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273 今年の社交は終わり



9週目7の日

ハストン子爵家とハーロー男爵家の合同夜会だ。


ハストン家のパーティーでは帝都技術部が開発した新技術の発表が行われる。

昨年からハーロー家と合同になってもそれは変わらず行われている。


昨年は『列車』が発表された。

あれは技術革命だった。


ブラウン家を含めた商会では大いにざわついたらしい。そして列車ができたことで旧ブガランと旧カペーの戦争にいち早く帝都軍が割って入ることができた。これが結局のところ、一番わかりやすい成果としてあげられている。

シーラも特別区に行くのに列車をよく使うようになった。

まだ値段が高く、市民が乗れるものではないし、レールもまだ局所的にしか引かれていない。

けれどいつかは、みんなが列車で帝国中を移動できるようになるはずだ。



「今年はどんなのが発表されるんだろう?」


今年のパーティーはカールと一緒に参加することにした。去年一緒に『列車』を見て感動できた仲だからな。


「先日リシュアール伯爵が討伐隊結成を発表したから技術部の軍事開発予算が大きく増えたらしいぞ。」


「え?そんな急に増やせるの?」


「予備費を充てたってことだろうな。」


場所は昨年同様ハストン家。

まずはイサック子爵、そしてハーロー男爵に挨拶をした後、セシルとイサックのところへ向かった。


「やほ〜2人とも!元気?」


「セシル、イサック、本日はお招きありがとう。今日の新技術発表、楽しみにしているよ。」


俺とカールが挨拶すると、セシルとイサックは綺麗に礼をしてから話し始めた。


「天空のお導きに感謝申し上げます。ア…シュネイ様、元気…です…よ。」


「天空のお導きに感謝申し上げます。もうあれから一年経ったとは……月日が巡るのは早いものですね。」


「セシルもイサックも帝都技術部に少し出入りしていると聞いたが、討伐隊の発表で何か変わったか?」


カールの問いかけにイサックは頷き、セシルは俯いた。


「ええ。やはり軍事技術を優先的に研究するよう言われますね。特に今回は帝都に侵入されてますから、目下の課題は防衛技術ですね。」


あ、そうか。

だからセシルは俯いたのか。


「セシルは……軍事技術の開発にあんま興味ないだろ。」


「……え、なんで…?」


セシルは目を丸くしてこちらを見た。イサックとカールも不思議そうな顔をしている。


「……見てればわかるよ。セシルはなんというか……日常生活をより良くするための技術開発が好きだろ。」


セシルのテンションが上がる話題の中に、軍事技術系はなかった。

一学生が映像記録石の開発を手掛けたということ自体も、その方向に強く興味があったからだろう。


「……すごいね…アグニ…そう、なの。」


セシルは小さな声で肯定した。


「でも…平気、同じ技術だから。あと……」


セシルは無理に笑顔を作っていた。


「開発した技術で、アグニや軍人さんの……ためになるなら。」


セシルは技術の天才だ。

一学生が映像記録石の開発をした。それはとんでもないことだ。


だから技術部もわかっている。

セシルに軍事技術の開発をさせた方がいい、と。


セシルはしばらく、自分のしたい研究はできないだろう。


「………そうか。」






・・・



 



今年の技術開発の目玉は『スプリンクラー』というものだった。

これは畑に自動的に水やりをできる代物らしい。すげえ。

けど稼動にはまだ大量の蓄芸石を必要とするようで、農家がすぐに取り入れられる段階ではないようだ。


その他にもいくつか農業用の機械も紹介された。全部特別区で挑戦できないか、シモンに聞いてみようと思う。


「ありがとなイサック!今年も楽しかったわ!」


気持ちの良い風が夜空を吹き抜けた。

夜会後は意外と静かなもので、この静けさと暖かい気候と穏やかな風は、少しお酒が入った身体には大変心地よいものだ。


「……なんでセシルが嫌がってるって気づけたんだ?」


「え?」


馬車に乗る直前、イサックが小さな声でそう言った。

セシルは女性陣の見送りをしており、少し遠くにいた。


「俺は…知らなかった。セシルが軍事技術の開発に興味がない…いや、むしろ嫌がってることを。」


遠くにいるセシルを見ながら、イサックは少し切ない顔をしていた。


「俺はずっと隣にいたのに……そんなことも気づかなかった。」


セシルは態度にも表情にも感情が現れにくい。だけど俺は人の芸素を読める。だからセシルの感情を知ることができた。

芸素を読めないイサックがわからなかったというのは、仕方がないことだと思う。


「……難しいな。ん〜たまたま()()()()わかったことだから……全然イサックが悪いとか無神経とかではないぞ。」


「………。」


あ、イサックが真顔になった。

……芸素もなんだか怒ってる……っぽい。


やべぇ、なんかやらかした。


「あ、じ、じゃあな!!」


「………。」


やばい。

イサックが無言だ。終わった。


俺はそそくさと馬車に乗って公爵邸へと帰っていった。

家に着いたら玄関の前でシリウスがニヤニヤしながら立っているのが目に入った。






・・・




10週目6の日

今日はブリッジ子爵家のガーデンパーティーだ。久しぶりにアイシャと会う気がするが、実は今年の交流会でもたくさん喋っている。


「久しぶり、アイシャ!」


「天の導きに感謝申し上げます、シュネイ様。いらしてくれて嬉しいですわ。」


アイシャは軽やかな桃色のワンピースでカーテシーをした。髪はいつものハーフアップ。元々明るい茶髪だったが陽の光を浴びて一層金色っぽく見える。


「課題の本は読まれまして?」


「もちろん!2冊とも!」


今日のガーデンパーティーは、アイシャと交流のある学院の生徒たちが多く集う。夜にはブリッジ子爵自ら開催する夜会が別であるからだ。

なのでガーデンパーティーには各学院の文学研究会の生徒が割合として多かった。


そしてアイシャの言った課題の本というのは、招待状に書かれていた課題図書のことだ。アイシャから『ガーデンパーティーの時に皆んなで話し合うので、どちらかだけでも読んできてほしい』旨が伝えられていた。


「まぁ…!ありがとうございます。最初に冒険譚の方を、あと30分後から話し合います。そして1時間空けて、恋物語の方を話し合う予定です。」


「了解!楽しみだ!」


俺の言葉にアイシャは綺麗に笑った。


「第3学院の皆さんもシュネイ様とまたお会いできると嬉しそうにしておりました。ぜひお言葉をかけてあげてくださいませ。」




冒険譚の物語について話し合う時は、第1、第2、第4学院の男子文学研究会の参加者が多かった。

みんな熱心に話し合い、議論は大変盛り上がった。

まあ、仕方がない。アイシャのチョイスがいいんだよな、すごい面白い本だったもん。

元シド公国の英雄として称えられた伝説級に強い奴が、未知なる世界を知るために冒険に出るという話だ。芸獣について多少脚色はされているが、学びもあったし、度々起きる事件にもドキドキハラハラして面白かった。


ここで1時間の休憩。

なるほど、一旦クールダウンの時間を設けるためか。理解できた。


そして恋物語の方。

こちらは第1、第3の女子参加者が大半。男子は俺含めて数名ほどだった。

アイシャがチョイスしたこちらは、今帝都でめちゃくちゃ流行っている人気小説らしい。

こちらのストーリーは、帝都の中でも指折りの名家に生まれた貴族令嬢が、お忍びで劇場に行って、そこで配達に来ていた貧乏なイケメンとぶつかり恋に落ちて、身分違いの恋に悩むのもだった。

この話が世に出てから劇場の客足がとても増えたらしい。


『令嬢アンナを連れ出すあのシーン!あそこって……』


「「『「「ほんとよかったわよね~!!」」』」」


「かっこよかったわ~!」

『きゃー!もう思い出しても震える…!』

「けどあの令嬢、あざとくないかしら?あんなベランダで泣くなんて。」

「わかるわ!だってダンは室内には入れないわけじゃない?けどアンナと恋仲になって気になるなら、パーティーに行こうとするじゃない?そしたらベランダくらいしかないじゃない、2人が出会えるのなんて!」

『そうなのよ!あれ絶対に狙ってたわよね!男子ってああいうのに気づかないのかしら?』


「「『「ねぇ、どうなの男子??」』」」



   ・・・ひぃ!!!

   驚くほど目がこちらを向いている。



幸いなことにカールと、第1学院1年生の男の子が2人と第4学院2年生の男の子がいる。一緒に参加してくれてほんと助かった。


「あ、え、っと……僕は気づかない…かなと…」

『あ、ぼ、僕も……』

「僕はアンナ可愛いな、守ってあげたいな…と思って読んでたので…」


3人がおどおどしながら意見を述べていくと、女子の目がどんどん鋭さを増していった。


「皆の言いたいことはわかるよ。僕たち貴族含めて社交界に出ている者は、あんな人目が付きそうな場所で泣くなんてあり得ない。あんなのタブーだ。」


カールは腕を組み自信たっぷりに答えている。

が、本当は今、カールの芸素が極度の緊張状態にあることを俺は知っている。


「そして令嬢アンナもそれをわかっているはずだ。実際、それよりも前のシーンでアンナは一度もおかしな行動を取らなかっただろう?だからあれは、そんな変な振る舞いをしてしまうくらい胸がいっぱいで、アンナ自身もおかしくなってしまうくらい恋に翻弄されている様子を描いたものじゃないかな。」



   ・・・ほぉ。言語化が上手いな。

   さすがカール、まじ助かる。



カールの説明を聞いて、数名の女子は「恋に踊らされたい!」と騒ぐ者があらわれ、先ほどの盛り上がりが元に戻った。と、思ったところで俺にも話が振られた。


「シュネイ様はどう思いました?あそこのシーン、違和感ありまして?」


おいおいアイシャ。

今だけは俺のことを忘れててもよかったんだぜ。


「あ~~~~~~~カールの言った通りだなって思ってた。あと、違和感といったらあれだよな。運送中にぶつかった出会いだったけどさ、身体強化して全速力で走ってる人と箱入り令嬢がぶつかったらさ、大怪我じゃないかな。『ドキドキ』じゃなくて『ボキボキ』みたいな、ははっ!!」



「「「『「「 …………………」」』」」」



「…………………なるほど、ありがとうございます。」



だめだ。終わった。もう誰の目も見れない。

カールごめん、あとで俺の骨を拾っといてくれ。


そんな思いでカールを見たら、カールはシリウスみたいな気迫を持った笑顔を俺に向けていた。








・・・・・・







「いや~~終わったぁ!色んな意味で!!」


夜にクレルモン男爵家の夜会に出て、俺の今年の社交は幕を閉じた。

明後日から風向かう2週間だ!


『おつかれ~~』


「お疲れ様、アグニ。」


シリウスとシーラが労いの言葉をくれた。


「ありがとう!!シーラは?明日まで?」


「ええ、明日の昼と夜で2つずつ行って終了ね。」


「ひぇぇぇぇ!!!最後の日に4つ!!!」


さすがシーラ様、大忙しだ。


「けど俺も討伐隊に参加する予定だから、これから色々とコルの父ちゃんと相談しないとなんだよな。」


討伐隊は2週間後を目安に帝都を出発して帝国西部へと向かう予定らしい。


『え??何言ってるの?君は行かないよ?』


「はあ?!」


シリウスが急にわけわからんこと言い出した。けど向こうも『は?』みたいな不思議そうな顔をしてる。


「なんでだよ、俺行くに決まってるじゃん。コルネリウスを連れ戻さなきゃなんだぞ??」


『うん。だからそれ、君は行かないって。行く必要もないし、邪魔だし、迷惑だし。』


「はぁ!?いやいやいや、どこが!?」


俺は武芸ができる。

戦力になる存在だ…と、自負している。


『君、この間の芸獣人間に負けたんだよ?』


「っ……いや、負けてねぇし!あれは不意打ちでコルネリウスが…」


『 違う。』


シリウスはこちらの肝が冷えるくらい、表情のない顔をしていた。


『君は最初から無鉄砲な戦い方をしていた。』


「っ…!!!」


あの時、シリウスはカールを通して俺のことを見ることができた。ちゃんと見られていたのだ。


『あの芸獣人間は強かった。あのまま戦っていたら、君はあいつに負けていた。「負ける」の意味、わかる?』


シリウスから驚くほど芸素が溢れ出た。

呼吸がしづらいほどに、重苦しい。


『 あの後、君は死んでたってことだよ。』


「っ……いや、そんなのわかんねぇよ。向こうは知らない爪持ってて剣での攻撃は効かなかった!だから最初に遅れは取ったけど、でも芸でなら・・・」


『 本当に言ってるの? 』


「っ……な、だって……!」


シリウスは絶望に似た表情をした。

俺に対して、失望しているのだ。


『その一瞬の遅れを利用して、君は今まで何体の芸獣を狩ってきたの?』


「っ…!!!!!」



……くそっ!!



シリウスの言ってることは、正しい。

俺はそうやってたくさん殺してきた。たくさん狩ってきた。楽勝だった。


そして……

あの時、あのままだったら……

次は、俺の番だった。


死を考えるとゾッとする。


過去の記憶の中の俺はずっと、死にたくないと抗っていた。その時に感じる「死」というものは、形容し難いほど恐ろしいものだった。


けど、記憶の中の俺は自分の命を投げ捨ててでもシリウスを助けようとしていた。


その時の気持ちは・・・


「………やっぱりどうしても行きたい。俺は友達を、コルネリウスを救いに行きたい!!」


死は怖い。

別に死にたいわけじゃない。

けれどコルネリウスは、俺の大切な友達なんだ。


そしてその気持ちだけは、過去からずっと変わらない俺の大切なものだ。



『………君は知らないだろう。』


「……なにを…?」


シリウスはひどく真剣だった。けどシリウスの芸素は驚くほどに荒れていた。


『その命は、』


シリウスは真正面から俺の心臓を指差した。


『君だけのものではないんだよ。』


「……?」


そんなことはわかっている。

俺は多くの人に支えられて生きてきた。父ちゃんが育ててくれたこと、シリウスが何度も命を助けてくれたこと、公爵が生活費を出してくれていること。多くの温情と優しさで、俺は今まで生きてこれた。

だから俺は、俺の命が自分だけのものだと思っていない。


だから違和感があった。

俺が「そんなことわかっている」と答えると、シリウスもわかっているだろう。


「………どういうことだ。」


『そのままの意味さ。』


「……それならもう俺は理解している。もっと他に意味があるんじゃないのか?」


シリウスはわずかに頬を持ち上げた。

どうやら正解らしい。


『………考え続けなさい。お前の中に答えはある。ただ一つだけ、覚えておきなさい。』


驚くほどに威厳ある声だった。

こんなシリウスは今までに見たことがなかった。

それはまるで、長年にわたり玉座に座る王のようだった。


『その身が与えるものには全て価値がある。お前が与える言葉も、芸も、そして死も全て。それはその身に途方もない価値があるからだ。たとえその命が潰え、亡骸のみとなろうとも、その(むくろ)を得るために想像を絶する対価を払う者がいる。』


「………価値。」


シリウスは……何かを知っている。

俺自身も知らない、俺のことを知っている。

俺の知らない、過去を知っている。




「ねぇシリウス、条件を出したらどう?」


シーラがシリウスの右手に自身の手を重ねた。

するとシリウスはいつもの柔らかく、掴みどころのない青年へと様子が戻った。

シーラがシリウスを引き戻してくれたのだ。


『……そうだね。そうしようか。……アグニ、』


「………はい。」


シリウスは自信に満ちた笑顔を俺に見せた。


『討伐隊参加の条件を出してあげる。』








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