美人が肩を揺らして笑っている。
「ふふっ…あはははは!なによアグニ、あなた可愛いわねぇ!もちろんよ!」
「ああ~よかった!ありがとうシーラ!」
『アグニ…君は真面目だね』
「あら、手紙すら書かないどこかの不真面目さんよりよっぽどいいわよ。」
『あっ僕、双子呼んでこようかな』
「…逃げたわね……」
シーラが肩を竦めてシリウスが出てった扉を見る。それが妙に面白くて思わず笑ってしまった。笑っている俺に、シーラが大きくため息を吐いて、手を差し出してきた。
「アグニ、これからよろしくね。」
俺もシーラの手を握り返した。
「ああ!よろしく、シーラ。」
第2章の閑話『ある場所では』で描かれてた人物です。気づきましたか…?